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第1話 本能寺の変に放り込まれた俺

気がつくと、そこは見知らぬ空間だった。

夜明け前なのか薄暗く、静まり返っている。

畳の匂いが、かすかに漂う。


(ここ、どこだ?)


ぼんやりと木造の天井が浮かび上がってくる。柔らかい布団の感触。

どうやら、どこかの和室で寝かされているらしい。

和室は和室でも、俺が普段眠っている和室ではない。

俺は、上半身を起こそうとした。しかし、動けない。

ぴったりと、誰かの腕が胴に巻きついている。しかもやたらとがっしりした腕だ。


(なんだこれ?)


まるで恋人同士が抱き合うような密着感。恐る恐る首を傾ける。

そこにあったのは、見知らぬおっさんの顔!


(うわああああああ!!)


体が跳ね上がるのをなんとかこらえた。


(落ち着け!落ち着け!)


おっさんのぬくもりと、いびきのリズムが、俺の心臓をバクバクと脈打たせる。

髪はきっちり結われた丁髷ちょんまげ

着ているのは、見たこともないような・・・いや、見たことはある。

テレビの時代劇や歴史資料の中でだけ。


(いやいやいや、どう見ても映画村のセットかコスプレのイベントでしょ)


しかし、現実感を確かめるように辺りを見渡せば、障子や火鉢、襖に描かれた水墨画までもが、どこかで見た“再現”ではなく、時間を積み重ねた「本物」の気配を放っていた。


(夢?ドッキリ?タイムスリップ?)


だが、いま一番問題なのは、この体勢だ。

俺は今、知らない男に、布団の中でがっつりと抱きしめられている。


(お、俺、なんか変なことされてないよな・・・?)


慌てて、おっさんの腕をほどいて、布団の中の自分の体を確認する。

着物はちゃんと着ている。

帯も緩んでいない。

とりあえず、無事。たぶん。


手を布団から出すと、そこには白くて長い指があった。

明らかに俺の手ではない。

顔に触れると、やたら整った輪郭が指先に伝わった。


(・・・誰だこれ)


いや、俺は青野風真、13歳。

根暗で弱っちいメガネ男子。あだ名は鬼太郎。前髪で顔が隠れてるからだ。

戦国武将が好きすぎて、こんな変な夢を見ているのだろうか。

もう一度、自分の白い手を見る。

この手も気になるが、それ以上に問題なのは、隣にいるこの人物が誰なのか、ということだ。

その時、おっさんの瞼がうっすらと開いた。


「・・・ん、蘭・・・丸?」

(は?)

おっさんはまだ寝ぼけているようだった。


「・・・まだ眠っていてもよいぞ。夜更かししておったからな。」

(ら、ん・・まる? って、今、俺のことをそう呼んだのか!?)


混乱の渦に巻き込まれながら、必死で状況を整理しようとする。

(らんまるって、誰だ?そして隣にいるオッサンは一体?)

恐る恐る男の顔を見直すと、なんとその唇が、ぐぐっと近づいてきた。


(ひ、ひぃぃーーーっ! や、やめてぇぇぇ!!俺のファーストキスがぁぁ!!)

と、唇と唇が重なり合おうとしたその瞬間、


ドォンッ!!


床が揺れ、掛け軸が壁から落ちる。

外からは怒号と耳をつんざくような金属音、刀と刀がぶつかり合う物々しい音が響いてきた。


「何事じゃ!」

隣の男、いや、オッサンが、はっと身を起こす。


(な、なに!? 爆発音!? 銃? 火薬? 次は何が来るんだ!?)


風真・・・いや、らんまるの体は、思わず跳ね起きた。

だが同時に、何かが体の中で切り替わったようだった。

頭のどこかが冷静になり、体が勝手に動き始める。

衣を整え、刀を手に取る。足が迷わず部屋の外に飛び出していく。

(な、なんで勝手に動くんだ!? 俺、どうなって)

そして、その体が叫ぶ。


「信長様、敵襲です!!」


「謀反か・・・誰の仕業だ?」


「明智の軍勢と推測されます」と、風真の体が口走った。

(おれ何言ってるんだ!でも・・・明智の軍勢!?つまり隣にいるオッサンは織田信長!?ということは、俺は、森蘭丸の体の中にいるってことか!?そして、この状況ってもしかして)


(本能寺の変!!)


