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第二十四話:白い月

 城の中へ入ると、ほわりと優しい明かりに廊下は照らされていた。

 次の建物への入り口で、可愛いメイドさんが「案内します」と腰を折ったのを二人はあっさり必要ないと拒否した。

 しかし、どんどん進む騎士さんの後ろに続くと、最初声を掛けてくれた人は少し遅れた。振り返れば、先程のメイドさんに何か話を通しているようだ。メイドさんは何度か相槌をうって最後に深々と一礼するとその場を離れていった。


「あの、何か、問題」

「問題は非常に多いです」


 並んだ彼にそうきっぱりといい捨てられ、私はしょぼんっと視線を落とした。彼は怪訝そうな空気を纏い、訝しんで慎重に口を開いた。


「……マシロさん……あの、転んだときに頭でも強打したんですか?」

「え、あ……はい。打ったかどうかは分からないですけど、その、凄い頭痛がしました……吐き気も……今も少し」

「え」


 私の台詞に二人とも時間を止めた。足も止めた。思わず追い越してしまった私も足を止めて二人を振り返る。


「マシロさん、その……僕らのこと分かりますか?」

「分かりません。でも、これは夢だから、みんな私のことは知ってるっぽいんですよね?」


 いって私は首を傾げたが、目の前の二人は頭を抱えた。


「―― ……アルファさん……エミル様と、カナイさん呼んでもらえますか? もし捕まえられれば店主殿も……」

「りょーかい」


 二人はそれぞれに分担したのか金髪美少年は来た道を戻っていった。それを見送ってから、残った彼は「行きましょう」と足を進めた。


 そして案内された部屋は豪勢だった。

 どこかの遊園地の一角というくらい現実感はない。暖炉にソファ……美しく彫りの入った柱。見上げれば、天井には宗教画のような絵が描かれていた。


「ここでは休めませんから、こちらへ」


 その広い部屋を素通りして、彼は奥の扉を開いた。開けた先も広くて豪華。天蓋付きのベッドなんて初めて見た。


「直ぐに使用人が来るので、その方に、着替えを手伝ってもらって……ああ、その前に」


 座ってください。と、促され、私はベッドの端へ腰を降ろした。私の顔を覗き込んだ彼は少し迷ったようだが、一つ長い息を吐ききると続ける。


「僕は、シルゼハイトといいます。皆、シゼと呼びますからそれで問題ありません。そして、僕は現在王位継承順位第二位であるエミリオ王子の専属薬師です。今から少し触診しますけど……その、暴れないで下さいね?」


 そういって困ったように微笑んだシゼさんに私は頷いた。さっき結構まともにグーが入ったのだろう。申し訳ないことをしてしまった。


「頭ってどの辺りですか? 髪下ろしても問題ないですか?」


 確認するより早く彼はさっさと私の髪を降ろしてしまう。さらりと前に流れてきた髪は随分と長くなった気がする。

 夢ではなんでも有りなのだろうか? そっと長い指が髪を梳き、ぴくりと肩を跳ねさせた。


「痛かったですか?」

「あ、平気、です。少しくすぐったくて……」

「―― ……なんというか、緊張感に欠ける人ですね。相変わらず……」


 そういって零した溜息が見た目よりずっと老けていた。きっと苦労の多い子なんだろう。


「後ろの辺りです、首の付け根より少し上」


 私の話にあわせて、シゼさんの手が動き頭を撫でる。正面からこられるから、なんというか抱き締められてるみたいで、物凄く恥ずかしい。相手は真面目に心配して診てくれているというのに失礼極まりない。


「外からでは分かるようなものはないですね」


 ゆっくりと撫でながら、短く溜息を漏らし、やはりカナイさんに、とかぶつぶついいながら唸る。そして、ふと気が付いたように


「顔、赤いですけど、熱でも……」


 いいながら反射的にシゼさんは私の額に手のひらを当てる。


「そういうわけでもなさそうですが、何かありましたか?」

「だ、大丈夫。大丈夫です。ちょっと、その、恥ずかしかっただけ、なので……」


 額から手を離しながらそういったシゼさんに、私はごにょごにょと答えた。そのどうしようもなく間の抜けた答えに呆れたのだろう「え」と声を漏らす。


「マシロさんが、僕に、ですか?」


 顔を上げれば、視線の先のシゼさんも顔が赤くなっていた。大人びた雰囲気なのに意外と可愛い人だ。そう思ったことに気がついたのか、シゼさんはこほんっと咳払いして、改めて私を見た。


「先程、夢と仰っていましたね? では、貴方にとって、何が現実なんですか?」

「え……」


 私の現実といえば、毎日学校に通って、授業を受けて友達とくだらない話をして家に帰って……それが、現実で、それが当たり前で……


 だからその様子を思い出す。

 家族の顔も友達の顔も直ぐに思い出せる、思い出せるのに、どこか違和感がある。その違和感がなんなのか分からない、分からないけれど、それを考えようとしたら、ずきずきと頭が痛み、胸の奥がきりきりと締め付けられているようだ。


「……っ、あ」


 あまりの苦しさに、胸を押さえて膝に頭を落とす。


「大丈夫ですか?」


 ほんの少し慌てたような声が掛かって、気遣わしげに手が背中を撫でる。


「い、たい……。頭と、胸、が……っ、あ……ぅ」


 意識がまた混濁する……

 銃声がフラッシュバックする。


 月を背にした影が私に手を伸ばす。


 ―― ……怖いっ!


 そう思った瞬間、私は漆黒の闇に飲まれた。

 きっと、これで……私は夢から覚めるのだと思う。変な夢だった…… ――

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