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第三十七話:王子の話は常に迷走

「―― ……いわないで」

「うん?」

「怖いこと、いわないで……」


 エミルにとっては日常茶飯事なのかもしれない、特に珍しいことじゃないのかもしれない。

 それでも、私にとってはとても恐ろしいことだ。今日は無事でも明日はどうか分からない。そんな風に緊張して毎日を過ごすなんて耐えられない。


「エミルは、妹さんのことをとても重く捉えてた、それなら自分のことも、もっと重く考えて……王様が誰になるとか、そういう壮大な部分じゃなくて、もっと、身近なところで……重責に耐えかねて、そういう風にいってしまうのも分からなくないけど、でも、エミルが心を許して良いと思うのなら、常に正直でいて……格好つけなくて良いから」


 説教染みた偉そうなことをいっている自覚はある。

 でも、変に明るく取り繕うようなエミルの台詞に耐えかねた。


 他の人がどうか分からない、

 この世界がどうか分からない、

 でも、この間のエミルが本当なら、エミルは命を軽んじては居ないはずだ。


 それなのに……と、思うととても辛かった。


 落ちた沈黙がきりきりと胸を締め付けて、居た堪れないから……私はエミルの腕を解いて部屋に戻ろうと思ったのに、離れかけた手はさっきよりきつく繋がれた。


 え……と、思ったけれどエミルの顔を見ることが出来なくて、益々押し黙る。


「ごめん、僕が悪かったから、逃げないで」


 そういわれて私は恐る恐る顔を上げる。


「泣きそうな顔させちゃったね」


 いって、私の頬を撫でたエミルのほうが泣きそうな顔をしていると思う。


「本当にごめん、僕は説明があまり上手くなくて、一番大切なことを伝えてない」


 泣いていないのに、そういって目じりを拭ってくれるエミルの指先がほんの少しくすぐったくて、ほんの少し心地良い。


「僕は君が好きなんだ」

「え」


 あまりに突然告げられて、私はとても間の抜けた顔をしてしまったと思う。

 でも、エミルは勢いに任せるように、私から一時も目を離すことなく真っ直ぐに見つめて話を続ける。


「記憶に関係なく好きなんだ。だから、多少の無理も推す。格好つけたくらいで済むならそうする。でも、それで君を不安にさせてたら意味ないよね……本当に、ごめん」


 いいつつそっと私の両手を取り、緩く腰を折って口づける。

 その辺の人がやれば爆笑物なのに、エミルがやると型に嵌っているというか、凄く自然でスマートだ。


 駄目だ、王子様熱でくらくらしそうだ。


 私は何か、えっと、答えたほうが良いんだよね。

 好きとか、嫌いとか?

 はいとかいいえとか?

 え、えぇぇぇっ?!

 重要度はどの辺りなんだろう?

 大体、一国の王子様とのロイヤルなお付き合いってどういうことだろう? 


 一気に沢山の思考が頭の中に駆け巡り、パニックを起こす。


「マシロ? 大丈夫? なんか沸騰しそうなほど真っ赤になってるよ?」

「あわわっ」


 そうさせているのは貴方です。


「ふふ。マシロは可愛いね」


 そんな恥ずかしいことをさらりと告げて、お上品に微笑むと、もう駄目ってほど距離が縮まって、ちゅっと額にキスが落とされる。


 ―― ……私を茹で殺しにするつもりだ!


 くらくらとしそうになってると、いつから近くに来ていたのか「エミル様」と声が掛かった。エミルは、明らかに纏っていた空気温度を下げ「何?」と顔で笑って目で射殺しそうな雰囲気で振り返る。


「は、ハスミ様が、白月の姫にご面会をと……」

「ハスミ? ハスミが何? あの人の空気読まなさ具合は天然なのかな。キサキなら絶対計算だと思うけど……」


 エミルはやや唸ったあと、そっと耳にあるカフスに手を掛ける。


「アルファ戻って」


 呟いた。

 その余韻が完全になくなるまでに「乱闘ですか?」と嬉々とした声が掛かる。


 ―― 早っ!


「乱闘騒ぎではないんだけど、マシロを部屋まで送って。僕はハスミの相手してくるから」

「僕、ハスミ様のお相手の方が良い」

「剣を交えるわけじゃないから、マシロを頼むね」


 にっこりと次を許さない雰囲気でそういったエミルに、アルファは「はーい」と頷いた。


「しかし、ハスミ様は姫をと」

「何? 大丈夫だよ、僕が行くから」


 エミルの言葉は絶対という感じだった。にべもない。

 用件を伝えに来た兵士は深々と腰を折り、エミルを先導していった。


 私たちはその後姿を見送ってから「行こう」というアルファの開口と共に足を進めた。


 今日のアルファは少しだけ機嫌が良いようだ。最初よりはそっけないものの、普通に会話をしてくれる。


「さっきから気になってたんだけど、熱でもあるの?」


 私の隣を歩きながら、ぴとっと額に手を当てて無理な体勢で顔を覗かせてくる。私は冷め切っていない熱に気がつかれたことにますます赤くなり、平気だと、なんでもないと叫んでしまっていた。

 アルファは、そんな私の不自然な返答に「それなら良いんだけど」と答えてから、にこりと笑顔を取り戻して話し始める。


「あのねあのねっ! 今年の雨季は早く明けるらしいんだ!」

「アルファは晴天が好きなの?」

「別に何でも良い。何でも良いけど、雨は嫌い」


 うん。嫌いなのは良く分かるよ。

 ただ嫌いってだけでも、きっとないんだよね?


 口調から態度から全て豹変しちゃうんだから、半端ない嫌い方なのだろう。


「早くやむと良いね」

「うん」


 素直に頷くアルファに頬が緩む。でも、その言葉とは裏腹に、私たちが見上げた空はまだまだ青空とは程遠かった。


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