その瞬間、頭の中にふと、東陸ヶ浜中学にいた頃の歴史の授業がよみがえった。

阿部先生の優しい声。

「はい、みなさん“織田信長”覚えていますか?

『鳴かぬなら殺してしまえホトトギス』。

この句には、信長が短気で気性の荒い人物だったことが表れていましたね。

今日は、そんな信長の最後である本能寺の変についてです」


先生が、黒板に大きく“1582年”と書いた。


「イチ・ゴ・ハチ・ニ、ねん。ここは“イチゴパンツ”で覚えてくださいね~」

みんなクスクス笑っている。


(そうだ、たしか俺はこの時、信長のパンツが本当にイチゴパンツなのか確かめたいと思っていた。

いや、でも今はそんな状況じゃない。てか、先生、確かそのあと重要なことを言っていた!思いだせ!思いだせ!)


「1582年6月2日。信長は京都の本能寺というお寺に滞在していました。

その頃、家臣の羽柴秀吉――のちの豊臣秀吉ですね――が中国地方で毛利氏と戦っていて、信長に応援を求めていました。

信長はその途中で本能寺に泊まっていたんですが、そこで思いもよらない出来事が起こります。

なんと家臣だった明智光秀が、一万ともいわれる軍勢を率いて本能寺を包囲したんです。

そして信長は逃げ場を失って、最後は自害したと伝えられています」


(そうそう!ここだ!信長が死ぬのは知ってる!ってか俺はどうなる!)


「・・・そして、実は先生の推しキャラがその現場にいました。超イケメン小姓、乱法師こと“森蘭丸”です♡」


(ああ、ここここっ!)


「蘭丸は、武芸と学問の両方トップクラスの実力で、織田信長にとても可愛がられていました。そんな彼には、こんなエピソードがあります」


「えっ、興味な~い」

女子生徒からのヤジが飛んだ。


(そんなヤジ、今はいいから!)

と、早送りさせようと思えば思うほど、焦ってうまく思いだせない。

ヤジにめげない阿部先生が思い出される。


「ある日、信長が扇子の上で爪を切っていました。そして切り終わると、蘭丸に切った爪を捨てるように命じ、その扇子を渡しました。ですが、受け取った蘭丸は、扇子の上に爪が9個しかないことに気付いて、残りを必死に探します。なぜだと思いますか?」


「爪フェチだったから~?」

「信長の爪をメルカニで売ろうと思ったとか?」

教室がどっと笑った。生徒たちは適当に好きな事を言う。

「いいえ、その時代にメルカニはありません」

先生は、いたって真面目に返す。


「理由はね、当時、爪や髪の毛は呪術に使われる可能性があったからですね。」


「えっ、気持ち悪~い」

生徒たちは興味がないと言いつつも、意外と先生の話を聞いている。

生徒たちに歴史の話をするのが上手いと風真は思っていた。

そして先生は話を続けた。


「それは信長の身を案じての行動だったと言われています。

『鳴かぬなら殺してしまえホトトギス』の信長なら、

間違いなく誰かからの恨みをかっているはずですから。

そんな信長への忠誠心の高さと有能な働きぶりをかわれていた蘭丸は、次から次へと重要な任務を任されていきます。」


(たしかこの後!重要語句!)


「ところが、そんな先生いち推しの森蘭丸ですが、本能寺の変で、なんと・・・

討ち死にしてしまいます。」


(そうだった!!やばい!このままだと俺ここで死んでしまう!)


表から、叫び声が飛び込んできた。

廊下を走る足音、かすかに漂う血のにおい。

張り詰めた空気。しかし、体が逃げようとしない。

必死に信長の護衛を努めようとしている。


「是非に及ばず!」

(是非に及ばず!信長の名言!本物が聞けた!って喜んでる場合じゃねぇし!)


信長が、壁に立てかけてあった槍を手に取る。

その目には、恐怖も迷いもなかった。

あるのは、ただ冷静な覚悟だけ。

風真はその姿に、思わず見惚れた。


(やっぱりかっこいい!)


だけど、見惚れている暇はなかった。


(というか早く誰か「はい!カット!!」って言ってくれ!)


「蘭丸、行くぞ!」

「はっ!」

思わず返事が口から出た。風真ではなく、蘭丸の声で。


(はっ!じゃねぇーし!)


