第二話:店では閑古鳥を飼っている
「―― ……それにしても、マシロ……」
「うん?」
「えーっと、お店の経営状態ってどうなの?」
確かに頻繁にここに遊びに来ているのに、お客さんに出会うことが殆ど皆無だったら……心配にもなるよね? 私は苦笑しつつ大丈夫だよ。と、頷いた。
「お客さんは少ないかもだけど、昔の好でテラとテトからギルドに来たレアな薬関係の依頼も回してもらってるし、高値取引されるような薬も作ってるからそんなに経営状態は悪くないんだよ?」
「え、でも、そうなると材料入手はどうするの?」
「それはもちろん、ブラックが何かのついでに取ってきてくれるんだよ。私が自分で行くっていっても行かせてもらえないし……業者から入手すると売り上げに影響するでしょう?」
にこにこと説明した私に、エミルはなるほど、と笑って頷いてくれた。本当は駄目なんだけど、ね? 採取が制限されているものもあるし、国の管理下に在るようなものだってあるから正規のルートで生成する義務があるのだけど……うん、まぁ、ブラックに限り、治外法権?
「そういえば、マシロ知ってた?」
こくんっと、紅茶を喉の奥に流し込んでからエミルは一息吐くと話を変えた。私は何? と首を傾げつつ話の続きを促す。
「シゼの話だけど、そろそろ卒業らしいよ」
「えっ?! そうなのっ! 全然聞いてないよ……時々顔覗かせてるのに水臭いなー」
ぶすっとそう零した私にエミルはくすくすと笑顔を零すと、シゼらしいねと付け加える。
「きっと照れ臭いんだよ。卒業してから、しなっと『知らなかったんですか?』とかいいたいのかも……、あ……僕が漏洩させちゃったね?」
悪戯っ子っぽくそういって笑ったエミルに、ホントだと笑い返す。エミルってこんなに親しみやすいのに王子様なんだよね。巷では今一番王位に近いとまで噂されているのに、全くそんな風に見えないというか、良い意味で偉そうぶらないからだと思うけど。そこも民衆から愛されるところだ。
それと対になるように第一王子はハスミ様は威厳と風格に満ちた英雄然とした方だ。私はちらりとしかその姿を拝見したことはないけれど、噂は聞くしブラックも同じようなことをいっていた。
まぁ、ブラックは極論しかいわないから
『第一王子を消してその種を飲ませたらエミルが確実に王位に就きますけど、どうします?』
とか聞いてくる。どうしますって、私に聞いてどうするんだろう。私はそのときのことを思い出すとほんの少し苦い思いが込み上げてくる。
それから暫らくのんびりと過ごしていると、ちょっと静かだなと思えばエミルは転寝をしていた。
王子様はお疲れだ。
王位継承順位がここ一、二年で急に上がってしまったせいもあり、帝王学など多くのことを叩き込まれている最中なのだ。
私はカウンターの裏に掛けておいたブランケットを片手に、そーっと傍に寄りそっと肩に掛けてティーカップを下げる。きっと王城に戻ればまた何かしらの業務があるのだろうから、ここに居る間くらいゆっくりさせてあげたい。
そう思っていたのにその静寂は長くは続かなかった。
―― ……カランカラン
「エミルがさぼってないか?」
何の気負いもなくドアを普通に開けて入ってきた背の高い男は、天才魔術師と誉れ高い(らしい)術師で、カナイ。エミルの護衛兼傍仕えだ。私は慌てて人差し指を口元に当て「しーっ!」と口にして窓際にちらりと視線を送る。カナイはその仕草に釣られて窓のほうを見ると納得したのか足音が出ないように私の傍まで歩み寄ってきた。
「つか、居眠りしてる場合じゃないんだけどな」
「……そんなに急ぎなの?」
「急ぎというか、なんというか……まぁ、本人にやらせないといけない仕事……で、いつから寝てるんだ?」
「さっきだよ」
私の重ねた答えにカナイは嘆息し、じゃあ、もう少しだけと声を掛けるのを止めてくれた。王家云々よりカナイはエミル個人が好きなので、なんだかんだいいつつも甘い。
私はその甘さに微笑んで「お茶でも淹れてあげる」と再び奥に入った。それにしても、店主の私がいうのもなんだけど本当に客の来ない店だ。
同じことを思ったのか、お茶を用意して戻った私に相変わらず人気がないなとカナイは皮肉る。
「薬屋は繁盛しないほうが良いでしょ。みんな元気で何よりよ」
負けじと答えた私にカナイはなるほどなと苦笑する。
「それで、そのカナイの手のものは何?」
聞いたのは私じゃない。私じゃないということは当然
「エミル……寝てたんじゃないのか?」
「寝てたけど、話し声が聞こえたから……」
んーっと背伸びをして肩から落ちたブランケットを拾い上げ畳みながら、もしかして仕事? と続けたエミルにカナイは頷いた。
「ここでやらせてもらえよ」
上良いだろ? とカナイに続けられて私は別に拒否する理由もないから良いよと答える。ありがとう、と歩み寄ってきたエミルがブランケットを差し出してくれたのを受け取る。エミルはちらりと見て内容が分かったのか、エミルにしては珍しくうんざりというような表情を作った。
「難しい仕事なの?」
最初においてあったときと同じようにカウンターの裏にブランケットを掛けて問い掛けるとカナイが大したことじゃないと答えた。
「もう、誰でも良いよ。適当に返事をしておけば良いじゃないか」
「それで良いわけないだろ? あのなー、お前は今王位継承順い……」
「分かってるよ。分かってる。ほら、貸してっ!」
エミルにしては本当に珍しく、語気を荒げてカナイから書類らしき束を奪い取る。そして、私にはにっこり微笑んで「二階借りるね」と店の奥へと消えていった。
私はその後姿が見えなくなってからカナイにどうしたの? と振るとカナイは、はー、と重たい溜息を吐いて冷えてしまったお茶をぐいっと呷る。そしてかちゃんっとソーサーにカップを戻すと「お前のせいだぞ」と悪態を吐く。
私が一体何をしたというんだろう? 極力王宮とは関わらないようにしてきているし今だって特に用事がない限り王城に上がったりしない。首を傾げる私にカナイは溜息を重ね。カップを持ってさっきまでエミルが転寝していたところへどかっと座る。
「王子様はお年頃なの。第二ターリんとこの王子ほど盛んにならなくても良いけどさ、一人や二人抱ええてもらわないと色々と拙いんだよ……陛下も、そろそろ退位とか考えちゃってるって噂も城内では出てるしな……」
カナイが深く溜息を吐く。それを私のせいにされてもどうかと思うのだけど。
「まあ、城内では王子は白月の姫に心を奪われてるって専らの噂だから、良いけどな……でも、だから余計に他もご決断をってさ……いう奴とかが多いんだ」
「じゃあ、さっきの束って」
「エミルの嫁さん候補」
ああ……だからあんな風だったのか。私は妙に得心した。アセア――エミルの異母兄妹。本人の意図と関係なく血を繋がされた。病弱で今は床に伏せりきり――のことがあるし、エミルはそういうのを形式的に決めるのに物凄く抵抗が在るのだと思う。
それを周りが押し立てるのはちょっと可哀想だ。
少し様子を見てきてあげようとカナイに店番を頼むと「どうせ誰も来ないだろ」と意地悪をいい、それでも「任せる」と続けてしっし、と、私に手を振ったのでカナイなりにエミルのことを心配しているのだろうと思った。