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白蒼月種想譚~二つ月の望む世界(種シリーズ③)  作者: 汐井サラサ
番外編:ちょっと気になること2
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ハナノサクコロ(1)

※ブラック視点です。ご注意ください※

 あれは、二度と見ることの叶わない景色になるだろう

 でも、花の咲く頃、きっとまた赴くだろうと思っていた


 そのときもやはり

          二人で …… ――


 ***


「別に良いんだよ? わざわざ猫にならなくても」

『猫な私は嫌いですか?』

「え? そういうわけじゃないけど……」


 ほんの少し意地悪に返せば、戸惑いがちに否定が返ってくる。

 そういう意味で、マシロが口にしたわけじゃないくらい分かっている。でも、マシロが考えているよりも、ずっと『種屋店主』という肩書きは暗く重い。平穏を望み、常に優しくあるマシロにはとても苦しいだろう。


「なんとなく、それじゃ、過ごし難いんじゃないかなと思っただけだよ?」


 それに……と、続け掛けたところで店の扉が開いた。日に数名有るか無いかの来客だ。マシロはにこりとカウンターから立ち上がり「こんにちは、ニフレさん」と声を掛ける。

 こんにちは、と返した女性客はちらりと、目を留めてからカウンターに歩み寄り肩を竦める。


「あの猫、たまに居るねぇ? 猫が薬屋なんかに寄り付くのも奇妙なもんだけど、それを良しとするのもあたしゃどうかと思うよ?」

「そうですか? 私は可愛いと思いますけど」


 マシロはその台詞を気にすることもなく、にっこりと交わして「ご入用は何ですか?」と早々に話を切り上げた。

 マシロが立ち上がり空になった丸椅子に飛び乗って丸くなる。

 残る暖かさが心地良く、頭を落とし目を閉じた。


「娘がね、この間の鎮痛剤を気に入っていて」

「ああ。あれですか? 体に合って良かったです。では、一回分ずつ煮出せるように包みますね。五日分、くらいで構いませんか?」


 マシロの丁寧な対応に、客はにこにこと頷いて、窓際にある小さなテーブルセットに腰を降ろした。

 マシロは背にしていた棚から、目的の瓶を手に取り、慣れた手つきで小さな麻袋に一回分ずつの量を計って包む。


「ここくらいだよ、そんな風にまでしてくれるの」

「そうなんですか? 目分量じゃ出来ないし、ちょっと家でやるには面倒ですよね?」


 最後の一つを包み終わって、紙袋にそれらを詰めたらマシロはカウンターから抜けて、客の傍に歩み寄った。


「お釣り待ってくださいね」


 紙袋を手渡し代金を受け取ってから、マシロは小走りにカウンターへ戻ってくる。その後ろを「慌てなくて良いよ」とのんびり口にしながら客は歩み寄ってきた。


「ねぇ、マシロちゃん」

「はい?」

「ここにさ、時々居る菫色の髪をした、綺麗な子。あの子とは、今どうなんだい?」

「菫色? ああ、シゼですか。どうってどう?」


 手にしたお釣りを渡しながら、マシロはその含みのある物言いに気がついたのか「ああ」と笑った。


「シゼは時々お手伝いに来てくれる知人です。普段は王宮で働いている子ですし、私にはとても」

「ああ! そうだと思ったよ」


 どうだと思ったというのだろう。聞きたくもない不愉快な会話に耳を震わせる。


「うちの隣にね、顔はまあ十人並みなんだけどさ、良い子が居るんだよ。マシロちゃんも、もうそういう年じゃないのかね?」

「いえ、私はそんな」

「マシロちゃんは余らせておくには惜しいよ。図書館を卒業した上に店まで切り盛りするんだからね」


 マシロは微塵も余っていない。もし、自分が居なかったとしても、客がいうとおり引く手数多だ。そんな民間人が近寄ることが出来るほど、易い存在ではない。


