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第三十話:犬じゃないよ狼です

 カナイの言葉どおり翌朝も雨だった。

 朝食は特別に、なんだと思うけど私の知った面々で揃って私の部屋で取ってくれた。でもその中にアルファの姿はなくて、少し寂しい。エミルは「朝稽古があるから抜けられないんだ」といってくれていたけれど、本当のところは雨が原因かもしれない。それを証明するように、昼食の席でもアルファの姿は見なかった。

 そして、今日も対外的な用事がないのだろうカナイが、私の部屋に残って本と睨めっこ中だ。


「何か分かった?」


 あまりに退屈なのでカナイの手元を覗き込むと、あー、とか、うーん、とか生返事ばかり返ってくる。人の話なんてさっぱり聞いていないようだ。私は眉を寄せて「カナイのデベソー」「うん」「カナイの地味男」「ああ」「カナイのむっつりー」「そうだな」という不毛な会話を楽しんだ。


 ―― ……いや、全然楽しくないっ!


「カナイー、かっこいー、すてきー、だいすきー」

「あー、そう……は?」


 やっと顔を上げた。私が眉を寄せるのとほぼ同時に


「お、お邪魔して申し訳ありませんっ!」


 と慌てて謝罪するメイドさんの姿が目に入った。

 今の棒読みのどの辺りを、どう勘違いしたのか分からないけれど、顔を真っ赤にして可愛いメイドさんだ。カナイは背後に居た私をしっしと手で追い払って立ち上がると「どうしたんだ?」とメイドさんに歩み寄った。

 傍で足を止めたカナイに、メイドさんは小さな声で何かを告げる。正直気分の良い雰囲気ではないけれど、私はお客さんだ。聞かなくて良い話の方がここには多いのだろう。


「はぁ?! あいつら、この雨の中わざわざ来たのかっ」

「はい、どうしてもマシロ様と面会をと申されまして……」


 折角小声で話していたらしいのにカナイがぶち壊した。


「そうなんですよ、お邪魔しても宜しいですか?」


 僅かに開いていた扉から、にゅっと手が生えてきて、観音開きの扉が一枚開け放たれた。それと同時に白い大きな塊が突進してき……


「うわぁ!!」

『主っ!』


 篤い抱擁を受けた。

 巨大な犬だ。


 私は勢いに尻餅をついたらワンコはその足の間から抱きついてきて覆い被さる。片方の腕で何とか身体を持ちこたえるが、流石にキツイ。


 そして、冷たい。

 雨に濡れてますよっ!


「ハクア、駄目ですよ。マシロさんが潰れます」


 その一言にぐいぐい押してきていた力が少し緩んだ。私がほっとしたのも束の間、目の前のワンコは、ふっと人の形を取った。そして視界はいっきに真っ暗になり今度はぎゅうぎゅう抱き締められる。


「主っ! 大事無いか。大病を患っていると聞いた!!」

「ぎゃあっ!」


 事態は悪化した。




 ―― ……そして


 とっても冷静な訪問客が、犬人間を私から引き離してくれた。カナイは用件を伝えに来たメイドさんに部屋の片付けを頼み、山と詰まれた本を移動させたあとだった。手際が宜しいようで……。


「―― ……で、長期療養とありましたが、一見したところご健勝そうに見えるのですが?」


 優雅にティーカップを傾けている人は、マリル教会というところの司祭様で、レニさんというらしい。そして、私の膝の上に顎を乗せて懐きまくっている犬は、ハクアといい白銀狼という種類の狼だそうだ――カナイにこそりと教えて貰った――


「ああ、元気だ」

「ではなぜあのような連絡を……」


 やわやわと膝の上のハクアの頭部を撫でていた私が視線を感じて顔を上げると向かい側に居たレニさんに、にっこりと微笑まれた。ぽぅっと頬が熱持ってしまい私は慌てて顔を伏せた。


「あれは同じように蒼月教団のレムミラス氏のところにも送ったんです。全てに中立であると誓約を立てたものが、この王宮にのみ滞在しているとあれば、特に蒼月教徒は面白くないでしょうから」


 王子にすらタメ口のカナイが敬語を使ってる。若干上からっぽいけど。驚いている私を他所にカナイは話を続ける。


「病気は病気。療養中も間違いではないです。虚言は述べていません。ただ、少しばかり特殊な症状で……」


 どこまで説明したものかとカナイは口篭ったのだろう。それを察したようにレニさんが頷き口を開く。


「なるほど、その辺りは察しましょう。記憶障害が出ているようですし」


 レニさんの台詞に私は再び顔を上げた。私の目はどうして分かったのか? と、無言で問い掛けていたのだと思う。カナイが短く嘆息し、あ~ぁ。と小さく漏らしたのが聞こえた。


「普段のマシロさんは、ハクアの受け流しももう少し上手くやるようになっていましたし、私にもそれほど余所余所しくはないでしょう? そんなに縁遠い間柄ではないはずですよ」


 ね? とにっこり同意を求められても、私には分からない。分からないからカナイに助けを求めるように顔を向けると、カナイは小さく肩を竦めてレニさんに説明を始めてくれる。


「あまり公にはしないで貰いたい。仰るとおり、マシロは記憶を失ってます。一部、なのですけど……今現在、全てにおいて調査中なんです。一番はマシロの記憶を取り戻すことを前提に」

「なるほど、また何かに巻き込まれてしまっている、と、お考えなんですね。マシロさんはそういうの得意ですからね」


 おっと、私がいうべきことではないですね。失言でした。と、楽しそうにころころと笑うレニさんに対しカナイは苦虫を噛み潰したような顔をして「ほんとにな」と小声で漏らした。


『では主は私のことも覚えていないのだな』


 くーんっと鼻を鳴らしつつ、そう口にしたハクアに申し訳ない気持ちになる。


「ごめんね……。カナイとシゼが尽力してくれるから、きっとそのうち戻るよ」

『ああ、身体に無理が掛からなければそれで構わない』


 私がハクアと話をしている間に、カナイとレニさんは話を進めていた。


「昨日今日の記憶がない、というわけではないようですね。もしかして、こちらに来てから……ですか?」

「―― ……ああ」


 レニさんの問いにカナイが頷けばレニさんは、なるほど。と、締め括って「ハクア、長居は身体に障ります。お暇しましょう」と立ち上がった。ハクアが名残惜しげに立ち上がると、伏せていた金銀妖瞳が真っ直ぐに見上げて寂しそうに尻尾を垂れる。


「ごめんね」


 いい表しようのない罪悪感に襲われる。彼らの知っている私は、今の私じゃない。私ではその代わりは勤まらない……それがとてももどかしい。

 暇を告げる二人を扉まで送り、そこでハクアは私の気持ちを察してか、丁度お腹辺りに来る頭を擦り付けて『主であることに変わりはない』と告げた。


『主が気に病むことはない。私は忘れないし、これからも良好な関係を築けると思う。気に病むな』

「ありがとう」


 そう答えれば、レニさんも重ねてくれる。


「マリル教会はいつでも貴方を歓迎します。安心して私の元をお尋ねください」


 そして私の手を取ると指先に軽く口づける。


「っあ、ありが、とう……ございます」


 赤くなる顔を抑えることも出来ずに、もごもごとお礼を告げた私に、レニさんはにっこりと微笑んで「いいえ」と口にする。


「ご心配しなくとも、マシロの件はこちらで解決します」


 ほんの少しけんを含んだ声が聞こえてきた。

 声の主はエミルだ。

 少し慌てて駆けつけてくれたらしい、僅かに頬を上気させている。


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