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第五十六話:決められないんだもん

「姫はどうお考えか? 美しいときは誰を選び取る?」


 上王陛下はズルイ。

 自分で決められないからと、私に振っていると思う。


 でも、私は今ここでそれだけの発言権を許されたということだ。ちらりと三人を見たけど、みんな普通にしていた。


 どうして普通に居られるんだろう。

 ここで決まらなければ、自分に明日はないのに……ここにブラックが居る。それはそういうことだ。

 私なら……とても、怖い。


 その証拠のように、傍に立っている三人の騎士はどこか影を落としている。ぴりぴりとして直ぐにでも抜刀しそうなほど張り詰めても見える。きっと選ばれる一人以外の騎士は、無駄と知りながらもブラックの前に立ちふさがるだろう。そして、より多く命が消え種が転がる。

 そんなの、どう考えたっておかしいのに、みんな嫌だって思ってるのに、誰もそれに異を唱えることをしない。


 おかしい。

 変だ。

 狂っている。

 

 そして、そのことにこの場に居る誰も、この世界に生きる誰も気がつくことはない。私にいわせれば、馬鹿ばかりだ。


「私は……私は誰も選びません」


 きっぱりと告げると、周りがざわついた。

 大体私が選ぶって話自体おかしいんだから、ざわつく必要もないと思うけど。私は、短く溜息を吐き続ける。


「私、今怒ってます。他人の命はないがしろに出来ないようなことをいって、自分のことをやっぱり軽んじる……――」


 いってちらとエミルを睨めば、バツが悪そうに視線を逸らされた。


「どうしても一人選ばないといけないなら、じゃんけんでもすればどうですか? 残った御三方は皆相応しいのでしょう?」


 傍で、ラウ先生が、ぷっと吹き出したのを初老の男性が窘めた。

 ブラックも少し下がったところで口元を抑えて笑いを堪えているような気がする。私は、至極、真面目なのに失礼だ。


「上王陛下も、生かしたいのならその道を模索すべきです。ルールに囚われすぎて、貴方も全てを軽んじる気ですか? 上王陛下は以前、私がマリル教会の一件で犠牲を払ったことを憂いでいらっしゃったじゃないですか。それなのに、どうしておかしいと思わないんです?」


 ジルライン上王陛下の瞳が揺れる。ああ、こうしてみれば確かに彼はもう老人らしいかもしれない。


「丁度良いことに、玉座も作り直しているところですし、いっそのこと三つ作っちゃえば良いじゃないですか?」


 壊したのは僕らですけどね、とアルファがぼそっと口にしてちょっと笑ったのが見えた。良かった。息苦しいほど張り詰めていたものが、ほんの少しだけほぐれた。


「しかし、それではいつ城内に不和を来たすか分からぬ」

「一枚岩でなければならない」


 どこからか分からない声がする。


「不和は起こったときに、その都度処理すれば良いと思います。一枚岩というのは一人に従うという意味ではないです」

「しかし、繋がりを保つためには……」


 誰がいっているのかも分からないが、私はそのぼやきに、ああ、と頷く。


「それは、次の宰相閣下にしていただければ良いと思います。ラウ先生はとーっても、優秀ですし、暇を嫌うので忙しくて幸せだと思います」


 ねっ! と、ラウ先生を見れば恭しく腰を折った。そして顔をあげると


「白月の姫よりご指名とあれば、私の力及ぶ限り全力を尽くします」


 と、いってくれたけど笑顔が若干引きつっていた。

 ブラックは堪えてくれてるけど、尻拭いはやってくれたのだと思うけど、私は地味に怒ってるんだよ? ラウ先生。しっかり働いてください。


「それに、どうしても駄目ならそのとき……」


 そこで私は口を閉じ躊躇った。続きをいうのは物凄く嫌だ。でも……。いい渋った私に、ブラックは一歩歩を進め告げる。


「私が裁きましょう。このことで芽が増え、育つなら、私がその際全て取り除きます。誰が望む望まないに関わらず」


 その声色は、いつも私に掛けてくれるような優しい声ではなく、周りに向けた威圧的なものだった。でもその効果は絶大で、ぼそぼそぶつぶつは納まった。

 私は、ほっと胸を撫で下ろし、三人のほうを見た。そして、端に座っていたキサキを見つめる。その瞳に気がついたキサキは、真っ直ぐに私を見つめ返してくれた。


「キサキ」

「何かな?」

「私、まだキサキと一緒にお茶をする約束を果たしてないよ。それはキサキと同じ種を持った人じゃ駄目なの。キサキじゃないと意味がないよ」


 そう告げれば「ああ、そうだったな」と笑みを零してくれる。続けてハスミ様のほうを見れば線のはっきりとした男性の強い瞳が私を見つめる。


「ハスミ様」

「ああ」

「私はまだお話しする機会も得られていません」

「ああ、エミルにずっと遮られていたからな?」


 にやりとそういって笑ったハスミ様は、人好きのする感じだった。きっと懐の深い人なのだろう。


「それはハスミが、是非とも妻にとかいうからだよ」

「ははっ。エミルは独占欲が強いな」


 快活の良い感じでいって笑ったハスミ様は、エミルの肩をバシバシ叩く。背後で「マシロは私のです」とブラックの囁きも聞こえた。だから、ちらりとブラックのほうを見れば、ね? と微笑まれてしまった。ええ、まぁ、もう、その辺はそれで良いです。


