表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/86

第五十一話:出来なかったことと出来ること

「折角のやり直しも、徒労に終わったんですね」

「―― ……人の恋路で遊ばないで欲しいな」

「遊んだつもりは……少し暇つぶしに……いえ、大切な王子のためだと思ったんですよ。これでも」


 曖昧なところで不毛ないい合いが聞こえた気がした。


 私はとても長い間眠っていたらしい。

 目を覚ましても夜だった。丸一日近く眠っていたということだ。


 その間私は眠っているのか起きているのか分からない狭間で、忘れてしまっていた記憶を繰り返し夢に見ていた。哀しくて、寂しくて、怖くて……私は相当うなされていたらしい。


「―― ……大丈夫? 少しは落ち着いた?」


 心配そうに声を掛けてくれるのはもちろんエミルだ。ラウ先生――修復作業に再び借り出された――を除いてみんな揃っている。私は、もう頭の中がぐちゃぐちゃして、ベッドの中で膝を抱え情けなく謝罪を繰り返していた。


 変だと思いながらもそのままにしていたことへの罪悪感。

 ブラックを止められなかったこと。

 エミルの痛みに気がつけなかったこと。


 私に出来ることはもっとあったかもしれない。

 でも、私は何もしなかった。


 何もしなかったどころか、一番みんなが辛いときに、一部記憶を欠落させるとか厄介な事件を起こしてしまった。情けないにもほどがある。


 正直全て今更だ。

 アセアたちのことにしても、みんな真摯に受け止めている。シル・メシアでは普通のことなのだ。受け止められない、理解出来ないのはやっぱりこの世界で私一人きりだ。


「馬の用意が整いました」


 シシィが入り辛そうに部屋に入ってきてそう告げる。


「健勝なのが僕だけだから、僕が送ることになるけど、良いかな?」

「うん、エミルさえ良ければ」


 いって笑ったつもりだけど泣いてしまった後だから目が痛い。歩いて帰るというのは即却下。馬車でも良いといったのだけど、馬を出したほうが早いからという流れでこうなった。

 なんとかベッドからにじり出ると、エミルが立ち上がるのに自然と手を貸してくれる。普通にそれに甘えてしまう私は、こういう状態にきっと慣れてしまっているのだ。

 良いのか悪いのか良く分からないな。


「マシロさん、これ返しておきますね」


 荷物も何もないから手ぶらだった私に、シゼが歩み寄って紙の束を渡した。何? と首を傾げつつぱらぱらと捲る。


「うちの顧客名簿だね?」


 なんでこんなところにあるのやら。

 疑問符が拭えない私にシゼは、肩を竦めて「店主殿ですよ」と続ける。


「切れるところには作って配達させておきました。追加して記入しておきましたから、あとで確認しておいてください」

「え?」

「ですから、戻ったときに貴方が困ると思ったのでしょう?」


 そっか、ブラックってへんてこなところに気が利くよね。

 きっとそのせいで自分が作って配達するわけにも行かないと思ったのだろう。なんとなくあったかい気持ちになって、自然と口元が緩む。

 古代種の件もあったのに、シゼにとって全く関係ない私の店まで面倒見てくれていたとは……当分シゼに足を向けては眠れない。その感謝を十分に込めて、ありがとう。と、告げれば、別に大したことではないです。と、そっぽを向かれた。

 いつもと変わらないシゼの態度が逆に嬉しくて、私は自然と微笑んでいたと思う。


「こっち向け」

「ん?」


 続けてカナイに声を掛けられ顔を上げれば、がっつり顔を覆われた。ぐっと息を詰めればじわりと暖かくなる。


「べそべそすんなよ。ほら、これで腫れぐらいは引いたから」


 こつんっと弾かれ、数回瞬きすれば目元が痛いのが治っていた。


「ねーねー、マシロちゃん。明日来ます? 来ますよね。急に居なくなると寂しいです」


 エミルが、じゃあ行こうか? と、手を引いてくれたのとほぼ同時にアルファが背後から抱きついたので、ずるずると引きずり首が絞まった。こいつはいつもながらに容赦がない。ぐぇっと可愛くない声を出したところで、アルファはあっさりカナイに首根っこ掴れて捕獲された。素直に寂しいと重ねるアルファにまた明日と伝えてお礼をいってから部屋を出た。

 もともとこの区域には最小限の人数しか居ないし日が暮れれば人数も減るから、もっと人気が少なく静かな廊下をエミルと並んで歩く。


「エミルはいつでも手を引いてくれるよね」


 なんとなく口から出た台詞にエミルが、そうかな? と首を傾げ、そう間を置かずにそうだね。と頷いた。


「何度も助けてもらったし護ってもらった」


 当たり前のようになってしまうくらいに……王宮にみんなが戻ってしまってから少し距離を感じていたのが事実だ。だから、また寝食を共にするときが来るとは思っていなかった。

