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第三十一話:不味い! もう一杯!

「おや、エミル王子」

「約束も取り付けず、ここまで入城されるというのは、些か礼儀を弁えぬ愚行だと思いますが」

「王城は今かなり手薄ですねぇ、まるで喪に服しているあのときと同じようです」

「―― ……ことは時が来れば公になります。今、外野が事態を憶測することは必要なことを見誤りますよ」


 二人とも笑顔だ。

 今日の天気の話をしているように、なんでもないことのように、口にしているのに、なんだろう、この寒々しい感じ。私はハクアを後ろに隠し、カナイの影に隠れた。

 カナイは「俺を盾にするな」とぼやいて苦笑したが、そのまま私の前に立ってくれた。


「それはそうと、王子。私は万が一の確立だったとしても王宮に召抱えられたのかと思いましたよ。いくら貴方がご執心だったとしても段取りも踏まずに」

「ねぇ、帰るんじゃないの? それ以上無駄口叩くようなら切り刻むよ。棟の前の馬車が邪魔なんですけど。慈悲をかけられて生きてるんだ、もっと上手に立ち回りなよ」


 ―― ……っ


 刹那、窓を撃つ雨の音が激しくなったような気がする。

 傍にいたハクアが絨毯の床に爪を立て、私はカナイの腕を思わず掴んだ。廊下の淡い明かりを受けキラリと光る。鋼の細い切っ先がレニさんの喉下に突きつけられる。


「アルファ。剣を納めて。マシロの部屋の前だ」


 エミルの言葉に剣を構えているのがアルファだと再確認する。

 その制止にアルファは無言で、ひゅっと空を切り剣を鞘へと納める。普段のキラキラした天使のような表情はなりをひそめ、今はレニさんに対してか、何に対してなのか……嫌悪を露わにしている。


 眇められた瞳はレニさんを暫らく睨んだあと、ふいっと逸らし塞いでいた退路をあけた。

 レニさんは、さっきまで抜き身の剣を向けられていたにも拘らず、感情の読めない涼しい表情のまま「長居して失礼しました」と口にしてハクアに声を掛けると、その場をあとにした。


 その後ろを、アルファはきっちりと着いていってしまった。


「あれ、大丈夫なの?」

「うん、ちょっとご機嫌斜めなだけだから……」


 どこまで斜めになればあれほど、雰囲気を変えられるのだろう。


 そのあとアルファは不機嫌全開なまま戻ってきて、私から離れなかった。別に良いんだけど、言葉通りべったりさんだった。


 無言で……。


 私は新手の拷問かと思うような時間を過ごすことになった。



 ***



 数日何事もなく私は王宮内で過ごした。暇かといわれれば確かにかなり暇だ。


 三日ほど前まではカナイが毎朝足しげく私のところに通ってくれて、私の病気? の進行具合を確かめてくれていた。

 でも、その原因が分かり、それ以上の変化が現れないようにすることに成功したあとはぷっつりと来なくなった。


 身の回りのことは全てメイドさんがやってくれる――私つきの侍女は三人(シシィにララ、リズ)も居て、放っておけば顔を洗うことすら手伝ってもらえそうな勢いで世話を焼いてくれる――お嬢様やお姫様に憧れる気持ちがないわけではなかったけど、それを実際に体験すると、正直一般市民で良かったと思う。


「マシロさん、今日の分の薬を持ってきました」


 相変わらず外は雨続きで外出も間々ならず、私はぼんやりと外を眺めているとシゼが部屋に入ってきていた。もちろんノックをしてリズに扉を開けてもらったのだと思うけど、私の耳には全く届いていなかった。


「ありがとう」


 私はシゼが届けてくれた、どくだみ茶をものすごーく濃く入れたような、微妙にとろみのある液体が入ったコップを受け取る。ありがたいのか、ありがたくないのか人肌の温度で飲みづらいことこの上ない。


「飲んでください」


 明らかに渋っている私に、シゼは冷酷にもあっさり告げる。


「これ味の改良とか出来ないの?」

「そんなことに時間を費やして良いのでしたら検討します」


 ―― ……ごめんなさい。


 きっぱりとそういいきられて私は大きく一つ深呼吸して、コップの中身を一息に呷る。なんとか上がってきそうなのを堪えて飲み下せば「不味い」以外の感想はない。もう一杯なんていったことないのに毎日届く。


 そう、カナイが来なくなった原因はこれだ。


 私の中で記憶を閉じ込めてしまっているのは、今はこの世界に存在しないといわれている古代種の植物だろうといのがカナイとシゼが弾き出した見解だった。

 ただ、ある一定の記憶・期間のみ封じている辺り呪い染みているから、何かしら変質を遂げたものを体内に植えつけられていると考えられ、下手に手を出せないで居るのが正直なところでもある。


 それに……少しの実験に付き合っただけでも、私は目を回すような痛みを覚えてしまって……これ以上の侵食を防ぐことだけが今現在出来ていることなのだ。


「分かりました。もう少し改良の余地がないか、カナイさんが図書館に詰めている間に考えます」


 涙目になってしまっている私に同情的な気持ちになったのか、そういってくれたシゼにお願いします。と、重ねた。


「カナイ、いつ戻るかな?」

「明日には一度戻りますよ。明日は式典ですから雨だろうとなんだろうと、皆さん揃います」


 カナイは先のシゼの言葉どおり、図書館に詰めている。

 王室所蔵の資料だけでは足りないと、世界の全てが標されているといわれる図書館に調べ物をしに出たっきりなのだ。


 ちゃんと寝てるのかとか、食べてるのかとか、心配したらアルファに「本の虫なので、あれは一種の病気です」といわれた。

 ようするに好きらしい。

 調べることがなくなったら、カナイはいっきに老け込み隠居するだろうからあれで良いのだそうだ。


「式典って?」

「現国王が退位表明を行います……以前お話しませんでしたか?」


 小首を傾げて訪ね返され私は直ぐに思い至る。


「……もう、あれから一週間も経ったんだね」

「ええ。これからまた暫らく忙しくなります。……ああ、僕は変わりませんけどね」


 つまりエミルがといいたいのだろう。

 喪に服しているこの期間、みんな静かに過ごしているという話なのに、エミルは毎日忙しそうだ。それなのに、私の相手も欠かさずしてくれる。――噂のラウさんの特別授業にも参加させてもらった。掴みどころのない人だ――嬉しいけれどほんの少しだけやっぱり申し訳ない。


 何か役に立つことはないかとシシィたちにも聞いてみたら、そのままで良いといわれてしまった。ようするに役立たずは大人しくしていろということだろう。


 物凄く凹んだ。


 シゼを見送ったあと、ぼんやりと時間を持て余す。私が動けば誰かしら一緒に動かないといけないようになっているみたいなので、私は極力良い子にしていた。

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