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第三十二話:刷込みとか吊り橋効果とか

「エミルはまだ部屋に戻らないのかな?」

「そう、ですね……まだお戻りにはなっておりませんが。もう遅い時間ですし、もしかしたら、あそこかもしれませんわ」


 そういって微笑んだシシィに頼み込んで、思い当たるところへ案内してもらった。

 相変わらずの雨模様だというのに、エミルは庭園のポーチで過ごすことがあるらしい。大抵の場合、一人で居て誰も寄せ付けないらしいから少し躊躇したけど、駄目そうなら帰れば良いだけだ。


 私は廊下から脇に逸れて目的のポーチまでは、小さな石の敷き詰められた道を傘さして歩いた。傘に当たる雨音が心地良く感じる程度には緩くなっていて良かった。

 途中で振り返れば、心配そうに見守ってくれていたシシィが、ぺこりと頭を下げて来た道を帰っていくのが見えた。


「エミル?」


 屋根のあるところまで来て、私は外に向かって傘を閉じ、ぱんっと軽く払って柱に立て掛けてから声を掛ける。


「―― ……あれ? マシロ……どうしてここに?」


 私が来るのはかなり意外だと思ったのか、ほんの少しだけ目を丸くして驚いた様子だったエミルは直ぐに私に隣を勧めてくれた。

 私は素直にそこに腰掛けてから質問に答える。


「シシィが、多分エミルはここだろうって連れてきてもらったの」

「そんなに遅くなってた?」

「うん、結構遅いよ」


 全く気がつかなかった風なエミルに笑みを零して頷いた。そして、私は持ってきていたブランケットをエミルの肩に掛けた。


「こんなところでじっとしてたら体が冷えちゃうよ」

「―― ……ありがとう」


 掛かったブランケットを手繰り寄せて、ふわりと微笑むエミルはとても綺麗だ。でも少しだけ哀しそうに見えるのは私の気のせいかな?


「エミル……大丈夫? 何か哀しいことあった? あ、えっと、私じゃ詳しいこと分からないし、あんまり役に立たないけど、えーっと……誰でも良いから話をするだけでも、その……」


 いいながら、エミルの立場上、心うちを明かせる人間が少ないことくらい一般人の私にだって分かる。自分が口にしたことの浅はかさに気がついて、私は最後まで口にすることは出来ず口を閉ざした。

 エミルはそんな私に気がついたのか「ありがとう」と口元を緩めて笑みを作ったあと、直ぐに瞳を憂いに翳らせた。


「うん……そうだね。故人を偲んでいたんだ」


 ―― ……あ


 そうか、今夜が最後なんだ。明日からは普通の、いや、エミルにとってはそれ以上に忙しくめまぐるしい日がやってくる。だから今夜くらい心静かに過ごしたって……。


「ごめん、私気が利かなくて……えっと、部屋に戻っておいた方が」

「妹を……妹を亡くしたんだ」


 立ち上がりかけた私の足にそっとエミルの手が置かれる。そこにいてというように添えられた手に私はもう一度腰を落ち着けた。


「異母妹だったんだけど、小さい頃、良く遊んだんだ」

「……うん」

「僕は少し普通じゃないんだ……その子には双子の姉が居て、いわれたよ。決まっていたことだと……悲しまなくて良いと……でも、僕は生きていて欲しかった。生きていて欲しくて、ただその我侭で、マシロにも無理を掛けていた。無理を掛けて……普通には手に入らない薬を作らせ続けて、でも結局、駄目だった」


 私の膝に載せられた手が、きゅっと拳を作る。隣を見上げてもエミルはこちらを見ては居ない。しとしとと降る雨をじっと見ている。苦悶の表情を浮かべて。


「思い入れのある人を亡くして、悲しむのは当然だと私は思うけど……」


 臣兄や、郁斗が……そう思うだけで、心が鉛になったようにずっしりと重くなる。思うだけで本当ではない。事実ではないのにそれだけ胸が痛むのだから、現実に起こっているエミルはもっとずっと苦しくて当たり前だ。

 それなのに、エミルは苦しそうに首を振る。


「ここでは違うんだよ。ここでは違う。尊ばれるのは“種”だ。個人の命なんて種の入る器でしかない。器が壊れたからって悲しみを抱いたり、その思いに縛られるのは普通じゃなくて……僕だって、選択をした。僕が決めたんだ……それなのに、まだ迷ってる。これで良かったのかって……」


 記憶のない私にはこの世界のことが良く分からない。エミルのいう種というのも理解して上げられない。


「駄目だな」


 はぁ、と深く長い溜息を零してそう締め括ったエミルは、壁に背を預けてぐんっと空を仰ぐ。顔に当たる雨に瞳を細めて深呼吸。頭を冷やしているのだろうとは思うけれど、あまりお勧めできるような方法だとは思えない。


 エミル、と声を掛けて袖を引けば、直ぐに頭を起こしてくれた。


「国を背負うかもしれない人間が思うことじゃない」


 雨に濡れた髪をかき上げながら、そういって苦笑する。

 直感的にエミルが泣いていたのだと感じた。


 ―― ……エミル様は今とても傷付いている……。


 シゼの言葉を思い出した。こんな当たり前の理由で苦しんでいるのに、シゼは自分も含めみんなこの痛みが分からないといっていた。


 どうして? どうして、分からないんだろう?


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