第四十七話:男性陣はお天気屋が多い
「どう足掻いても、彼には敵わないのか」
エミルはどこか悟ったような、諦めたような顔をして笑ったあと、私の左手に嵌っている指輪をぴんっと弾いた。落花流水の如くとは行かないねぇ。と、しみじみ。ごめん、と尚重ねそうになる私の口元をそっと指先で押さえて、首を振る。
もう謝らなくて良いということだろう。
「今夜だけ、ここに居て……って甘えても良い?」
そんな顔してそんな風に問い掛けられたら、嫌だと、駄目だといえる人がどれだけいるんだろう? 私は、こくんっと頷いた。良かったと微笑んだエミルは、ぎゅぅぅぅぅっと私を抱き締めてしまう。
ギブ……ギブアップです。王子……。
ばしばしと背中を叩けば僅かに力は緩んだけど解放してくれる気はゼロのようだ。
「彼は今夜来た?」
「―― ……うん」
「なんて?」
「……信じてるって」
私がぽつぽつと答えるとエミルは、そう。と頷いて私を抱く腕に力を込める。
「彼が好き?」
「分からない。それに少し怖いとも思う。でも、泣かせたくない」
何故だか分からないけれど、とても純粋な人に思えた。
黒を身に纏うけどその心は子どものように無垢で、それこそ極端に善悪の判断すらつかないくらい真っ白に思えた。
そんな彼のことを、今私ははっきりと思い出したいと思う。
それに、もし、私が本当にみんなを――せめて私の知る範囲の人だけでも護りたいと本気で思うなら――ここで安穏としているわけには行かないと思う。私だけの平穏が、私の望みではない。私に出来ることがあるのなら、やっぱりやるべきだと思う。
これまでの私がやってきたことを、無駄にすることはしたくないとも思った。
「私ね……頑張りたいと思うの」
そう告げれば当然のように「マシロは頑張ってるよ」と返ってくる。そして、エミルは私を一旦解放すると、目を擦りつつ「少しだけ眠ろう」とシーツを上げてベッドの中に潜り込んだ。
もちろん「じゃあ部屋に」と戻ろうとした私は掴って「居てくれるっていったよね?」という若干強引な笑顔によってベッドの中へ引き込まれた。
翌朝、私たちは様子を見に来てくれたシゼに起こされてもんのすごーく、複雑そうな表情をされた。焦っていろいろ説明しようとした私を、あっさりと二人とも無視してシゼはエミルの治療を始めてしまう。仕方がないから私は部屋へ一旦戻って、身支度をして薬のことをカナイとシゼに相談しようと思った。
部屋に戻ると、今朝の当番なのだろうララが、にやにやと訳知り顔で迎えてくれた。シシィから絶対何か聞いた感じだ。そしてそれはきっと、事実の斜め上くらいを歩いているだろう。だからって、否定しても受け入れてもらえないだろうことは想像に難くない。
それでも一応エミルの名誉のために説明したけど、案の定「分かってます、分かってますよ」と微笑まれた。何を分かっているというのだろう。がっくりと落とした肩にララは益々にやにやした。
「あ、あのね、さっきのはね?」
「別に僕はマシロさんがどなたと添い寝なさっていても結構です。興味ありませんから」
着替えが済んだ私は、シゼのあとを追いかけて寮病棟まで向っていた。シゼは私の釈明に、いつも以上にぷりぷりとそう口にする。聞く耳持たないという雰囲気だ。
「それにエミル様にしても、今後何人も召抱えられると思いますし」
「多妻制なんだ?」
「王族は普通そうではないのですか?」
いやぁ、これまで王族様とお近づきになる経験はないので知らないなぁ。
まぁ、エミルは優しいから、そこらへんの誰かに嫁に行くよりは安定していて、幸せな日々をおくらせてもらえるんじゃないの? なんて考えると、ちくりと胸が痛む。私は勝手だ。
一人で百面相してしまっているのではないか? という私を、ちらりと見てシゼが続ける。
「……ところでどうして着いてきているんですか?」
「いや、だからアルファのお見舞いと、あと……シゼとカナイに相談があるんだと、いわなかった?」
「聞いていませんね」
すみませんでしたねっ! シゼは、ぷりぷりすると手に負えないことが分かった。ここの男性陣はお天気屋さんが多いと決定。
「ねぇねぇねぇっ! マシロちゃんっ! 王宮に上がるって本当?!」
寮病棟に到着すると即、アルファにそう叫ばれて抱きつかれた。ぎゅうぎゅうぎゅうっと腕に力を入れられて、はい、も、いいえ、も口にすることは困難だ。というか、圧死目前。ああ、お花畑の向うで、おばあちゃんが……って、誰も死んでなかった。
「そろそろ、離してやらないと顔が凄いことになってるぞ?」
「え、ああ! ごめんなさいっ! 大丈夫? マシロちゃん」
げほりっと、喉元を押さえて一つ咳きこむ。良いよ、アルファ。可愛いから許す。でもね
「青く、なってるとか、いい方あるよね。凄いことって何よっ!」
カナイは許すまじっ!
