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第三十四話:刻まれたもの

 ―― ……翌日。


 私は、式典の邪魔にならないように自分の部屋で良い子で過ごした。

 退屈だったけれど、でも、今以上に迷惑は掛けられないし、私に出来ることはやっぱりお留守番するくらいだ。

 エミルとは、なんだか気恥ずかしくて、エミルは普通にしてくれているけど、なんとなく目を合わせ辛い。それはきっと私の我侭なのだろうけれど、高鳴る鼓動に何かを間違えそうで、ほんの少し怖いような気がしていた。


 何が、怖いんだろう?

 変なの。


 みんな私の混乱を防ぐために、あまり多すぎる情報の開示は行わないのだと思う。昨夜だって、エミルもそういっていた「マシロが混乱すると可哀想だから」と。

 だから、私が変な違和感に囚われる必要ないはずなのに、本当に一体何が怖いんだろう?


 そんなことをぼんやりと考えて、時折リズやララと当たり障りのない会話をした。二人とも仕事熱心なのか口止めでもされているのか、質問にも完結にイエス・ノーと答えて終わってしまう感じで、味気ない。でも、あまり親しい会話とか止められているのかもしれないと思うと、私も馴れ馴れしくすることは出来なくて、自然と無口になっていた。


 夜は大抵シシィが一緒に居てくれる。

 シシィは三人の中で一番年若くて、大人と子どもの間という雰囲気を持った子で、親しみやすい。突っ込んだら確実に口を滑らせるタイプの子だろうなというのが直ぐに分かった。分かったから、やっぱり私はあとからシシィが困るようなことは聞かないことにしていた。


 そのシシィに、エミルが部屋に戻ったことを聞き、私はエミルの部屋へと向う。

 いつもなら廊下から廻って――どういうわけか、私の寝室からエミルの寝室にも繋がっているのだ――行くのだけど、なんとなくその日は寝室を突っ切った。そして扉の前でふと足を止める。

 中から話し声が聞こえる。まさか独り言ではないだろう。こんな時間の訪問者と、漏れてきた声に手をとめてしまった。


「やっと顔出したね。全く……使いを片っ端から消してくれるから、人手不足になるところだったよ」

「足りないのなら、民衆から徴収すれば良いでしょう? 人員だって喜んで差し出す」

「―― ……そういう冗談は面白くない」


 確かに面白くないが、エミルにしては珍しく不機嫌声だ。エミルでもあんな風に話す相手がいるのだと思うとちょっと不思議だ。

 私はノックしようと挙げた手を、ほんの少しの好奇心によって静かに下げた。


「別に冗談のつもりはありませんけどね。それより、本題をどうぞ。私は忙しいのです」

「マシロのこと以上に重大なことなんてないよね? それをどうして放っておくの?」


 自分の名前が出たことにも驚き、不遜な態度で答えていた相手が僅かに息をつめたのが分かった。


「貴方方に任せているだけです。それとももうお手上げなのですか? 私に助けをこいねがうのですか」


 はー……とエミルの深い溜息が聞こえる。

 あんな風にエミルが息を吐くことも珍しい。「あのねぇ……」と、どこか呆れたように続けようとしたエミルの声に被さるように相手は続けた。


「貴方の望みでしょう?」

「え?」

「マシロが最初に出会ったのが、もし、自分であったなら。その隣で手を取ったのが自分であったならと、そう願っていたはずです」

「―― ……っ」


 ―― ……どくんっ


 私の心臓は強く脈打った。

 エミルが願っていた。だとしたら、実際は違っていたということだ、違っていたのならそのときの私は、誰に出会い、誰の手を取っていたのだろう? 胸がキリキリと痛み苦しくなる。誰とも知れない相手の言葉に、エミルと同じように私も酷く動揺する。


 どういう意味か分からない。

 分からないけれど、エミルにとってそれは突かれたくないところだったのだろう。エミルが、声を殺し逡巡しているのだろうことが伝わる。

 よく分からないけど、助けが必要かもしれない。

 私は、思い切ってドアノブを握り直した。

 ぐっと力を入れたところで、話はまだ続いていて……私はその扉を押し開くことが出来なかった。


「それに、今、マシロは私を近寄らせないでしょう」


 相手のその台詞に、エミルは一拍おいてから「なぜ?」と問い返し続けた。


「記憶がないというだけでマシロは、マシロのままだよ。彼女がそうあること以上に大切なことがあるの? 意味もなく、誰かを寄せ付けないということはないと思うけれど……」


 何となく雰囲気で相手が笑ったのが伝わった。


「無理ですよ……マシロは私を受け入れられない。まっさらなところに私は一番最悪な記憶を刻んでしまった、マシロは私を知らない……知っていることといえば、私が、唯の人殺しだということだけ……」


 ―― ……ガタッ


 思わずドアノブに掛けたままになっていた手が震えて大きな音を立てた。

 私は、立ち聞きしてしまっていたのがバレた申し訳なさよりも、相手が口にした台詞の方が衝撃的で……足音が扉の前まで来ていることに気がつかなかった。


 閉じたままの扉が静かに開き私はよろめき出た。


「大丈夫?」


 と、私を支えてくれたのはもちろんエミルだ。

 エミル越しに、部屋の中央に立っていた人物が視界に入る。


 ―― ……ずきっ


 どくんっとまた大きく心臓が脈打ち、視界が揺らぐと酷い頭痛がぶり返してきた。どんどん息が苦しくなってくる。まるで誰かにぎりぎりと首を絞められているようだ。


「っ、あ……ぁ……」

「ちょ、マシロ?! 大丈夫?」


 ずるずると膝から崩れ、エミルは寄りかかる私を慌てて支えてくれる。

 視界の隅で、黒い靴先がこちらに一歩踏み出したあと、きゅっと後ろに引き、そのまま消えてしまったような気がする。


 ふざけた、猫耳に……尻尾……一度見たら絶対に忘れないだろう立ち姿だ。私はその姿に殺されかけた。首を、絞められ、て……。

 頭の中で、月を背にしたその姿が明滅する。

 その余りにも現実離れした、優麗な姿に息を呑み、恐怖する。


「ふ、うっ……っは」


 ―― ……息が、出来ない……息が……。


 苦しい。助けて、殺される。コロ、サ、レ、ル…… ――


「誰か! シゼを呼んできて!」


 私の視界は何も捉えず、白と黒に目まぐるしく点滅する。

 エミルの慌てた声を最後に、私は意識が途切れた。


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