第十三話:二つ月への招待状
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その招待状は、珍しくうちの店にブラックが居座っているときに届いた。
「え? 舞踏会?」
「はい。陛下より直接賜って参りました。どうぞお納めください」
深々と腰を折った執事――確か上級使用人? とか聞いたけど私には上も下も分からないから纏めた――から封筒を受け取ると二通あった。
一通はシル・マリル宛。もう一通はルイン・イシル宛。
ようするに私とブラックへと宛てたものだ。
裏を返せば、いつもにも増して仰々しい蝋印が押されている。王様から直接、というのは本当らしい。
私は短く嘆息して、ブラックに一通渡しカウンターを覗き込むと、ペーパーナイフを取り上げ自分の分を開封する。
「どうぞお二方にはご参加いただくようにと陛下からのお言葉です」
一度上げた頭をもう一度下げた執事を、ちらと見て私はブラックを見た。
ブラックは椅子に座ったまま、ゆるりと組んだ足を組み直し招待状を眺めている。そんな風に招待状をちゃんと見ているなんて珍しいな、と思うと出した答えも珍しかった。
「良いですよ。マシロのドレス姿も楽しみですし、陛下には二つ月が昇るとお伝えください」
ぱたんっと招待状を畳んでにっこりと微笑んだ。
ブラックの言葉に「承りました」と、もう一度深々と頭を下げた執事は、きびきびと踵を返し店を出て行った。
それを見送って私はブラックを見ると、ブラックは封筒に戻した招待状をこともあろうか燃やした。慌てて声を掛けると「もう一通あるのですから問題ないでしょう?」と、にっこり。
私は手元の招待状を見て、それはそうだけど……と零す。
「マシロは何色のドレスが良いですか?」
「私も本当に行くの?」
「え、私一人に行けというのですか? 寂しいです。踊るのは久しぶりでしょう? たまには顔を出さないとパートナーの足が心配です」
悪かったな。ダンスもいまいちで。
こういう誘いはしょっちゅう来る。
来るけど受けるのは、十回に一度か二度だ。殆どブラックが面倒のひと言で却下してくれるのに……。私は短く嘆息した。
「そう暗い顔をしないで下さい。私もたまにはマシロと踊りたいんですよ」
いって笑ったブラックに、なんだか私は素直に喜べないでいた。
翌日私は久しぶりにマフィンを焼いた。
私のお菓子作りの腕もそこそこ上達して、店に出せるとはいえないけれど、みんなが敬遠してしまうほど不味くはなくなったはずだ。
可愛らしく二つに分けてラッピングした。
一つはエミルたちに持っていってあげるのと、もう一つはシゼの研究室に持っていってあげる分だ。こちらは少しだけ甘さが強い。シゼの口に合わせてみた。
因みにブラックには、ダイニングテーブルの上に放置しておいた。多分、先に来たとしても気がついて食べるだろうし、遅ければ一緒に食べるし、気にするほどのことじゃない。
私は、それらを紙袋に入れて、早速王城へと向かった。
今日は休日。
お店もお休み――しなくても閑古鳥が鳴いてるので気にしなくて良いけど――のんびりと大通りを歩いて行く。休日の大通りは、特に何かあるわけでなくても、大道芸人とか普段はない屋台とかも出ていて色々と賑わう。だからふらふらと散策するだけでも楽しくなってくる。
こういう場所だから、自然とカップルも目に付くし、普通にデート出来ないのはちょっとだけ残念だなと思う。
王宮の外門まで歩くと大体一時間くらい掛かる。
のんびりしているともっと掛かる。私の足が遅いからだとカナイにはいわれたけど普通だ。
王宮の門に辿り着くと、でっかい門の両脇に立っていた門番さんが、にこりと微笑んでくれる。もう顔見知りだ。そのお陰で直ぐに馬車の手配をしてくれる。王宮門から王城までも、これまた結構な距離があったりするわけだ。
確かここから……正面フロアの奥には、でんっと階段があるのだけど、それを登ると、王城の中枢というか、まぁ、王様の謁見室とかそういうのがあるだけで……私には基本的に関係ない。
その両脇にある扉から奥に入れば、左側から通路に出たらエミルたちが居る棟に通じるし、右側から入れば研究棟とか管理棟とかに通じている。
「どちらまで?」
扉の前で番をしていた兵士に止められて、私はおどおどと「シルゼハイトさんに会いに……」と答える。
こんなところで止められるのは凄く珍しい。
新しい人なのかな? と、顔を見るとやはり知らない人だった。兵士はまじまじと私を頭の天辺から足の先まで見つめて眉をひそめる。
私の持っている身分証は、お店の許可証くらいだけど……それじゃあ、ここへ入るには不十分だろう。どうしようかなぁと、困っていると「姫っ!」と声を掛けられた。
兵士さんが慌てて敬礼をした先を振り返ると……これまた知らない人だ。というか、物凄く綺麗な人。あえていうなら、某塚系の麗人だ。
階上から声を掛けてくれたようで、その人物は足早に私のところまで駆け下りてきてくれた。
「白月の姫……いや、マシロと呼ばれるのがお好みかな?」
可愛らしく首を傾げられ、私は曖昧に頷く。
ここでは『白月の姫』と呼ばれることの方が多いけれど、正直名前で呼んでもらえるほうが良い。
「そうか! エミルから噂は聞いている! 直接お話しする機会を得ることが出来て良かった」
ぎゅっと両手を取られて強く握られる。
驚きを隠せない私に目の前の麗人は、にっこりと私に微笑んだあと、後ろに居た兵士を睨む。
「白月の姫は、王城の細部に至るまでその入室の制限を受けることはない。周知のことだと思っていたが? ここに立つ兵が知らぬとはどういうことだ」
凛と響き渡る声はとても素敵だ。
その言葉に兵士さんは、慌てて頭を垂れ謝罪する。別に私は怒ってないけど、麗人はお怒りのようだ。
「お前の上官は誰だ」
「あ、その……」
「お前の上官は誰だと聞いている。上官の名も忘れたのか?」
蛇に睨まれた蛙。そんな言葉が脳裏に過ぎる。私はやはり、こういうのは好きじゃない。
でも、口出しもしちゃいけないことも分かってるんだけど……兵士さんは一生懸命謝ってるし、彼のいい訳を聞いていると、いつもはもっと奥の警備を担当しているらしい――私はいくら許されてても王城探索するほど冒険家じゃない。面識がなくて当然だ――今日は急に交代を命じられ、ここに立っただけのようだ。
「あ、あの。私気にしていないので、あまりことを大げさにすることは……」
おずおずと口を挟むと麗人は、ぱっとこちらに視線を移し、微笑んだ。
「白月の姫はお噂に違いなく、お優しい。姫の慈悲に感謝しろ」
あっさりそう口にした麗人に、兵士さんは深々と頭を下げ「ありがとうございます! キサキ様」と重ねた。