第五十七話:ロイヤルなティータイム
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「いやー、あの演技には息を呑んだ。素晴らしかったな」
「マシロの演技は分からなくもなかったけど、正直ブラックのは本気に見えた。というか……マシロも途中で台詞に酔ってた気がした」
肝が冷えたよ。と、締め括ってエミルは机に肘をつき頭を擡げた。
今、私はどういうわけか、陛下陣とティータイムとなってしまっている。ついこの間まで王子王女だった人たちに囲まれ、アルファ他二名の騎士・メイドさん多数。に、見守られての休息。
なんだか居心地が悪い。それにあのとき、肝が冷えたのは私だ。
私の表情が曇ったのが分かったのか、エミルが「大丈夫だよ」と微笑む。
「アルファの腕はマシロだって知ってるよね」
「いっておくがうちの隊長の腕も随一だ」
「二人の騎士は、まだまだ若輩で経験不足だからな、うちのに比べれば……」
うちの子自慢が始まってしまった。
この三人、当然といえば当然だが、近衛隊長に全幅の信頼と自信を持っている。そのせいで、聞いているこっちが恥ずかしくなるくらい、親馬鹿ならぬ、主馬鹿だ。
いわれている当人たちから、居た堪れないという空気が漂ってきてちょっと楽しい。主三方は、臣下の機微に敏感であっても、そういうところは愚鈍らしい。第三者の私は気にならないが、ちらりと後ろを向けば、面識の薄い二人には恥ずかしげに顔をそらされ、アルファには、手で「早く話題変えてっ!」という風に示された。面白すぎる。
でも、これを放っておくと……。
―― ……ガタッ
「そんなにいうんなら」
「模擬試合でも」
「やらせよう」
と、なるので始末が悪い。背後で三人が眉間をぐっと抑えた。
「さ、三人とも落ち着いて、みんな凄いの知ってるよ。うん。私なんて傷一つ付かなかったから。神業だよね! うんっ」
立ち上がってしまった三人に、どうどう、と、宥めると一番に我に返ったエミルが僅かに頬を朱に染めて、罰が悪そうに、こほんっと咳払いしつつ、椅子に座りなおした。それを追いかける形で二人とも腰を下ろす。そして、こんな状況に至る原因ともいえるのだけど、二つ月の芝居がどう、三人の騎士がどう、とか、そんなことよりも……
「私は、本当にじゃんけんで王位を決めたことのほうが吃驚だよ」
「マシロがそうしろといったではないか?」
キサキが、本気なのか冗談なのか分からない調子で口にした。
いった、いいました。いいましたけど、本当にそうするとは思わないよね? はぁと嘆息して紅茶を口に付ける。
ふわんっと優しい香りが口内に広がり、病んでいた気持ちもゆったりとしてくる。
決定権を握るのが三名居たとしても、やはり据えるべきは一人というのが議会の判断となった。
「僕は、じゃんけんに勝つとは思わなかったよ……ハスミがやれば良かったのに」
エミルは、ますます項垂れている。
そう、勝ってしまったのはエミルだ。私にとってエミルは面倒見の良いお兄ちゃん。という感じなのに、この二人に掛かったら可愛らしい弟に見えるから不思議だ。
熱血漢風にも見えるハスミ様は、そんな弟の沈み具合を毎回笑い飛ばしてしまう。
キサキは「ふむ。女王というも良いな」と口角を引き上げる。それは物凄く似合いそうです。素敵! 女王様。
「キサキはいい、なんかマシロの瞳が輝いてるから」
「え。だ、だって、キサキなんだか格好良いじゃない。私、お姉ちゃんは居なかったからちょっと憧れる」
「マシロは今のままで十分可愛いよ」
「はは、キサキが二人になるのは怖いな」
二人のあんまりな台詞に、キサキはほぅと瞳を細める。なんというか、キサキは女王様。調教師といった風格に見える。
こうして見れば三人とも、昔から仲が良かったという風に見えるが、きちんと話をするようになったのはここ数ヶ月のことらしい。
各個人忙しかったのと、近すぎると今度のエミルのように辛くなるからという理由からだろうと、私は思う。
だって、三人ともとても気が合っていると思うから。
「そうだ、陛下。今、蒼月教徒の戦力が削げている話を知っているか? 叩いておくなら今だと」
「却下」
「そういえば、この間の予算。私も目を通したが、魔法具研究にあれほど割く必要はないだろう」
「必要だから回したんだよ」
ただのお茶会の席で会話に上げるようなことではないことが、普通に話題に上る。ハスミ様もキサキも個人的に付き合うには別に問題ないのだけど、ことあるごとに物騒なことをいい出す。
―― ……うん。エミルが王様で良かった。
ほぅと一息吐いて、今日も晴れ渡った空を仰ぐ。
そういえば、かなり前ブラックがいっていたことを思い出した。エミルは見極める目を持っていると。だからきっと彼がじゃんけんに勝ったのは必然だったのだろう。
エミルはソーサーにカップを戻すと、仕方がないなという風に細く長い息を吐ききって、ゆっくりと話し始める。
「何度もいうけどね、ハスミ。蒼月教団と、マリル教会とは争わないという盟約がなってるんだよ? 少なくとも、二つ月が健在の間は誇示されるべきものだ。そしてそれは騎士塔と、大聖堂にも連なっている。だから、王宮は国の中で争いを起こすことはしない」
「脅威はなるべく少ないほうが良いと思うぞ。民のためだ」
