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第二十二話:秘密の優しさ(2)

「王が退位するということは、次の王様が決まるわけです。まぁ、そちらはもう少し先になりますが……。しかし、王が退位を決定したあと、この世界では必ず行われることがある。それが今夜実行される」


 ラウ先生はどこか楽しそうに淡々と話を進める。私は口を挟む暇も挟む理由も見つけられずただ聞いているだけだ。


「線が引かれる。王家の素養を持つものは全て消えます。王家の素養は生あるもののみに許される。今夜みんな居なくなります」


 告げられた内容の衝撃に私は思わず立ち上がった。ぐらりっと刹那、眩暈に襲われて柱に片手を着く。


 ―― ……どうか、嫌わないで下さい。


 そういったブラックの台詞が脳裏に蘇る。


 目の奥がじんっと熱を持ち、視界が緩む……。

 気持ちが悪い。

 なんだか酷い吐き気がする……。


「そう驚くことでは有りませんよ。とても長い間続けられてきたことですから、特別というわけではないのです。王家の素養は重要ですが、線を引いてしまえばそれ以下のものは不要になるのです。そして内に秘めた種は邪魔になる。国を治めるものにとって氾濫分子となるものは少しでも少ないほうが良い」


 そうでしょう? と重ねられても私は、そうですねと答えることは出来ない。


 この世界は命が軽い。

 いつ誰がどんな形で殺されるかなんて分からない……でも、まさか……こんな形で……。


「でも、そんなの……、みんな、それに、エミルが選んだって」


 自分でも何をいっているのか良く分からない。そんな私の様子にラウ先生は、可哀想な子を見るように、慈悲を含んだような笑みを浮かべ頷いた。


「以前から陛下の退位の話は出始めていました。ですが時期として少し早いです。マシロはナルシルのことを知っていますか?」


 私はなんとか頷いた。酷い頭痛がしてきた……吐き気も増してくる。


「王妃はアセアが死ねば、その種をその子ナルシルに飲ませる腹づもりだと思われます。しかしながら、その程度では今更、上位継承順位に食い込むことは出来ない。結果的に、妹も、甥も失うことになってしまう。だから、エミルはこの時期を陛下に進言し、陛下はそれを承諾した」


 じゃあ、エミルは今夜……ブラックがアセアを消してしまうことを知っている。知っていて……


 ―― 僕を甘やかせないで


 そういったエミルの言葉を思い出した。ああ、エミルはとても思い詰めた顔をしていた、だから私……気づいていたのにやり過ごした。私は馬鹿だ。


「もちろん。彼らに協力し彼らを護ろうとするものも出てくるでしょう、それらは全て王室に反旗を翻したとみなされ、同じように消えます。隠れていそうな氾濫分子も一掃出来る。とても合理的だ。そのために、陛下の近衛兵他……ハスミ様、エミル、キサキ様の近衛兵の中でも選りすぐりのものが、その対応に当たってます。アルファも居なかったでしょ? 彼の腕は一級ですからね」


 外の警備だって……いってたのに……。


「王宮はあの馬鹿げた一室を除いて、一夜限りの戦火が広がっています。あの部屋に居るということは、王室への忠誠を誓っているということの一番の表れですよ」


 ―― ……止めなくちゃ……


 こんな、馬鹿げたこと……やめさせなくちゃいけない……いけないと思うのに、体がいうことを利かない。だって、もしそれが本当で、もしそれが当然であるなら、異世界人でしかない私になんといって、とめることが出来るんだろう。


 止めることが正しいの?

 やめてと声高に叫ぶことが間違っていない?

 ここはシル・メシアだ……――


 私の常識が及ぶ世界じゃない。私が知れば悲しむと、苦しむだろうと、そう思ったから、誰も私に告げなかった。


 その気持ちを……私はどうしてあげれば……良い?

 どうしてあげれば助けてあげられるの?

 受け止めてあげられるの?


 私は何をすれば何を選択すれば良いの? ……――


「このところ暇だったので、やっと動いたという感じですよね。あまりに退屈すぎると生きた心地がしない……」


 ―― ……ラウ先生はさっきから微塵も変わることなく淡々としている。それよりも現状を楽しんでいるようにも見える。そして、私が傷付いているのを喜んでいるようにさえ感じる。


 そしてラウ先生は「マシロ、知っていますか?」と続ける。


「私はエミルのことが好きなんですよ。ええ、とても。彼は生まれながらにして特別でありながら、弱い。能力を持ちながら持て余し、常に迷っている。そう、その迷いはいつでも彼に影を落とし、苦しめる、それはとても面白い」

「そんないい方、酷い、です」

「そうかな? 私はそう思わないけど。だって、私はこう見えてもエミルには昔から甘くて優しい。マシロも、少し考え直して、やり直してみてはどうですか?」


 ごん、ごん、ごん……と後頭部に打ち付けるような痛みの波が襲ってくる。さっきから、私はどうしたんだろう? 吐き気も治まらない……そんなにお酒を飲んだつもりもない、それなのに悪酔いした感じだ。それにしても酷すぎる……でも……。


「なに、を、ですか?」


 搾り出すようにそう問い掛けた私にラウ先生は、さあ? と肩を竦めた。そしてやっと私の異変に気がついたというように「大丈夫ですか?」と首を傾げる。


「あまり調子が宜しくなさそうですね? 迎賓棟まで送りましょうか」


 静かに差し出された手に私は首を振った。どうすれば良いか分からない、ラウ先生の話がどこまで本当なのかも分からない……分からないけれど、でも……


「失礼し、ます」


 私はとりあえず、誰か……ううん、ブラックを探しに庭に出た。足先に触れた芝生が水に濡れていて小さな飛沫を跳ね上げる。


「マシロ、今夜はダメです。そちらにも行かないほうが良いですよ!」


 ラウ先生の声がどこか……遠い。

 足が重い、頭が痛い、気持ちが悪い……。

 変だ……力が入らなくなって、体が地面に吸い寄せられる ――

 足が、動かない……体が酷く、重い……体が……さ、さ、え……られ、な…… ――


 ―― どさ……っ



 そして、私の視界は真っ暗に閉ざされた。




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