第十五話:近くて遠い見えない距離
私はカナイから顔を逸らして、赤くなっているだろう頬をぺちぺちと叩いた。
「ていうか、そんなに恥ずかしがるなよ。こっちまで照れる」
「……べ! 別にそんなつもり」
はないといいたかったが、話の途中で扉が開いた。
エミルたちが戻ったのだろうと、扉のほうを見ると確かに部屋の主が直ぐに私を見つけて、にこりと微笑んでくれた。
お邪魔してます。と、笑い返そうとしたら声がつまり視界が真っ暗になる。
「マシロ! お久しぶりですっ。会いたかったです」
「……苦しい」
「はい?」
「苦しいから離れろっていってるのっ!!」
暴れると素直に離れたものの、私は少しだけ肩で息をしたあと深く長い息を吐く。無遠慮に抱きついて私を圧死させようという人物はこいつを置いて他には居ない。
「どうして、ブラックが居るの?」
会いたかったって、朝まで一緒だった。珍しく休日だというのに外せない用事があるといっていたのはコレだったのだろうか?
「議会中にマシロからの恋文が届いたので、放って置けないでしょう? マシロにも会いたかったですし……」
「うわ、会議中だったんだ。ごめんね? エミル」
正面で邪魔になるブラックを避けて、エミルに謝罪する。いつもの手紙で連絡しておいたから、会議中に紙飛行機が飛んできたのは拙かっただろう。
エミルは脱いだ上着をメイドさんに預けつつ「嬉しかったから、気にしなくて良いよ」と微笑んだ。いつもながらのエミルの台詞に、ほわりと頬が熱くなり慌てて話を進めた。
「今日はね、マフィンを焼いたから……」
いいつつ椅子の上に置きっぱなしになっていた包みをメイドさんに預ける。
そんな大層なものではないけれど、恭しく受け取ってくれる。こういうのは慣れないけどここは王城だし、エミルは王子様だ。仕方ないことも多い。
「それで、マシロちゃんはカナイさんと何やってたんですか? マシロちゃんの顔が赤かった気がしますけど?」
ひょこりと現われたというか、元々一緒だったんだろうけど、アルファはそういってテーブルの上に置いてあるお茶菓子に手をつける。
「気のせいだよ。ちょっとダンスの練習を……」
「それなら僕がやりますよ。絶対、他の人より上手く立ち回れると思いますよ」
口いっぱいになっていたお菓子を、ごくんっ! と飲み込んだアルファはまだ口もつけていなかった私のお茶を喉に流し込んだ。ご馳走様、といったあとで、これ、マシロちゃんのであってますよね? と確認。その確認もどうなんだかという感じだが私はそうだよ、と頷いた。
「さ、始めましょう」
私の了承なんて必要ないのだろう。
アルファは、さっさと私の手を取って「カナイさん音、音!」と無茶振りをし、溜息を吐いたカナイが指をぱちんっと鳴らすと、どこからか柔らかな音楽が溢れてきた。
流石! と、喜色を浮かべたアルファは、かつんっと軽く床を弾くとステップを始めてしまった。
練習といっても簡単なワルツだ。上手に誤魔化せば未経験でもなんとかなるものだとブラックにも教えてもらっていた。そして一番にぶつくさいいそうなブラックはというと、
「それは僕らに作ってもらったんだけど?」
「ケチですね。マシロが作ったんですから私にも食べる権利があります」
くだらないことでエミルといい合っていた。あの二人はいつまで経っても相容れない。それにしても……
「なんかちょっと踊りやすいかも」
ぽつと零した私にアルファは「でしょ?」と微笑む。
「アルファはチビだからだよ」
新しく入った紅茶に口をつけながらカナイが茶々を入れた。いわれてみれば、他の三人とは頭一個分以上は身長差があるけど、アルファとは十センチもないくらいだ。
アルファはカナイの声にむくれたが、私は何となく自分がダンスが上手くなったような気がして嬉しかった。だからそのままを伝えたら、アルファは、にこりとまだどこか幼さの残る笑顔を向けてくれたあと、急に私の肩にもたれ掛かって溜息を吐く。
ちょっ! と、慌てるとアルファは直ぐにもう少し踊りましょー、と体勢を立て直す。
「僕、今回は当日会場に顔を出せないんですよ」
「それは本当にお気の毒ですね。マシロのドレスは今回も素敵ですよ。夢見草をイメージしましたから」
「へー、マシロは可愛いから何着ても似合うけど、きっと綺麗だろうね?」
―― ……がつっ
「痛っ!」
「ごごご、ごめん」
ブラックとエミルが、詰まらないことで意気投合させるから、足元がおろそかになった。思い切り踏みつけてしまったから、アルファは短く唸って動きを止めた。
ぐったりともたれ掛かってきたアルファに「大丈夫?」と重ねると「平気です」と口にしてくれるけど、殆ど抱き締められてしまっている状態になっている私は、わたわたと両腕の行き場をなくして焦った。
予想通り空気が凍り、ブラックがアルファの首根っこを掴まえた。
簡単に引き離されたアルファは、ぶつくさいってたけど直ぐにマフィンの元へ駆けつける。アルファの口に合うお菓子はなかなか作れなくて、最近やっとまともに食べてもらえるようになった。
ちょっと達成感。
「どうしたんですか?」
私の傍に戻っていたブラックは、私がのんびりティータイムに入っている三人をぼんやりと見ているのに気がついて顔を覗き込んでくる。
私は、なんでもないと軽く首を振ったけど、図書館ではとても近く感じていた三人の輪にもう私は居なくて、私とは別なんだなと思うと寂しく感じていた。
それと同時にアルファがブラックに首根っこ掴ませるとは……昔なら絶対に有り得なかった。絶対乱闘騒ぎになっていたし剣を抜かないなんてことはない。
少しは歩み寄っているのだろうか?
「マシロには私が居ますよ」
そっと私の髪を撫でてそういったブラックに、私は自然と微笑む。