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第二十五話:私の現実

「―― ……そう……ラウと何かあったか……もしくはそのあと何か」

「すみません。僕が離れてしまったので」

「ううん。仕方がないし、それにもし誰かが仕組んでいたならそれとは関係なく、きっとこうなったはずだよ……そっちは、僕があとで問質すから良いとして……それで、ブラックは?」

「見付からなかったです。というか、ブラックは自分から出てくる気がないと見つけるなんて無理です」

「はは、確かに」


 はぁ、仕方ないな……と溜息が聞こえて、そっと優しく誰かの手が額に触れ前髪をくるくると弄ぶ。


「それよりアルファは着替えてこいよ。外ならまだしも中に入ったら返り血目立つ」

「え……このくらい大した事……あ、ああ……そうですね。着替えてきます」


 なんだか物騒な会話が聞こえるような気がする。

 ああ、身体が重い……じわじわと、体の感覚が蘇ってきて、現実味を帯びてくる。

 

 ―― ……夢……覚めたんじゃなかったんだ。


「マシロ……目、覚めた? 大丈夫? どこか辛くない?」


 ぼんやりと視界に入った人影は、シゼさんではなかった。

 数回の瞬きでやっと視界がハッキリしてきて、室内灯に映える空と同じ色の髪に、濃い翡翠色の瞳……綺麗な指先が私の額から頬を滑り降り離れていくのを少しだけ名残惜しく感じる。


「誰?」

「エミリオだよ。エミル」

「えみ、る……さん?」


 私は気だるさを覚えながらも、何とか身体を起こそうと腕をついた。それを助けてくれながらエミルさんは「そうだよ」と微笑む。どこか優雅さの漂う人だ。


「頭もう痛まない? 気持ち悪いのも治ったかな?」


 傍に立っていたシゼさんから水の入ったグラスを受け取って、エミルさんが私の両手に握らせてくれる。私はそれに一口、口を付けた。冷たくて気持ち良い。水が流れ落ちる気道がひんやりとする。


「美味しい……」


 そう、良かった。と、微笑んだエミルさんに私も緩く笑みを返した。


「ここで目が覚めてからのことは思い出さなくて良いから、その前は分かる?」


 ゆっくりと問われて私は首を傾げる。私は……


「ええと、私、学校の帰りで……友達とちょっとあって……それで」


 その帰り道で、寝ちゃったの? でも、落ちたような気も……?

 語りながら良く分からなくなって私は首を傾げた。エミルさんはその様子に柔らかい笑みを浮かべて「良いよ」と頷いた。


 そして背後に居た長身の男性に目配せをして頷くと、彼と席を替わった。不安そうな顔をしてしまったのだろう。エミルさんには「大丈夫だよ」と微笑まれ、前に出てきた人には呆れたような溜息を零された。


「あー、なんか今更自己紹介ってどうだよ……。とりあえず、俺はカナイ、エミル付きの魔術師だ。ええと、大まかに話したんで良いよな?」


 うわー……感じ悪い。あっさり適当宣言したよ。この人。


「それにしても、なんでまた記憶喪失なんだよ……お前は記憶なくすのが趣味なのか?」

「―― ……ごめん、なさい」

「カナイ」


 カナイさんの悪態に思わず謝罪した。そんなカナイさんを窘めるように、エミルさんが名前を呼び、傍に居たシゼさんが「あのときは記憶を失っていたわけではありませんよ」と窘めた。私には“あのとき”がそもそも分からない。でも、カナイさんは「分かってるよ」と気まずそうに頭を掻きながら続けた。


「分かってる。お前が寝てる間に少し様子を見せてもらった」


 何をデスか? と訝しんだのを感じ取ったのか、変なことはしてない! と慌てて付け足す。


「外傷がなかったから仕方ないんだ。お前の中に何か入ってるのは分かったし、それを取り出そうともしたんだけど……どうにも、深くマシロの中に絡み付いてる。それが記憶に影響していると思われるんだけど……きっちり、ここ『シル・メシア』に来てからの記憶が無いように思う。俺たちのことを分からないのが境だろう」


 私にしてはとても世界設定のしっかりした夢だと思う。


「あー、まぁ、もう、この際記憶が戻るまで、夢だと思ってるのはどうだろう? そうすれば、お前の中で理解出来ないようなことも納得出来るんだろ?」

「ということは、夢じゃない?」




 そのあと、エミルの逆鱗に触れたカナイは私に最初から話をしてくれた。

 四年から五年くらい前からの話だった。正直、私の頭は付いていかない。それに混乱を防ぐためか、やっぱり面倒臭かったのかは定かではないけれど、多少なりはしょられていて概要しか伝えられない。


