第十二話:白猫と私と黒猫(2)
「私は、ルカがいったように……非力な人間なんだよ。そんな私が……本当に白い月の少女だと、そう、思うの?」
ほんの少し非難めいてしまったかもしれない。そんなつもりはないけど、この問いに答える術を持たない自分が実は一番惨めで、一番嫌いなのだ。
ルカは私の答えを聞き、僅かに哀しそうな色を映す。
「青い月の少年は、物語の通り力を有している。なのに、どうしてマリルは、美しいときを持たないというんだ?」
「……ごめんね」
私の事情を知る、全ての人に掛けられる期待に応えられず、謝ることしか出来ない自分が辛い。謝罪を重ねた私にルカはそのあと直ぐ、くつくつと笑い始めた。
「別に構わない。おれに美しいときなんて、必要ない。馬鹿げている……」
顔では皮肉った笑みを浮かべ、言葉も吐き捨てているようなものなのに、とても哀しげに聞こえる。私の胸は、きりきりと痛み悲鳴を上げそうになる。目頭が、じんっと熱を持ちじりじりと迫ってくる。
どうしよう、泣きそうだ……。
「良い香りですね、ランチはなんですか?」
くっと息を呑み、なんとか涙を堪えた私に、聞き馴染んだ声が掛かる。それと同時に、ふわりと背後から抱き留められる。
私が、ほっと胸を撫で下ろしたのとは対照的に、ルカは僅かに重心を下げ身構えた。
そんなルカに対してブラックはいつも通りの態度だ。
「初めまして、ルカ」
振り返らなくても分かる。
ブラックは好戦的な笑みを浮かべているだろう。私の前に廻ってきている指先は前に流れている髪を絡め取って遊んではいるが、きっと間違いではないと思う。
「今更、おれを殺しに出てきたわけ?」
「私は別に、自殺志願者の願いを叶えるほど優しくはないですし、弱いものをいたぶる趣味もありません」
反射的に私がいい過ぎだと眉をひそめたのを感じ取ったのだろう。ブラックは先手を取って言葉を重ねる。
「レムミラスには損害賠償請求をしておきましたので、今回の件はそれで終わりです」
その言葉に私は驚いて、顔だけブラックのほうへ捻るとブラックは「当然でしょう?」と微笑んだ。
「貴方がどう考えているかは分かりませんが、少なくとも、レムミラスは安堵したように見えましたよ? マシロの使いそうな言葉を借りるなら、何か方法があるはずです。貴方の望むようになるように……」
まぁ、私は一緒に探す気になるほど、酔狂ではありませんが。と、締め括って肩を竦めたブラックに私は苦笑した。
非常にらしくない発言だと思う。
でも、ほんの少しだけでもブラックがルカのことを考えていることが分かるから私は嬉しかった。
「送りましょうか? 財団まで」
そのまま黙してしまったルカに、ブラックはそういったがルカは口角を引き上げて「冗談だろ?」と可愛くない口を叩く。でも辛そうな状態を隠しきれては居ない。
「うちで休んでいく?」
思わずついて出た言葉に、背後からは呆れたような溜息が聞こえ、目の前の白猫は目にも明らかに肩を落とした。
「マシロ、そうやってなんでもかんでも、うちに引き込むようなことやめてください。白銀狼の一件で懲りたと思っていたのですけどね?」
う……にべもなくそう告げられる。ブラックがいうことも分からなくはない、分からなくはないのだけど。ほら、私は薬師だから、ね? 辛そうなの放って置けないしさ。
「用は済んだから帰る」
「え?」
私とブラックが、睨みあっている間にそう呟いて、ぎこちなく背を向けたルカを思わず呼び止めた。
「何?」
無愛想な声色に私は怯まない。というか無愛想なのはシゼで慣れている。
「用事、結局なんだったの?」
食い下がった私をルカは肩越しに睨みつけていたが、はぁ……と溜息を落とすと「……もう良い」と首を振った。なんか失礼だな?
「二つ月の物語は、ただの童話に過ぎないことが分かった。十分だ」
そしてやや間を置いて、口端に微かな笑みを浮かべると
「あんたを殺さなくて良かったと、少しだけ思う……おれが、最初に手を掛けるのはあんただ」
びしりっとブラックを指差して明言する。
犯人はお前だっ! じゃないんだから、人を指差してはいけません。いや、それどころかそんなこと宣言してはいけません。でも、ご指名を受けたブラックは「おや」と虚をつかれてはいるようだけど、特に気にしている風ではない。
「籠から抜け出す術を、もう少し上手に覚えたらいつでもどうぞ? 手加減しますから」
にこりと余裕で口にしたブラックに、ルカは、かっ! と頬を高潮させて踵を鳴らすと、その場を立ち去り裏路地に消えた。慌てて追いかけて路地を覗いたが、もう姿はない。
ブラックっ! と挑発したことを咎めるように、睨みつけてもブラックはどこ吹く風。
「マシロを狙うことはもうしない。と、明言したようなものですから、良かったじゃないですか。私は一安心です。ああいうタイプは、アルファと一緒で馬鹿正直なので、正面から来るでしょうし……私これでも手加減を覚えたんですよ?」
まるで褒めて、とでもいうようにそういって微笑んだブラックに、私は嘆息し「帰ろう」と道を急いだ。
店のドアの前では、シゼが挙動不審気味にうろうろしていた。
時折、ポケットから懐中時計を取り出して時間を見て溜息を重ねている。
「マシロって罪作りですよね」
ぽつりと、零したブラックに私は首を傾げ、何かあったのかとシゼに駆け寄った……――