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第五十四話:そんでもってごめんなさい

 ***


 翌朝。本当に雨季が明けたのか晴天だった。

 やっぱり空は晴れているほうが好きかも知れない。


 どんよりと気分の重たそうなブラックを連れて、私は再び王宮へと向かった。もちろんお伺いを立てたらアルファとカナイは本調子ではないため、休暇扱い。エミルもなんとか折り合いをつけてくれて顔を揃えてくれた。


 そして……予想通り……――


「うわぁ……ブラックが謝ってる」

「今、俺呪われた気分だ」

「シル・メシア王家も転覆しそうだよね」


 散々ないわれようだ。予想の範疇だけど。そして、僅かな既視感。いわれた本人は臍を曲げている。眉間の皺がとても深い。


「別に私だって好きで口にしたわけじゃないです。悪いと思っていませんし。当然の結果です。いわないとマシロが、させてくれ……――」


 ―― ……ぎゅうっ!


「い、痛っ痛いです。だって本当にマシロが」


 まだいうかっ! 私は思い切りブラックの腕をつねった。グーパンチはちょっと身長差からいって威力が低い。つねるという地味に痛い攻撃を最近覚えた。


「悪いことをしたら謝るこれ当然です」


 きっぱりといい捨てると、ブラックは、はぁと嘆息する。

 しかし直ぐに復活「さ、帰りましょう。謝ったのですから」とにこやかに私の手を取る。


「そうだよね、マシロの腰にある赤っぽいハート型の痣。ちっちゃくて可愛いもんね」


 ……ん?


 エミルのぽつりにブラックが耳をそばだてる。この辺り、と、自分の右側の後ろ辺りをちょんとつく。


「え? そうなんですかっ?! マシロちゃん見せて見せて」

「ちょっ! ちょっとアルファ! 乗っからないでっ、あははっ、ちょ、くすぐったい、ない、ないない、ないってばっ」


 ―― ……ごんっ!


「いった! カナイさん、痛い、どうしてカナイさんが打つんですかっ!」

「そりゃ、まあ、近くに居たからだろ?」


 私に確認という名目で圧し掛かってきたアルファを、傍に居たカナイが、拳骨で黙らせた。そして、乱れた髪を直していた私にカナイが「事実?」と聞くけど


「知るわけないじゃん。ないよ、多分?」

「―― ……ありますよ」

「え?」

「あります。私だけが知っていることだったんですけどね」


 いいつつブラックは、すっと出現させた杖の頭を捻る。なんだろう、この空恐ろしい感じは。ぴりぴりと空気が肌を刺すようだ。おかしいな、エミルもブラックも笑顔なのに。


「消せば良いだけですよね。良かったです、簡単な問題で……消えてください。潔く」


 すらりと引き抜くと止める隙もない。


 ―― ……キンッ


 と刃物同士がぶつかる音がする。これを聞き慣れたとか思ってしまう私はきっと終わっている。でも、割って入ってくれたアルファに、ほっと胸を撫で下ろす。


「引いてください、回復もしていない貴方なんて役に立たないでしょう」

「やってみないと分からないじゃん」


 ぐぐっと競り合う二人にタイミングを失いそうだったけど、カナイに「止めに行け」と背中を押された。カランっと競り合いに負けてアルファが剣を落とすのと同時に、ブラックをがっつりと捕まえる。間に合って良かった。


「もう良いから帰ろう」

「えー! マシロ許すんですか! 変質者です」

「はいはい、もう、良いから。王子様を変質者扱いしないの。それをいうなら……」


 私にとってのブラックの第一印象が変質者だ。私が思ったことが分かったのか、ブラックは、短く嘆息して「昔のこと、ですよね?」とわざわざ確認する。そんなに不安そうに問わなくても、そんなこと今思っていない。でも、意地悪な私は、口角を少し引き上げただけだ。

 それにエミルに関しては、許すも何も、多分見られたのはあのときだから、私にも非があるというか合意の上というか……なんともいえないよ。悪いけど。

 ふつふつと湧いてくる罪悪感と、羞恥心に私は誰の顔も見ることは出来ない。吐き出した溜息とともに俯いて、ブラックの腕を引っ張る。


「ほ、ほら……続きするんでしょ」

「はい、そうですね」


 切り替え早っ! ぐずっていたのにあっさりと踵を返して先頭切って歩き始めたブラックに肩を落とす。


「マシロちゃんだいたーん」


 かつんっと剣の柄を蹴り上げて、手元に戻したアルファの台詞に私は茹で上がる。


「回収するための、方便だよっ! し、仕方ないじゃない、今度は王城ごとふっ飛ばしかねないよ」


 私だってこんな恥ずかしいこといいたくていってるわけじゃなくて、というか、重ねるけど、ただの口実ですから! ブラックを回収する、口実に過ぎないんですからねっ! 沸騰してしまった顔を隠しつつ私は大股でその場を離れた。


「自分で撒いたんだから凹むなよ」

「もう、放っておいてよ」


 私にはもう何も聞こえませんっ!!