 もう、いっそその無駄口が永遠にたたけないようにしてしまおうかとも思ったが、ここへ来てから戻らなくなったといったら、変な噂が上がるだろう。

 ふーっと苛々とした息を吐いて身体を丸めなおした。苛立たしげに尻尾が揺れてしまうのは、自分でもどうしようもない。


「私はそんな褒められるような子じゃないですよ。それに、そういう気はないので、お気持ちだけで」


 やんわりと断ったマシロに「そうかい?」と後ろ髪引かれていたようだけれど、マシロはそれ以上その話を続けることを許さなかった。そういえば、と、客の好みそうな噂話を持ち出して、体よく追い返してしまう。ありがとうございました。と店の扉を閉めてから吐いた溜息が重たかった。


 カウンターまで戻って来て、こちらを見たのは分かったが、身体を動かすこともしなければ苦笑して、秤に使った皿を手に奥へと引っ込んだ。

 店の奥にあるミニキッチンから水の流れる音が聞こえ始めると、すとっと椅子から降りた。


「マシロ」


 ふっと元の姿に戻って背後からマシロの矮小な背を包み込めば、くすりと笑みを零される。


「拗ねてるのかと思った」

「拗ねませんよ、くだらない」

「うん、くだらないよ」


 こつとマシロの肩に顎を乗せれば、擦り寄るように首を傾けてくれる。そっと瞑目しやや黙した後、マシロは出しっぱなしになっていた水を止めて「濡れちゃうから離れて」と酷なことを口にした。

 それを無視してそのまま抱き締めていれば、もうっと可愛らしく口先だけの不満を零して、手近なタオルで手を拭う。


「ほら、仕事に戻れないから離れなさいってば」


 ひらひらと手にしていたタオルを振ってそういうけれど、獣族は猫ではないと何度いえば分かってもらえるのだろう。時折、マシロから本気で猫扱いされているような気がする。


「今日は早目に店仕舞いして、出掛けませんか? この間出たときに、遅咲きの夢見草を見つけたんです。今がきっと見ごろになっていますよ」

「夢見草、かぁ……じゃあ、週末にでも」

「花の命は短いんですよ?」


 別に花などどうでも良かったが、今すぐに、マシロを独占したい欲に駆られた。


 マシロは比較的、夢見草……桜といったかな? に弱い。

 圧巻するほどの場所も好むが、人の手のはいっていない場所に佇む立った一本の巨木とか、マシロは特に喜ぶ。今までそんなものに見向きもしなかったが、マシロが喜ぶということが分かってからは、ちょくちょく気に止めるようにした。


「お客さん、あるかもしれないけど、仕方ないよね。うん。花は今だけだもんね」


 一人自分を納得させるように口にして頷くマシロに、来年も咲きますよ。と、意地悪を口にしそうになったが黙った。


「じゃあ、私店を閉めるから待ってて」

「私は馬を手配してきますよ」

「それは遠いの近いの?」

「難しい質問ですね。徒歩では夜になります。魔術を使っても問題ありませんけれど、マシロ、いつもそれを味気ないというので……」

「ん、じゃあ、馬を宜しく」


 マシロの切り替えの速さは賞賛に値する。するりと腕の中から抜け出して、にこりと可愛らしい笑顔で告げる。

 それに異を唱えることが出来る人間はきっといない。


 ―― ……私も、その一人だ。


「直ぐ戻りますから準備をして待っていてください」


 そういって、軽く頬に唇を寄せれば擽ったそうに首を竦めて「はいはい」と、それこそ夢見草が綻ぶような笑みを零す。その笑みを向けられると、自分でも気持ちが悪いほど満たされる。


「何かおやつを」

「ついでに買ってきますね。時間が勿体無いでしょう?」


 特に他意はなかったが、邪推したマシロは、少しだけ不機嫌そうに眉を寄せて、そ。とそっけなく口にして、さっさと店に戻っていった。その後姿にも、顔が緩むのだから終わっている。




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