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第三話:秘伝のアンチエイジング

 大抵はキッチンと繋ぎであるリビングにみんなは集まるけど、あの様子なら多分書斎だろうと当たりをつけて私は書斎をノックする。

 私の予想は外れることなく中からエミルの返事が聞こえ、そっとドアを開くと、私は――普段書き物とかも全部店のカウンターで済ませてしまうから――使うことのない机に腰掛けていたエミルに「家主がノックなんてしなくても」と笑われてしまった。

 それもそうだと笑いつつ、エミルの隣に立ち手元を見たけど、受け取った束は開かれた様子はない。


 開いている窓から吹き込んでくる優しい風が、ペン立てに刺さっている羽ペンを揺らしペーパーウェイトで押さえられている紙の隅っこをぱたぱたとはためかせていた。


「はかどってなさそうだね? お茶でも淹れようか?」

「良いよ、ここに居て」


 ぎっと背もたれに背中を預けて少し傾けるとエミルはこつこつと肘掛の端を弾いて溜息を吐いた。


「カナイから何か聞いた?」


 ぽつりとそう訪ねられ一瞬言葉に詰まったが、私は嘘がかなり上手くない。だから素直にうんと頷いた。


「少し見ても良い?」


 失礼かな? とも思ったけど私とエミルはその程度の気を遣うほど短い付き合いでもないと思う。エミルも、別に考える風もなくどうぞ。と、私のほうへと寄せてくれた。


 ぱらぱらと捲ると絵姿と略歴のようなものが書かれているもののようだ。なんというか……殆ど商品だ。エミルが嫌がるのに深く納得する。


「カナイがさ、断るなら断るでちゃんと自分で詫び状書けって……適当な文句が浮かばなくて、逃げてたんだけどまさかここまでそのことで追いかけてくるとは思わなかったよ」


 はぁとまたまた溜息を零して今度は机に寄り両方の肘を突いて頭を抱えてしまった。


「……あ」

「んー……? どうかした?」


 思わず私が漏らした声にエミルは頭を抱えていた腕を片方解いて顔をこちらに向けてくれた。


「ルイが居るなと思って」

「ああ……キリアの一押しの彼女だね」


 ちらりと私の手元を覗いてそう口にしたエミルは「マシロは今も彼女に会うことがあるの?」と続けた。私は少しだけ考えて軽く頷く。


「そんなに頻繁にというわけじゃないけど、時々店に来るの。あ、もちろん友達としてだよ? エミルの話もしなくもないけど、そんな根掘り葉掘りじゃなくて元気かなーとか、何やってるかなーとか……お、女の子が話題にすることだから、そんな、うん、大したものじゃ」


 別に全く持って後ろめたいわけじゃないのに、なんだか動揺してしまった私に、エミルはくすくすと楽しそうに笑った。その様子にからかい半分だったことに気がついて「……もう」と不貞腐れるとごめんごめんと謝ってくれるけど心が篭ってないぞ。


