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第二十九話:異世界で幻想童話

「それで、さっきの本読んだのか?」


 顔を上げて乱された髪の毛を手櫛で整えつつ見ると、カナイはその辺りに広げていた紙を一枚、分厚い本の間に挟んで閉じる。休憩するという意思表示だろう。


「うん、読んだ」

「白月の姫 イコール 白い月の少女 イコール 異世界人、つまりお前だ。民間人には知らない奴が多いと思うし、それでお前の平穏は保たれていたんだけどな、王宮の連中は大抵知っている。お前がこの世界とは別なところから来ているということ……本当にそう思っているかどうかは別としても、そうだとしたほうがここの連中には都合が良いんだ」


 いいつつ少しだけ机の上に場所を取ったカナイは、部屋の隅にあったワゴンを引っ張ってきてお茶の準備を始めた。控えてくれていたメイドさんを気が散る、の一言で追い払ってしまっていたので仕方ない結果だ。


 慣れた手つきでお茶を用意しているカナイの手元を見ながら私は話を続ける。


「じゃあさ。同じように青い月の少年も居るの?」


 問い掛けにカナイは僅かな沈黙のあと短く答える。


「―― ……ああ」

「ふーん。私と同じところから落ちてきたの?」


 私の重ねた質問にカナイは首を振った。


「この世界の人間だ。青い月の少年は、力の象徴として蒼月教団という青い月を崇める宗教団体の生き神として祀り上げられている。あっちが会いたいと思わない限り、会うことは叶わないだろうな」

「カナイは会ったことあるの?」

「ああ。まーな」


 歯切れの悪い台詞で締め括りカナイは私の前にもお茶を出してくれた。その様子はあんにこれ以上は聞くなといわれているようで、私は話題を変えた。


「アルファは何してるの?」

「さぁ」

「エミルは?」

「会議だ」

「着いてなくて良いの?」


 そう長い時間一緒にいなくてもエミルがカナイとアルファを特別に信頼しているのは良く分かる。その人たちをどちらもつけることなくというのは不安ではないのだろうか?


「まあ、普段なら着いてるけど、今最優先事項はお前だからな。お前を一人にしておくよりは、王宮内に明るい自分が一人の方がマシなんだろう? 多分、アルファの部下が着いてるはずだ。招集が掛かれば直ぐ俺も向うけどな?」


 それは、私がその白い月の少女とやらだからだよね? 追求するかどうか迷って、私は気恥ずかしくてやめた。


「雨季ってどのくらい続くの? これからずっと雨?」


 カナイが入れてくれたお茶を両手で包み込んで呟くと、カナイは、ふっと真っ暗な外に大粒な水の音がだけが響くのを見つめた。


「そうだな。暫らくは雨の方が多いだろう。ここは雨の少ないところだからこの時期さえ乗り越えればあとは、ほぼ良い天気に恵まれる。二週間……長くても三週間くらいだよ」


 雨嫌いなのか? と重ねられて私もカナイと同じほうを見る。


「―― ……別に」


 特に天気に思い入れはない。晴れていれば洗濯物が良く乾くし、散歩しても靴が汚れないから良いなと思うくらいだ。雨が降っていてもこの雨だれの音を聞くのは悪くないし、たまには濡れて歩くのだって別に良い。


「この天気はアルファの機嫌を激悪にさせる。暫らく顔を見せなくても気にしなくて良い。それがあいつなりの気の遣いかただから」

「よーするに今日はもう顔出さないと?」

「そうだな」


 それ以上の追求は私に必要ないという雰囲気を悟って私はそれ以上の言及は控えた。


「私の記憶、戻せそう?」


 机の上に山と詰まれた本を叩きながらそういった私に釣られるように、カナイは本を睨みつけて、溜息一つ。


「―― ……鋭意努力します」





 約束どおりエミルは遅くに来てくれたけど、ほんの少し疲れが顔に出ていた。それを指摘すれば、やんわりと微笑んで平気だと答えてくれる。入れ違うようにカナイはシゼのところへ行くと部屋を出て行ってしまった。


 雨脚は益々酷くなり正にバケツを引っくり返した、なんて陳腐な表現をしたくなるくらいの土砂降り。


 そんな窓の外を眺めつつ、今日はどうだった? と私の話を聞いてくれる。

 でも、私が話すことなんて特に変わったことはない、ということくらいだ。だって、これまでの経験がゼロなのだから、それらと関連付けて話をすることが出来ないし、それまでの私がどうだったのか分からない。


 今日一日の話なんて、そんなにだらだら話せるようなことはない。


「ごめん、好みが分からないんだけど、お砂糖要る?」


 お疲れっぽいから少し甘いものを考えたのは良いが、シゼのところから持たされたお菓子を一緒に出してあげようかと思って用意していたら行き詰った。

 私の問い掛けにエミルは、ああ、と歩み寄ってくると「なしで良いよ」と紅茶の入ったカップを取り、お皿にあけていたクッキーを摘んだ。


 そして、ぱきんっと半分口に割りいれ物凄く普通に「はい、あーん」といわれて反射的に口を開けてしまった。


「ふふ。マシロは可愛いね。美味しい?」

「う……美味しい、です」


 私は自然と赤くなる頬を隠すように口元から顔を覆って、クッキーを噛み締めた。こんなことされたら味なんて正直よく分からない。


 エミルはそんな私を楽しそうに眺めながらお茶を飲んで、丁寧にご馳走様、といってカップを置くと一息吐く。そして、遅疑逡巡していたようだけど、ふと顔を上げると私と目が合う。


「ごめん、やっぱりちょっと……マシロに楽しい話をしてあげられそうにないから、今夜は部屋に戻るね……夜遅くに来ておきながら……」


 本当、ごめん。と続けたエミルに、私は首を振る。やっぱり、平気なんかじゃなかったんだ。今日は葬儀だっていってたし、朝方のあの妙なテンションの高さもきっと過ぎてしまうと持たないのだろう。上に立たなくちゃいけない人は、気丈で居なくてはいけないのだろうから、本当……大変だと思う。


 何も必要ないから、傍に居てあげて欲しい……そういったシゼの言葉が脳裏に過ぎり、私は「また明日」と別れを告げなくてはいけないところで


「あの、エミル」

「うん?」

「もし、まだ眠らないなら、ここに居ても良いよ? あ、別に、何も話さなくても良いから……ほら、一人でいると良いこと考えないというか、どんよりするというか、そのほら。こんな天気だし」


 思わず必死に引き止めてしまった。


 私、何やってるんだろう。

 恥ずかしい。


 もしかしたら耳まで赤くなっているかもしれない。私は、慌てて「ごめん!」と謝罪して、残っていた紅茶を呷ってワゴンの上に載せた。


「ありがとう……でも、あまり遅くまで僕がここにいるということは、邪推するものが出てくると思うから、今夜は部屋に戻るよ」


 余りに恥ずかしくなって顔を上げられない私の髪をそっと撫でてそういってくれたエミルは、きっと絵本の中の王子様のように優しい笑みを浮かべているのだろう。それに……邪推って……エミルの言葉の意味を察して、私は益々身体を縮めた。


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