憤慨した私に、カナイは「今も凄いことになってる」と後押しした。こいつ。
「カナイさんなんて放っておいて良いですよ。そんなことよりっ!!」
普段の苛々顔が今日の天気のようにキラキラと輝いている。久しぶりの晴れ間は、アルファに陽気も運んだらしい。というか、情報が混乱してない? いやいや、それよりも早くないですか! 思って、ふとシシィがここに友人が居る的な話をしていたことを思い出す。
あそこが確実に発信源だ。
女の子は特にこの類の噂話が大好きだ。絶対良いネタを提供してしまった。
「僕、凄く嬉しいですっ! マシロちゃんならきっと、第一ターリ様にもなれますね。だったら僕がしっかり護ってあげますから」
任せてください! と、にこにこと続けられては、どこから突っ込んで良いのか分からない。
カナイが傍でシゼに「で、どうなんだ?」と聞いているのが耳に入る。シゼはあっさり「そうなんじゃないんですか、そんなくだらない話より、腕見せてください」と尋常じゃない機嫌の悪さに、お仕事優先――これは当然――だった。
そのあと、私がシゼとカナイに昨夜の話――もちろん、ブラックのほう――を伝えると、二人で顔を見合わせたあと
「ですが、そうなると……カナイさんどこまで凝縮できますか?」
「限界値があるからな……熱の量が足りなくなるのが、いやでも焔なら使えるかもしれない」
「燃やすという概念から、なんですから液体からでは拙いでしょうし」
「やっぱり石か、石だよなぁ」
ぶつぶつと二人で話しながら寮病棟を出て行ってしまった。シゼのほうは出て行く前に「アルファさんは安静続けていてください」と念を押し、私にはアルファの傍についているように重ねられた。
閉まった扉を睨みつけてアルファは、ぼふっとベッドへ乱暴に腰を降ろし「あーあ」と零す。
「何か思いついちゃったみたいですよねー」
つまんないのー! といいつつ、アルファは肩から下げていた三角巾をあっさりと取り除き、ぽいとベッドの上に放る。そしてベッドに腕を付いて、少し傾ける「やっぱりまだちょっとつきが悪いなぁ」とか怖いことをいっている。
「ほら、ちゃんと吊っとかないと」
「大丈夫ですよ。ぽろっと取れちゃったりはしませんから」
して堪るか! 思わず眉を寄せた私にアルファは冗談ですよ。と苦笑する。アルファの冗談は笑えない。
「古代種が取れて記憶が戻っても、王宮には居てくれるんですよね?」
「え?」
「僕、マシロちゃんが居ないと詰まらないです。図書館では毎日会えたのに、今は週に何度かでしょ? それがずーっと続いてたから、凄く寂しかったんです。だから、ずっと王宮に住んじゃえば良いのにって思って。そうすればいつでも会えるし遊びにいけますよね」
にこにこと純真無垢な天使の笑顔で告げられても、どう、だろう? 私は町で薬屋さんをやっていたと聞いているしそっちを何とかしないといけないと思うし。
「何か仕事がしたいなら、記憶が戻ったら薬作るのも抵抗ないでしょう? だったらシゼの助手とかにしてもらえば良いじゃないですか」
シゼの助手……。
神経すり減らしそうだなぁ。シゼは悪い子じゃないんだけど、なんというか好かれている気がしない。いや、そうじゃなくて……私は元の生活に戻らないといけない。
「私は、薬屋さんに戻ると思うよ? 今は分からないけど、そうしていたってことは、それに意味があると思うし、だとしたらやっぱり変えないほうが良いと思う」
「えー」
心の底からのアルファのブーイングをなんとなく嬉しく思ってしまうのは、あまり良いことではないとわかってるけど、一緒に居たいと素直に思ってくれるのは心がほっこりとする。
「トラブルメーカーが居ないと退屈すぎます」
―― 例え理由がどうであったとしても。