「本当に時々顔を見せるだけだよ。私が暇つぶしにやってる調香が気に入ったらしくて」

「へぇ、マシロ、調香もやるんだ?」


 そういって笑みを作ると、少しだけ私のほうへ寄って、すんっと鼻を鳴らし、じゃあ、この香りもマシロが作ったの? と聞かれて私は首を振る。


「私のは教えてくれてるときにブラックが作ったんだよ」

「……ああ、本当に何でもやるね。あの猫は」


 素直に不貞腐れたようにそういったエミルが妙に子どもっぽくて面白かった。普段見せない表情だと思う。だから私はつい笑ってしまった。


「でも、凄いな。マシロは薬師だけじゃないんだ。料理の腕も上がってきてるみたいだし」

「そりゃ、回数を重ねればある程度出来るようになるよ」


 心底感心したという風なエミルに私は肩を竦めた。でもそんな私にエミルは首を振る。


「違うよ。僕らはある以上のことなんて出来ない。上は常に見えているんだ。マシロは特別だよ……」


 しんみりとそういってそっと私の手を取る。そして薬指に嵌められている指輪を軽く擦って、ふぅと溜息。

 暫らくエミルの次の言葉を待っていると、ねぇと切り出されうんと答える。


「僕と結婚しない?」

「はい?」

「マシロが結婚してくれるなら他に誰も傍に置かないと誓うよ。この際、猫を飼ってても我慢する」


 いやいやいや……猫っていってもデカイからね? それに我慢って、そういう問題じゃなくて。


「ご、ごめんね、私店も有るし」

「いえ、そこはブラックしか愛せないからと答えるべきです」


 どこから湧いて出てきたのか、いつものことだけれどこういうときは目ざとく出てくるブラックが、すっと私の左手をとって指輪に口付けてにっこり。う……この笑顔には弱いのです。


「すみません」


 反射的に謝罪の言葉が出てしまった。

 エミルは「残念」と零して椅子を傾けるとぼんやりと窓の外を見た。


「王子がここで油を売っていて良いのですか? 陛下はまた床についていましたよ?」

「ジルライン陛下って調子悪いの?」


 机上の絵姿をぱらぱらと見ながらそういったブラックを咎めることもなくエミルは私の疑問に「そうだね」と頷く。


「ええ、もう結構な年ですからね弱っているんですよ」

「年って六十歳とかじゃないの?」

「……八十六だよ」


 ぼそっと答えたエミルに「え!」と声を上げる。


「ちょちょちょ、ちょっと待って! 八十六って、もう直ぐ米寿……初めて謁見させてもらったときに既に八十前後って、いや、どう見ても、そんな年齢には見えない……どんなアンチエイジング法があるんだろう」


 私も一応は薬剤店を営む薬師だ。そんな薬とかあるならちょっと気になる。


「マシロの着眼点ってちょっと面白いよね?」


 くすくすとエミルに笑われてしまったけど、そんなことはないと思うんだけどな?


「そろそろ本格的に退位を考えていらっしゃると専らの噂になっていますよ?」

「種屋は噂になんて踊らされない。真実ってことだよね」


 ぼんやりとそう口にしたまま外を見るエミルに少しだけ不安になる。大丈夫なのか、と問い掛ければ「平気だよ」といつも通りの笑顔が向けられる。でもやっぱり辛そうだ。そんな風に感じることは出来ても、私は見ているだけという協定も結んでいるしただの傍観者に過ぎない。だから中枢のことに口出しをするのはタブーだ。


 そのあとエミルとブラックが私には理解不能そうな話を始めたので、お茶を淹れるために私はその場を離れた。

 ―― ……あ、下でカナイに店番させているの忘れてた。


 ***


 私が図書館を出たときは、入学したときと同じように時期がずれていたので、式典とかそういうのに縁はなかったが、やはり図書館は学校。卒業式シーズンにはその手の式典があるらしい。

 今年の式典には若干十七歳にして最上級階位を卒業したシゼが参加するということもあって、私も参加したいなーと零したらあっさり了承を得られた。学校側の来賓席を用意しようという話まで頂いたのだけどそれは丁重にお断りして私は会場の隅っこで見守る。


 エミルはシゼの身元引受人でもあるし、今回王宮からの代表として式に参加していた。エミルは正装していなくてももちろん王子様なのだけど、正装すると益々王子様で何度目にしても慣れない私はエミルがとても遠い人に思える。いや、偉い人で遠い人なんだけどね。


 それにしても図書館にこんな講堂があったことも知らなかった。

 その中で行われた式典もエミルの祝辞と、シゼの卒業生代表の答辞が終了すると私はそっと会場を抜け出した。式が終わってわいわいと人で賑わう前に私はシゼの研究室へと向かう。


 シゼのことだからきっと他で長居したりしないで真っ直ぐこの場所に戻ってくると思ったのだ。


「お邪魔しまーす」


 特に約束をしていたわけではないからこそりと入室する。

 そっと後ろ手に扉を閉めて、鍵も掛けてないなんてシゼにしては無用心だな? と思いつつ、いつも通りの研究室の机の上に、ティーセットとお菓子が置いてあるのが目に付いた。歩み寄れば、小さなメモが添えてある。


『マシロさんへ』


 それだけだけど、私がここへ来ることはシゼにはお見通しだったようだ。

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