「エミルも……」

「うん」

「エミルは、私に貴方と同じ思いをさせたいの? アセアを失った痛み、それ以上を私に味わえというの?」

「―― ……」


 エミルに対しては少しキツイ物言いになってしまった。

 でも、エミルは自己犠牲が強いから、そのくらいはいわないと分かってもらえないような気がした。私はどんなに偉そうなことをいったとしても、知っている範囲のことしか重要視出来ない。箱庭の中しか護ることの出来ない人間だ。だから余計に強く思う。


 私は、エミルを大切に思っている人を沢山知っている。

 そのうちの一人はもちろん私だ。


 私の言葉にエミルは口を微かに動かしただけで、声は出ていなかったと思うけど、ごめん……って呟いた気がした。


 そのあともルールについて、うだうだと口にする外野に私が眉を寄せると、ブラックがそっと耳元に顔を寄せてきて囁く。


 ―― ……マシロは今ここで白い月の少女であり聖女ですよ。


 つまりそれを利用しろってことだよね。メネルも以前、私に、迷うな。間違うな。と、いっていた。今、それが必要な局面なのかもしれない。

 私が口にすることは、間違いかもしれない、でも、私はこれ以上ブラックの手を無闇に汚させたくはない。

 誰も、望んでいない。

 だから、私は私の発言に賭ける。


「美しいとき……」


 ぽつっと、私がそれを口にすると、室内はしんっと静まり返った。

 ああ、やっぱりここかと得心する。


「この程度のルールへの譲歩も出来ないような世界に、美しいときなんて必要ないと思います。私は世界に必要ないですよね?」


 はっきりと宣言をしてくれない上王陛下を、私は真っ直ぐに見つめて問い掛ける。ジルライン上王陛下は何をいい出すのかと老いを感じさせる瞳を見開いた。


「私はこの世界を去ります。白い月へと戻ることは叶わないから、ルイン・イシルに頼みます。青い月は私の願いを聞き入れてくれる」


 もしも上手くいかなくても、私は、ブラックがエミルたちを手に掛けるのを見なくても済む。それはそれで良いか。なんて馬鹿なことまで普通に考えられてしまった。

 私の指名にブラックは、すっと銃を出現させて、慣れた手つきで、ぱちんと安全装置を外す。

 場が緊張し、全ての傍聴人が息を飲んだ。


 ―― ……コツ、コツ


 と、私に終わりを告げるために歩み寄る足音が私をより冷静にさせてくれる。妙な話だ。でも、私は本当に落ち着いていて、恐怖も何も感じることはなかった。


「私も直ぐに追います。貴方の居ない世界に意味はない」

「待てっ! 自害は最大のルール違反だっ!」


 脇に居た一人が声を張り上げた。それに続く形で、他の者も堰を切ったように叫ぶ。


「今マリル様を失っては今後得ることは叶わないっ」

「愚行はならんっ」


 方々から声が続く。

 ブラックの声は、決して張り上げているわけでもないのに、それらの騒音に一切邪魔されることなく、はっきりと耳に届く。


「聖女は、この世界に見切りをつけたのです。普段、多くは語らない彼女に、ここまでいわせたのですから、それだけで現王家は罪深い。そして、その家が納めるこの世界に価値はない」


 かちゃっと耳元でブラックがレバーを降ろすとリボルバーが回転する音がした。

 微塵も動かないでください。絶対に……ブラックがそっと重ねる。私はそれに頷いた。本当であれ嘘であれ、私はブラックに殺されるなら別に文句はない。

 ここへ連れてきてくれたのも彼だ。


 一歩、二歩……ブラックが私から離れたところで、銃口が私のこめかみに向けられる。いわれるまでもなく、私は一歩も動くことなんて出来ない。私はゆっくりと深呼吸して瞑目した。気配で、ブラックの指に力が込められていくのが分かる。


 ブラックの緊張が伝わる……それに何故か安堵し、僅かに口角が上がる。


 ―― ……大丈夫、私は何も怖くないから……


 それとほぼ同時に何人かが叫んだ。

 はっきりと私の耳に届いたのは、聞き馴染んだ声が聞き馴染んだ名を呼んだことだけ。


「アルファっ!」


 その響きが消えてしまう前に、頬に強い風が走る。

 え……と、目を開いた私の視界の隅には、キラリとこの世界に来て見慣れてしまった鋼が光った。

 幾本かの剣と槍がギリギリを掠めていた。


 はらはらっと私の髪の毛が数本散った。つぅっと冷や汗がこめかみから流れ落ちる。


 ―― ……ひぃ! 刃物はやめて、なんか痛そうだ。


 急に襲ってきた恐怖に、私はくらりと足元が疎かになった。と……っと、バランスを崩した体を受け止められ、見上げればブラックだった。私はほっと胸を撫で下ろし、ブラックはどこか楽しげに口を開いた。


「皆さん乱暴ですよね。銃が木っ端微塵です」


 ひらひらっと空いた手を振ったのを見たあと、足元見る。粉々になった金属片が散らかっていた。

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