「そう? 民はそんなに脅威を感じていないと思うけど。蒼月教団自体は宗教団体なわけだし、民にはそれなりに返していると思うよ。まぁ……ちょーっと、どうかと思う返し方ではある。もちろん目に余る部分は摘むけどね。でも、今必要なのって、脅威になるかどうか分からないものに警戒するよりも……」
ねぇ、マシロ。ってここで私に振るのはやめて欲しいのだけど。
「え、あ、あー……明日の保障かなぁ? 完全に失くすことは無理だとしても、貧困層のことをもう少し。ここからじゃ、とても見えないと思うけど……」
私がせっせと薬を届けていたおじいさんも、結局回復することなくひっそり亡くなった。仕方のないことだけれど、もう少し環境の良いところに居れば、少しは違ったかもしれない。本当はそんなこといい始めたらキリがないのだけど。
「薬の材料に掛かる税金が下がると良いなっ!」
あんまり沈んでも駄目だからと、無茶苦茶個人的な意見を提出。エミルは、にっこりと検討しておくよ。といってくれたけど、しなくても良いよ。私、ブラックからの流れで真面目に納税してないと思うし。
「む。そちらを検討するのなら、私の」
「それは駄目。魔法具は必要だよ。魔法素養のない人たちにも、便利に過ごしてもらいたいし、もう少し改良の余地があるものが多いのだから……」
ぶーぶーっと不貞腐れてしまった二人に私はくすりと笑いを零す。ね、やっぱりエミルが王様で良かった。
それに、私は公の場には出たくないので、上段には参加せずブラックと一緒に参列者に混じって見ていたのだけれど、戴冠式はとても堂々としていて、有体だけど格好良かったと思う。
それに連なって行われたパレードでも、民衆の賛辞は凄いものがあった。――これは、ハスミ様とキサキも列席し姿を見せたことが拍車を掛けていたのだと思うけど――その全てを含めて、なるべくしてなったのだと私は実感した。
「あ、僕のこと見直したなら、いつでも大歓迎だよ。お嫁においで?」
「あはは……えーと、気持ちだけ。ありがとうございます。ヘーカ」
エミルは私が陛下というと物凄く不貞腐れる。分かって告げる私も大抵意地悪だと思うけど。
「エミルは振られっぱなしだな? やはり女性は……――」
「良いよ。ハスミは愛を振りまき過ぎ」
「私はアレのように見境がないわけではない、華を愛でるのは当然だろう?」
因みにハスミ様は既婚者だ。
既に三人の奥さんが居る。
キサキも今のところ、一人の男性と結婚しているというのをエミルから聞いた。キサキ個人がとても個性際立つ人だから、若干影が薄いという話だ。分からなくもない。
「これだから、男どもは面倒臭いことこの上ないな。なぁ、マシロ、私のところへ来い。私はいつでもお前の味方だ」
「ありがとう」
キサキは本当に男前だ。それでいて眉目秀麗。見る人みんなが溜息を漏らさずにはいられない。そんなキサキの綺麗な瞳に見つめられ告げられれば、ほんのり頬が朱に染まってしまうのも仕方ない。
「「マシロ?」」
「え? ああ、うん、何? 大丈夫、キサキにちょっと見惚れてただけ……」
二人に声を掛けられて反射的に答えた内容が悪かった。私は益々赤くなる。何か次の言葉を求めて口をパクつかせると、控えていたアルファがエミルの傍にそっと寄り耳打ちする。
「―― ……分かった」
渋々といった感じで頷いたエミルは、かたんっと立ち上がる。
そして、どうしたのかと見上げた私に、にこりと微笑んで続ける。
「先に失礼するよ。そろそろシゼも終わるんじゃない? マシロも行こう」
いって手を差し出され、私が素直にその手を取ろうとすると「マシロは置いていけ」とキサキの声が掛かった。
「ハスミと二人きりで卓を囲んでも面白くもない。シゼはこちらに来るといったのだろう? それまでここに居て構わないはずだ」
「私もキサキと二人というのは好ましくない、華がないのは酷く寂しいものだ」
「あのねぇ、二人とも……――」
エミルの頬が僅かに引きつる。
こいつら……と、思っているのだろう。引き止めてもらえるのは嬉しいけど、私もエミルと一緒に退席したいところなんだけどなぁ……といっても聞いてもらえないのかな?
小さく嘆息すると、かさりとポケットに手が触れた。
あ、そうだった。
私は、エミルの手を取りかけた手で、キサキの手を握る。キサキのきょとんとした表情がいつもの凛とした表情からは想像つかなくて可愛い。
「またゆっくりお茶しよう。これ、私が作ったんだけど良かったら食べて」
そして、レースの施してある小さな布に包んだお菓子を渡す。
これはなんだ? とリボンを解いている隙に、ハスミ様にも手渡した。
「ほぅ、マシロは可愛らしいな」
「私じゃなくて、お菓子がね? 今日はそれだけだけど、気に入ってくれたらまた作ってあげるね」
にこりとそう告げて今度こそ席を離れた。
中身はなんてことはないただの金平糖だ。暇なので作った。うちは閑古鳥のなく薬屋さんだから。
改めてエミルの手を取り部屋を出るとアルファも、もちろんついて出る。背後から
「あれは駄目だな」
「一途というのは悪いことではない」
「仕方ない、私が頑張らねばならないだろうな」
「無作為に甥と姪を増やすな。覚えきれん」
などという会話が聞こえたけれど、私の耳に届いただけなら良いな。