表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

花火(プロローグチラ見せ)

作者: 灰身 花好
掲載日:2025/10/09

 下駄の軽い音があちらこちらで響いている。蝉は最期の1週間を必死で駆け抜けるように鳴いている。民家の玄関に吊るされた風鈴が風に吹かれて、チリンチリンと音を風に運ばせている。夏は夏にだけ鳴る音が綺麗で、僕は夏のそんなところが好きだ。逆に嫌いなのは湿った真夏の夜の空気の匂い。土っぽい独特な匂いが鼻を嫌に刺激して、これだけは16年、あの田舎で生きてきても慣れることはなかった。


「つー、花火って何時から上がるんだっけ」


 祭り会場の神社への道中、僕の数歩先をいく(はな)が振り返る。スキップ混じりの浮かれた足は、(あで)やかな赤の着物を揺らしている。天真爛漫な少女が大人の女性のように着飾っていて、この日ばかりは同級生(クラスメイト)じゃなく上級生(年上)のように見えた。ポケットからスマホを取り出して時間を確認する。時刻は20:26。


「あと4分」


「そっかぁ。んー、家出るの遅くなっちゃったからなー。神社にはもう人いっぱいいるだろうし。絶景スポットは諦めるしかないかぁ」


「お前が着物の着付けし始めたのが遅かったからだろ。20時(はちじ)には出ようって言ったのに、20分も遅れて」


「ごめーん、思わず寝ちゃってたんだよー。今日が楽しみすぎて夜中寝れなかったのー」


 そう言いながら花が僕に抱きついてくる。心臓が一回、高く跳ねるのを感じて僕は思わず彼女を引き剥がした。


「お前なあ……!何回も言うけど、その距離感ほんとやめろって!」


「?なんでさー。私とつーの仲でしょー?」


「嫁入り前のやつがすることじゃねえからに決まってるからだろ!」


「別に私は全然気にしないのにー。つーはそういうとこ厳しすぎるんだよー」


 「むー」と花が膨れっ面になる。僕が気にすんだよ、と内心イラつく。無駄に顔が整っていているのが余計に腹立つ。なんでこいつは1ミリも気にしてないんだよ、僕だけ舞い上がって、こんなの僕が馬鹿みたいじゃないか。


「……ね、あと何分?」


「ん、もう30分だかr———うおっ!」


「きゃっ!」


 言いきらないうちに、今まで見たことのない程の眩い閃光と爆裂音が炸裂した。一瞬で辺り一帯は煌びやかに、光り輝く火薬に照らされた。


「うわ!上がった!きれーい!」


「……うん」


 夜空が燃える花畑になっている。この辺では夏、年に一度の日にしか見られない特別な花畑。


「……本当に綺麗だ」


 打ち上げ花火なんて何年もまともに見ていなかった。別に嫌いじゃない。むしろ好きだ。けど、僕は手持ち花火の派手すぎず、なんとも言えない儚さの方が好きだ。僕にとっての毎年の夏の風物詩といえば、打ち上げ花火じゃなく、手持ち花火の方なのだ。今年の夏だけは、その限りではなかったけれど。


「綺麗だねぇ、つぐ


 今まで見てきた中で一番眩しくて。大きな音が轟いて。だから、気を取られてしまった。だから、この時僕は気づかなかった。僕の手をそっと掴んできた花を、花が喋った言葉を。僕はなんと言ったか詳しく聞き取れないまま、曖昧に返事をしてしまった。


「だね。本当に」


 数秒の寿命しかない夜空の花束を見ていると、不意に僕の脳裏に数日前に読んだ小説の一節がよぎった。


『宇宙は一つの大きな大爆発から出来上がったのは周知の事実だ。僕らは一つの爆発から始まったこの宇宙(せかい)の中で生きている』


 ……もしも。もしもあの夜空で咲き誇る花の数だけの宇宙があるのだとしたら。その中身はどうなっているんだろうか。僕たちは、友達の関係のままなのだろうか。




『花火』 作:灰身(はいみ) 花好(かずい)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