よくある怪談 2
出港してすでに何日が経ったことか。
工作船《黎明の槍》は、目標へ向けワープを繰り返していた。
船体外装には識別番号も国章もない。
航路記録にも残らず、寄港予定地も帰還予定日も存在しない。
統制圏が連盟へ向けて放った、存在しない船だった。
乗員は四名。
艦橋には必要最低限の灯りだけが落ち、計器の表示光がそれぞれの顔を青白く照らしている。
誰も無駄口は叩かない。
秘匿任務に私語は不要だった。
任務失敗は死より重い。疑わしきは厳罰。それが統制圏軍だった。
指揮席の艦長が、まっすぐ前方スクリーンを見据えていた。
機関士は計器を見つめたまま肩をすくめ、通信士は受信封鎖状態の表示を確認し直した。
若い航法士だけが、緊張した面持ちで前方の星図に視線を固定している。
すべて予定通りだった。
次のワープまで、あと七分。
そのとき、艦橋に電子音が鳴り響いた。
鋭く、短い着信アラート。
全員の動きが止まった。
通信士が反射的に端末へ向き直り、数秒後、信じられないものを見る顔になった。
「……着信です」
機関士が顔を上げる。
「馬鹿な。封鎖中だぞ」
「わかっています」
通信士の指が震えていた。
「識別信号なし。暗号鍵照合不能。統制圏軍の方式ではありません」
艦長がゆっくりと振り向く。
「送信元は」
「不明です。ですが、当艦宛です」
艦橋の空気が凍りつく。
この艦の存在を知る者は、ごく一部の軍上層部しかいない。
秘匿回線へ接続する方法も、現在位置も、航路も知られていないはずだった。
「……再生しろ」
通信士は唇を湿らせ、再生キーを押す。
翻訳機を通した平坦な音声が艦橋に流れた。
「わたし、おめでとう。今、アルタイル3にいます」
数秒、誰も口を開かなかった。
「……なんだこれは?」
艦長の声に、通信士がかすれた声で答える。
「わかりません。既知言語に一致しません。
翻訳機が近い語義を無理に当てているだけです。」
航法士が星図を見て顔を上げた。
「ですが、アルタイル3は……五ワープ前に通過した地点です」
艦橋の空気が変わる。
その位置を知る者は、この船の乗員しかいない。
艦長はゆっくりと思考を巡らせた。
裏切り者がいる。だが、誰だ?
送受信装置に触れられるのは通信士だけ。
外部との接点を持つ役職もまた、通信士しかいない。
疑われるのは裏切った証拠。
レーザー銃を抜くと、通信士を撃ち抜く。
「裏切り者は排除する」
物も言わずに倒れるその死体を手順通りに宇宙へ放り出す。
「これでもう座標が漏れることはない」
誰も何も言わなかった。
そして三ワープ後。
また通信が入った。
後任を任された航法士が恐る恐るという顔で艦長を見る。
艦長は「繋げ」とうなづいた。
「わたし おめでとう いま ガングリア6 にいるます」
翻訳機を通した平坦な音声が艦橋に流れると、艦内の空気が凍った。
ガングリア6。前回の受信ポイント。
アルタイル3からは五ワープ分離れている。
本当だとすれば、この期間で移動できるわけがない。
嘘だとすると、こちらはお前たちを完全に捕捉しているという宣言か。
レーザー銃を抜くと、航法士へ向ける。
航路を事前に漏らせるのはこいつだけだ。
「待ってください、違います!」
発光がその言葉を断ち切った。
「これでもう航路が漏れることはない」
機関士は何も言わずに肩をすくめた。
そして何もなく六ワープが過ぎた時、
また通信が入った。
無視してワープ準備を進めていると、
突然再生が始まった。
「わたし、おめでとう さん。 いま サラスガ2に いるのます あえるまで すぐ」
艦長は機関士に銃を向けた。
自分ではない。なら、犯人はこいつだ。
長い付き合いだったが、ずっと裏切っていたのか。
機関士は初めて肩をすくめなかった。
艦長から一歩、距離を取ろうとした。
次の瞬間、機関士は崩れ落ちた。
規定どおりに遺体を放り出す。
機関席でエンジンの調整をする。
航法席でワープ先チェックを。
通信席で周辺宙域の探査。
自分ですべてやると、ワープ準備にも時間がかかった。
静まり返った艦橋は、一人で制御するには広すぎた。
辛うじて二ワープをこなしたところで、
船内放送が始まった。
「わたし メリーさん」
レーザー銃がスピーカーを撃ち抜く。
艦橋が沈黙した。
デブリから回収された記録には、最後にこれだけが残っていた。
「今 あなたのうしろにいるの」




