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第五十五話:やっぱりお父さん

 ***


 それから程なくして、私は城から召集を受けた。

 あれから城に顔を出すかどうか迷っていたら、ブラックに「用事があれば召集が掛かります。それまではあまり王宮は安全とはいえないから近づかないほうが良い」といわれそれに従っていた。

 いつも通りの仰々しい蝋印を押された封を切り、手紙を開く。流れるような美しい文字は誰のものだろう? 内容は簡潔。王陛下を決定する場に同席して欲しいとのことだった。


「王様の決定ってどうやってするの?」

「ジルライン、いわゆる先代王が指名するのが通例ですね。今回は珍しく三人とも残っていますから、難しいでしょうねぇ。ああ見えて、ジルラインは器を大事に思っていますから」


 馬車を断ってのんびりと歩いて王宮へと向う途中。ブラックから話を聞く。

 確実に決定会議には遅れるけど、どの道私たちは何事にも中立。王家問題に口を挟むのも間違っている。遅れるくらいが丁度良い、といったブラックの言葉に乗っかった。


「器、ねぇ……」

「おっと、失言でした」

「良いよ、別に……それが普通なんだから」


 そう割り切れない私のほうが、この世界ではおかしいのだろう。

 個人よりも、種のほうがこの世界では重要で中心なのだ。だからみんな、人の形をした器。問質すことは私にはもう出来ないから、そのままになってしまっているけれど、そのせいでアセアも、他の王家素養の持ち主も消されてしまった。


 エミルだけではなくて、ハスミ様もキサキも大切な兄弟、臣下を失っているのだ。本当なら一番きついのはジルライン陛下だと思う。多く居たはずの子どもたちの殆どを、一夜のうちに亡くしてしまった。それはきっと彼が王位に就いたときも行われたことだろう。

 延々と続けられてきたルールに私は簡単に口を挟むべきではないのだと……そう、思う。


 王城に入ると待ち構えたように使用人の一人が歩み寄って来て深々と頭を下げた。私が反射的に腰を折ってしまうと、ブラックにふっと笑われてしまった。顔を上げた使用人も、刹那きょとんとしたものの、ゆるりと目元を緩めて「こちらです」と役目に戻った。

 王城の中は大抵色々と人の行き来があるが、今日はなんだか空気が張り詰めているような気がする。


「マシロ」


 部屋の前に到着すると、カナイが分娩室に入った奥さんを見守っているようにうろうろしていた。そして、私の姿を発見すると、真っ直ぐ歩み寄って来てそのまま捕獲し、ブラックからあっさり引き離す。


「ちょ、何?」

「頼む。一生に一度のお願いだ」

「は?」

「エミルを推してくれ」


 次期陛下はジルライン上王陛下が決めると聞いたばかりなのに、どうしたのだろう? それにカナイが私に頼みごと――犬猫の世話・本の返却以外で――これはかなり珍しい。


「大丈夫だ、お前の推薦なら誰も文句はいわない」


 何でもお前の頼みきいてやるからっ! とまで重ねる。

 本当に、カナイにしては尋常じゃない。


 ええっと、と、口篭っているとカナイの後頭部をブラックが小突いた。うっと唸って私に倒れてきそうなのを、あっさり首根っこ掴んで、ぽいっと脇へ放る。ブラックはかなり乱暴だけど、カナイは、とっと簡単にバランスを取り戻す。


「マシロにそんなことはさせません。女々しいですよ? 主を信じていれば良いでしょう」


 きっぱりといい放ったブラックに、カナイは恨みがましい目を向けた。


「その様子ではまだ決定していないのですね……」


 やれやれという風にそういったブラックは、ふぅと溜息を零した。


「庭でも散歩してから入りましょうか?」


 いやいやいや、ここまで来て、もう既に遅刻だし、それはないよね? にこにこと、そう私に振ってきたブラックに私は驚き目を見開いてしまった。ブラックは、そんな私の様子に、こほんっと一つ咳払いして「冗談です」といったけど、多分本気だった。