 王宮から種屋に戻り、ブラックとの約束通り、昼間から物凄く怠惰な一日を過ごすことにした。

 お日さまは、まだ高い位置にあるというのに、それを無視して一日の殆どを寝室で過ごし、ごろごろごろごろ……。

 こんな生活を続けたら、七夕物語の二人のように引き離されそうだけど、一日くらいこんな日があっても良いだろう……ということにした。


「本当にある……」


 帰って直ぐ、合わせ鏡で見てみた。

 全然知らなかった。


 何かないとこんなところの痣なんて発見出来ないと私も思う。ちらりと、ブラックの様子を窺おうと思ったら、ぎゅっと背後から抱き締められ首筋に口付けられる。


「エミルと何があったんですか?」


 吐息混じりに問い掛けられ、私は言葉に詰まる。言葉に詰まった私にブラックは短く嘆息して外耳を食むと「口にしなくて良いです」と続けた。


「何を聞いても気に入らないと思うので、我慢します」

「え、あ……でも、そんな、何か変なことがあったとか、そういうのじゃ……ブラック」


 身体を捻ってブラックを見ると、複雑な面持ちで私を見ていた。それがたまらなく苦しくて抱きつく。


「―― ……ごめん」


 それ以外いえないことに気がついた。


「マシロの浮気は責めません。私にも非があると思うので……相手は許しませんけど……今回だけです。もう、マシロに他を見る余裕なんて与えないので」


 いいながらもほんの少しの苛立ちを含んだように、強く噛み付くように口付けられる。互いの歯がぶつかってしまうのも気にせず、私もそれに必死に応じる。

 私は、まだまだ身体で気持ちを伝えるような術を持たなくて、受け入れてあげることだけで精一杯だ。

 そのままベッドに雪崩れ込み、これ以上傍寄れないという距離を堪能する。





 ベッドの中の肌触れ合う距離でだらだらとしながら、ちらりとブラックを盗み見る。

 うとうとと――縁側で丸くなっている猫のようで物凄く愛らしかったので、そのままでも良いかと思ったけど――しかけていたブラックは、私の視線に気がついて「はい?」と問い掛けてくれる。

 ほんの少し勿体無いような気がしたけれど、仕方ないので私は話を切り出した。


「なんか不思議」

「何がです?」

「いや、なんというか、ブラックのことだから誰が仕組んだことだったのかー、とか一番に突き止めようとしそうなのにーと思って」


 私まで釣られて出てきた欠伸を噛み殺し、そう口にすればブラックもああと頷く。


「言及したほうが良いですか? 首謀者が分かってもマシロは何もさせてくださらないでしょう? それに予想は付くので……――」


 そりゃ、何もさせないけどさ。

 傷つけたり仕返ししたりってなんかこっちが後々辛いと思うし。


 私の心の平穏のためにもそのままで良いと思う。


「ブラックってさ……ラウ先生になんか甘いよね」

「なるほど、やはりラウですか」


 ―― ……私の馬鹿。


 ぽふっと枕に顔を埋めて唸る。そんな私にブラックはくすくすと笑いを零す。


「古代種を手に入れることが出来る人物も、それを加工出来る人物も実はとても限られています。その上でマシロに怪しまれずに傍に寄れて、口にさせることの出来る人物はもっともっと限られるでしょう?」

「そんなに特殊なの?」

「そうですね。特殊です……これまでの歴史上、例がないわけではないですが、行うことが出来るのは私とそれ以外なら……多くの種を服用し、活かせているもののみです」

「え、じゃあ、ラウ先生って」

「うちの常連ですよ。とても昔から」


 私の髪を指に絡ませて遊びながら、ブラックは話を続けてくれる。


「ラウはその生が尽きるまで、種を飲み続け……埋まらない隙間を埋めていくことでしょう。決して満たされない思いを永遠に抱きながら生き続ける。世界に退屈し、置かれた境遇に退屈し、自身に退屈する」


 彼はどこか私に似ています。ぽつりとそう締め括ったブラックに私は胸が苦しくなる。


「―― ……ブラック」

「昔の、ですよ」


 堪らなくなって呼びかければ、柔らかく瞳を細めて笑みを深め、キスをくれる。


「私には今貴方が居ます。最大の弱点ともいえなくもないですが、それがこんなにも心地良いものだとは思いませんでした」


 するすると頬に触れていた手のひらが私の身体を撫でて僅かに開いた距離を再び縮めた。


「マシロ」

「うん?」


 鼻先の触れ合う距離で名を呼ばれる。絡んだ視線は甘く優しい。


「―― ……もう、嫌わないでくださいね?」

「……うん。嫌わない。嫌えないよ」


 悪戯のように囁かれる台詞に、確実に応える。離れてしまったあのときから、きっちりやり直させてもらいます。

 ごめんね、と、ありがとう、と何より


「大好き」


 を沢山込めて。

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