 整理しきれないまま、調子が良いようなら、ということで私は寝室に隣接した浴室を借りた。メイドさんが付き添いそうだったので、丁重にお断りした。


 私は、どうやらこの世界で薬屋さんをやっているらしい。

 それでそれより前は、図書館で学生をしていて、そこでさっきのみんなは同じ学生だったということだ……けど、王子や魔術師や騎士って通う先間違ってない? シゼだけがまともに思えた。

 その関係上、私はみんなを「さん」付けで呼んだり、敬語を使ったりするような仲ではなく、もっと親しいものだったらしい。

 だから「さん」を付けたら全員に拒否られた。


 ここで目を覚まして最初に発見した殺人事件は、危険だからこれ以上直接関わる必要はないといわれ、記憶が戻るまでの間不安だろうから、王城で生活していて構わないとまでいってもらった。

 昔の好とはいえ申し訳ない限りだけれど、現状では私も他に頼る宛が思い浮かばない。


 それにしても、私が薬屋をしていたなんて信じがたい。私は理系の人間ではなかったはずだ。

 はぁ……と溜息を落とし、ふと、手元に目が行く。

 沢山つけていたアクセサリーは、外したのだけど左手の指輪だけは、なんとなく外せなかった。水を弾いて煌くピンクダイヤはとても綺麗だ。

 エミルたちは何もいっていなかったけれど、私にはこんなものを貰い、この指に嵌める相手が居たのだろうか?


 ふぅ……と一息吐き、用意してもらった夜着に袖を通した。

 案の定ネグリジェ仕様だけど、ピンクフリフリではなくて良かった。一緒に置いてもらっていたストールを羽織り、部屋に戻る。



 ―― ……カチャ


 戻るとそこに居たのはエミルだけだ。

 ぼんやりと窓辺に置いた椅子に腰掛けて外を眺めている。私に気が付かないのか物憂げなままだ。


「あの」


 躊躇ったけど声を掛けないわけにもいかなくて、私は遠慮がちに声を掛けた。

 エミルはその声に、「あ」と声を漏らすとこちらに顔を向けて、にっこりと微笑んでくれる。とても優しくて安心する笑みに癒され私は胸を撫で下ろす。


「大丈夫ですか?」

「え?」

「あ、えっと、その……大丈夫?」


 敬語も止められていた。いい直した私にエミルは、ぷっと吹き出して「大丈夫だよ」と答えた。どこがツボ? 王子のツボは良く分からない。きょとんと首を傾ければ、くすくすと笑いを零す。お育ちの良さが滲み出る笑いかただなと、ぼやんっとしてしまった。


「大丈夫だよ。ごめんね。ぼんやりしていて。それに、女性の部屋に居座るのはどうかと思ったんだけど、マシロを一人にもしておけないから……」

「ううん。気にしなくて良いよ。えっと、その……みんなは?」


 私はエミルの傍に寄り問い掛けると、エミルは立ち上がり椅子を勧めてくれる。遠慮しても無駄だろうから私は素直に腰を降ろした。


「アルファは騎士団に一度戻ったよ。カナイとシゼは今後の治療方針の模索中」

「カナイは魔術師なのに?」


 私の素朴疑問にエミルはにっこりと微笑んで頷いた。


「カナイは薬師としてではなくて、治癒師として一緒に考えてくれるんだよ」


 そう答えてエミルは「そうそう」と話を続けた。


「もう頭痛はぶり返したりはしてない? さっきシゼが鎮痛剤を届けてくれたから、もし痛むようなら飲んで眠ったほうが良いよ」

「ありがとう……エミル、あの、私」


 口にしたは良いけれど続く言葉が思いつかない。尻すぼみになった私にエミルは瞳を細めるとふわりと私の頭を撫でた。


「大丈夫だよ。大丈夫……マシロのことは僕たちがなんとかするから。記憶がないということは辛いかもしれない、不安かもしれないけれど、でも、僕らは変わらず傍に居るから。方法が見つかるまで、また最初から始めれば良い。それだけのことだよ」


 そして王子はこともあろうか床に膝をついて、私の両手を取って真っ直ぐ私を見上げると「そうだよね?」と問い掛ける。ぱぁっと自分の頬が熱を持つのが分かる。多分、私は今真っ赤になってしまっていると思う。恥ずかしい。私は恥ずかしさに絶えかねてこくこくと何度も頷いた。


「マシロが望むようになるように、僕らは全力を尽くすよ」


 紡がれた台詞と、そっと指先に触れた唇に、妙な既視感を感じたら……また、チリチリと頭の奥が痛みを訴えてきた…… ――

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