「ねぇ、カナイ。選ばれなかったらどうなるの?」


 扉の前でぽつと訪ねれば、カナイは首を振った。

 俺は詳しく知らないけど、と前置いてちらりとブラックを見るが、ブラックはカナイの視線を無視した。


「物凄い嫌な予感がする。俺の嫌な予感は大抵当たる」


 それなのにいつも嫌なところに踏み込むカナイは、不幸体質だと思う。

 私たちを案内してきてくれた人が頃合いを見て扉をノックし、そっと開いた。


「二つ月登城されました」


 みんなの視線が集まり私は微妙に下がった。ブラックの半歩後ろくらいで入室すると背後で、ずんっと重たい音を立てて扉が閉まる。


 上座を案内されそうだったが、あっさりブラックは断って私たちは下の壁際の席に着いた。


 なんというか変な空気だ。

 室内にはロの字型に席が用意されていた。一番の上座には、もちろんジルライン上王陛下が居て、その隣には前執政官となるだろう見覚えのある初老の男性が立っていた。その正面にエミルたちが座っている。傍にはアルファも居るし、他二人の騎士服姿の人は、きっとハスミ様とキサキの側近だろう。

 私たちと同じように壁際には、数人の偉そうな感じの人たちが並んでいる。

 その中には、ラウ先生の姿もあった。なんか、王様決めているというよりは、裁判でもしているような感じだ。


「近隣の領地を任されている貴族たちですよ」


 不思議そうにしてしまっていたのか、ブラックがそっと説明してくれる。名まで一々上げなかったのはそこまでの興味が私にないことを分かってだと思う。覚える自信もないしね。


「―― ……ジルライン様、ご決断を」


 もう何度目かの台詞なのだろう。

 周りは少々うんざりというような雰囲気に見える。しかし、ジルライン上王陛下は唸り、ちらと私を見る。あ、あれぇ? 私……私凄い見られてる気がするんですけど……。


「姫はどう思われる?」


 来たよっ! 私に振られたよっ! 私は町の薬屋さんです。んな国の一大事決められません。ブラックが隣で呆れたような溜め息を吐いた。特に緊張する素振りもなく、ブラックは組んでいた足先を揺らして、どこか面倒臭そうにしている。けれど、みんなの視線がこちらに向いたことで口を開いた。


「エミルを推して差し上げればどうですか? カナイもそういってましたし……それに、他二人にまだ思い入れはないでしょう?」


 ぽつぽつと、多分他には聞こえないくらいでそう告げたブラックを、私は「え?」と見る。


「え、それってどういう意味? もし選ばれなかったらどうなるの?」


 ちょっと声が大きくなってしまった。

 慌てて口を塞ぐと、ブラックも私から視線を逸らし、前を見ると上王陛下も視線を逸らした。


 ―― ……え? いや、なんでみんな逃げ腰?


 ブラック! と、袖を引けば渋々口を開いてくれた。


「役目は終わります」

「―― ……はい?」


 俺の嫌な予感は当たる。と、豪語したカナイの台詞が脳裏に過ぎった。

 王家って、王族って……最悪。

 一瞬眩暈がしそうになり頭を振った。


「え、ちょ、それおかしいよね? 今、やってることはどうなるの? キサキだって今軍を束ねてるって……ハスミ様だって王宮内のことを仕切ってるって聞いたし、エミルだって……それをどうするの?」

「後任者に種を飲ませます。王家の素養以外は根付きますから替わりは直ぐに……」


 ブラックは、私を見ることなくぽつぽつと告げる。私はその台詞に金魚みたいにぱくぱくと口をパクつかせて、次の言葉が出ない。


「マシロちゃん、もう少し前に……」


 そして、勢い余って立ち上がり、問質しそうな私の腕をそっと取ったのはアルファだ。きっとエミルがそうするように促してくれたのだろう。


「ブラックも。マシロちゃんはもう、傍観できないでしょ? 前に……」


 続けたアルファに腕を引かれて、私はよろよろと上王陛下の傍まで寄った。もちろんブラックも着いては来てくれている。


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