だが、もう止められなかった。

体が勝手に動く。

刀を握り、敵の気配が満ちる廊下を駆ける。

足が迷わない。階段も柱の死角も、まるで知り尽くしているかのようだった。

それが、森蘭丸としての体だった。

廊下の脇から敵勢が迫る。


「信長様! ここは我らが!」


蘭丸はその前に一歩踏み出し、刀を振るった。

金属同士が激しくぶつかり合い、火花が散る。その動きは、まるで風のようだった。

刃が踊るたび、敵の鎧が裂け、叫びが上がる。

踏み込み、捌き、返す。全てが研ぎ澄まされた美しさで、風真の中でその一つ一つが鮮やかに焼きついていく。


(蘭丸、カッコイイぞ! )


だが、戦いの中で、風真の視界に異変が生じる。


(なんだこれ?)


斬り結ぶ敵の姿が二重に見えるのだ。

一つは、鋭い殺気を纏い、狂気すら滲む目で斬りかかってくる修羅のような武者。

もう一つは、その輪郭に重なるように揺らめく、鬼のように歪んだ、異形の何か。

白い影、切れた首、笑う女に変化する。

それに独特の匂い。


(何なんだこれは)


武者に憑りついた妖怪か、亡霊か、それとも人の怨念が。

とにかく、そいつが武者の体を支配している。

支配された体は目の色を失い、狂ったように刀を振るう。


(操られてる!?)


風真は震えた。

これは、ただの戦ではない。

人と人との戦いに、得体の知れないものが入り込んでいる気がした。


(まさか、あのお札を剥がしたことが原因か?)

昨夜、刀の入った木箱の札を剥がしたことを思い出した。

そう、あの時までは間違いなく京都の祇園にある自分の部屋にいたはずだった。


それでも蘭丸の身体は、敵の刀をくるりと受け流し、逆に相手の喉元に斬り込む。

その動きは、もはや神業だった。

足運びも、身の捌きも、無駄が一切ない。


(でも・・・敵が多い。多すぎる!おまけに変なものまで見える!)


それでも必死に刀を振るう。

だが、汗と血が混ざった視界の隅で、仲間の兵がまた一人、倒れる。


(多勢に無勢。これじゃあ、時間の問題だ!)


「討ち漏らすな! 信長は奥にいるはずだ!」

敵の怒号が響き渡る。

蘭丸は刀を構え、指先に力を込めた。

だが、その直後、後方の廊下で、突如として火柱が上がった。

そこは信長が向かった先だった。本堂の屋根が崩れ、火の粉が舞う。


「「「信長様ーーーー!」」」


思わず叫んでいた。煙が吹き込む。熱風が頬を打つ。

焦げた木と油の混じった匂いが鼻を突く。

その一瞬、意識が逸れた。


「森蘭丸、覚悟!」


鋭く、鋼のように突き刺さる声。

目の前で振り下ろされた刃が、風真の、いや、蘭丸の目に飛び込んできた。


(あっ・・・)


自分の体が、地に崩れ落ちる。

意識が遠のくなか、かろうじて見えていたのは、黒煙が渦巻く本堂と、焼け落ちる瓦の音。

煙の向こうでは光秀の軍勢が包囲を狭め、味方の兵は数えるほどしか残っていなかった。


(俺・・・死んだ)

風真の中で、ゲームオーバー音がなった。


震災で父さん、母さん、妹を失った。

知らない京都の街に連れられて、変な舞妓の姉さんたちには小バカにされた。

人生ひとつもいいことなんてなかった。

次、生まれてきたら・・・もしも生まれてきたら・・・。

俺は頑張って生きて、強く生きて、悔いのないように生き直したい。

ここまで読んでいただきありがとうございます。ゆきまるです。

「宝くじが当たらないかなぁ」「埋蔵金が見つからないかなぁ」などと考えていたら、この物語が生まれました。(第1話ではまだ埋蔵金の話は出てきませんが……)

風真がなぜ森蘭丸になったのか、そして彼に見える妖しい存在の正体とは何なのか。

そして埋蔵金は見つかるのか。少しずつ明らかにしていきたいと思います。

週末の夜、お茶でも飲みながらリラックスして楽しんでいただけたら幸いです。

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