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白蒼月種想譚~二つ月の望む世界(種シリーズ③)  作者: 汐井サラサ
番外編:ちょっと気になること2
44/86

ハナノサクコロ(3)

 ***


 ―― ……安堵。


「安堵、か……」


 歴代の種屋が必要とはしなかった言葉だ。


 それをぽつりと零しても、誰も拾うことはない。


 月明かりしか差し込んではこないこの場所には、今、誰も居ない。

 隅に設けてある円卓に突っ伏して、室内を見回すと、そこかしこにマシロの姿が刻まれている。今、その姿を追っても幻影でしかない。


 種屋は”愛”なんて不確かなもの必要としない。深い業と闇。孤独と、虚無。混沌とした世界だけを知るものだった。

 ルール以外は、欲望のままに生きて、虚しさを埋めるために殺戮を楽しむ。快楽を求めればそれだけの数の女性を虜にし、不要になれば消してきた。


 人。物。行為、そのどれにも……執着することはこれまで一度もない。


 世界が創造され、種屋が置かれてから、一度だって……種屋自身を見たものは居ない。

 マシロだけが……

 この世界を知らない、彼女だけが、見てくれていた。


 そういえば、あの日、あのあとどうしただろう。

 マシロが余りにも可愛くて、愛しくて、抱き締めて怒られるまで口付けた。結局、押し倒しかけて、ずぶ濡れになって怒られたのに、笑いが止まらなかった。


 ひとしきり遊んで、腰を下ろすころには、すっかり陽は落ちていて……夢見草の枝の間から見上げた二つ月を、珍しく綺麗だと思った。


「月、一人で見てると寂しいよね」


 ぽつと零したマシロの言葉の意味が分からなかった。月はいつでも変わらずにそこにある。これまでも、これからも、きっと唯一変わらない不変なるものだ。


「月は御伽噺のように、私にブラックを連想させる。今はこんなに近いのに、一人で居ると到底手が届かない」


 いって絡めとられた指先からマシロの怯えが伝わる。ひんやりと熱を失った指が僅かに震えている。


「大丈夫ですよ、大丈夫。私たちだって何も変わらない。マシロが望みさえすれば、いつだって手の届く距離に、熱を伝えられる距離に、触れて、口付けられる距離に居ますよ」


 ―― ……いつでも、マシロが望めば……


 それでもなお、何処か不安そうに月を仰ぐマシロの視界を奪った。

 僅かに驚いたように目を見開いたけれど、直ぐに双眸を閉じ伸ばされた華奢な腕は、私の首に絡みついた。


 マシロの存在は心地良い。

 愛らしい唇から紡がれる声も、耳に優しく届き、荒涼とした心を満たしてくれる。

 見つめてくれる瞳も、偽りを一切感じさせない、真っ直ぐなもので“種屋”“獣族”でもなくルインシル=ミアを見ている。


 楽しいとか、嬉しいとか……陽の当たる部分は全てマシロが持っていた。

 だから、今、何もない。


 気を紛らわせるくらいにはなっていた、安易な殺しも、今は何も紛らわせてはくれなかった。

 次にこの種を受け継ぐものは、この記憶を、この想いを……どう思うだろう。同じように、愛してくれるものを求めるだろうか? それとも、愚かな先代だと哂うだろうか。後者であれば、きっとただの種屋でいられるだろう。

 これまでと変わらずに、永遠に埋まることのない己の半身に飢え、破壊を繰り返す。


 種屋はそうあるべきなのかもしれない。

 そうすれば、何も感じることもない。


 それが出来ない私は、唯一無二の白月を求めるばかりだ。それが叶わぬなら、最大の禁忌すら私を縛る枷にはならない。


 マシロに会いたい 

 マシロに触れたい

 誰よりも愛していると伝えたい


 今は、それすら彼女を傷つける 茨の森に沈んでしまっている。


 茨の棘がこちらに向いていれば良かったのに、この身が引き裂かれるだけで済むのなら、迷わずに手を伸ばすのに……その全てがマシロに向っている。


 会いたい

 触れたい

 伝えたい


 愛など知らなければ良かったと、微塵も思えないほど深く想っている …… ――



 花の咲く頃……同じ場所で……同じように……同じものを見たい

  ……それが叶わぬなら……いっそ……



        ハナ ノ サク コロ マデ マテ ナ イ

※土曜日から通常本編更新に戻ります。引き続きよろしくお願いいたします※

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