 迷惑を掛けたとは思うけど、変わらないみんなに不謹慎にも嬉しいと思ってしまう。


「同じだけ僕も助けてもらってるよ」

「―― ……ありがとう」

「あれ? もしかして信じてない? ふふ、本当だよ。マシロがこの期間、ここに居てくれなかったら僕は何を選び取っていたか分からない。前なんて多分見えなかった。現実から目を逸らさずにいられたのはマシロのお陰だよ」


 忙しいのは尚良かったしね? と、続けて笑ったエミルに釣られるように笑っていたと思う。エミルのさりげない優しさは私にとってとても心地良い。それに浸かってしまう私はエミルよりもきっとずっとズルイ……。




「はい、足掛けて」


 建物から出たところで待機させていた馬の横で、腰を折って、手を台にしてくれるけど、物凄く申し訳ない。躊躇してしまうと「大丈夫。落としたりしないから、早く」とせかされ私は馬の身体にそっと手を添えて、エミルの手を借り持ち上げてもらって座った。


 乗馬は正直慣れないと怖い。

 真面目に高いんだよ。馬の背中って!


 エミルは手綱を持ってサドルに足を掛けると身軽に後ろに跨った。


「あ、と……本当に店までで良いの? 辺境まで行っても良いよ? 真夜中までには着くと思うし」


 簡単にいうけど、私はその帰りが心配だよ。エミル朝になっちゃうし。


「平気。多分、私の店のほうに居ると思うし……居なくても、私が戻れば来ると、多分、思う」


 語尾がだんだん弱くなる私にエミルは「そうだね」と笑って頷いてくれた。それはもしもこなかったらどうしようという私の不安を払拭してくれるものだった。


「じゃ、しっかり掴っててね。とばすから」


 いい終わると同時に駆け出した。景色を見る。なんて余裕はないけれど、ふと見上げた夜空には久しぶりに二つ月が出ていた。




 ―― ……カランコロン


 自分の家なのに、つい、そぉっと扉を開いた。

 真っ暗な店の中に、ぽっと明かりを灯す。ちょっと長めの旅行に出ていたくらいだけど、凄く懐かしい。カウンターも薬品棚も……埃一つ被ってない。

 きっと、私の居ない間も帰る場所を護ってくれていたのだろう。


『彼の肩を持つ気はないよ。自分が傷付いたくらいのことで、マシロのことを蔑ろにするくらいなら消えれば良いと正直思った。種屋の代わりなんて直ぐに埋まるんだ。役目の変わりは幾らでもいる。彼である必要はない』


 そう冷たく馬上で口にしたエミルを見上げると「マシロにとっては、種屋ではなくてブラックが必要なんだよね?」と続けて微笑まれた。

 それを踏まえたうえで


『彼が、今回一番きつかったかも……ね?』


 曖昧に微笑んでそういったエミルの言葉を思い出す。いろんな意味でエミルだって巻き込まれてしまったのに、そのことを微塵も気取らせないエミルはやはり人格者だと思う。

 ブラックに至っては、私にとって、きつかった……そんな程度の言葉で済ませて良いことじゃない。

 私はきっとブラックの心を大きく抉ってしまった。

 いろんなことに混乱していたとはいえ、ブラックに酷い言葉を投げつけた。


 ―― 人殺しっ!!


 はっきりと脳裏に蘇りどれほど後悔してもしたりない。

 ブラックは私を信じてくれていたし、嫌わないで欲しいと願っていた。


 私も分かっていたのに……信じているといったのに、嫌いになんてならないと、そう重ねたのに……それなのに、とても酷いことをした。

 

 ―― ……私、サイテーだ。


 カウンターに片手を着き、はぁと嘆息すると同時にぽつぽつと涙が机上を濡らした。

 泣きたいのは私ではないはずだ。私はごしごしと無造作に目元を拭うけど、止まらなくて……仕方がないから零れるままにした。


 以前の心を凍らせていたブラックなら、その程度の言葉なんとも思わなかっただろうし、嘲る程度で済んだだろう。でも、今は違う。それなのに、ブラックは独りだった。


「やっぱり駄目」


 私は止まらない涙をもう一度だけ、ぐぃっと拭って顔を上げた。

 会わなくちゃ、ブラックはまだ私を信じているといってくれた。辺境までは今からは無理だ。ここに居てくれれば良いんだけど……そう思って、静まり返っている室内を見回した。

 もともと私に人の気配を察するような特殊能力はないから、地味に探して廻るしかない。そう思って、まずは居住区から探したけど居なかった。でも、どこを見てもいつでも日常に戻れるように整っていて、なんだかそれがとても切なかった。


 私はこつこつと階段を降りながら溜息。


 あとは、一階の調剤室とかだけだけど、そんなところに居るとは思えないし、やっぱり種屋に居るのかな。だとしたら来てもらったほうが良いのかな? 呼び出すのってかなり図太い神経を要するような気がする。壁に手をついて再度がっくり溜息。


 ミニキッチンや調剤室・乾燥庫には勿論人影なし。


 ちらりと温室に目をやると、明かりが灯っているのが見えた。空調は整えてあるけど明かりはいつも点いているわけじゃない。ということは、あそこか……。

 そう思った瞬間からドキドキと鼓動が早くなった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