花火(プロローグチラ見せ)
下駄の軽い音があちらこちらで響いている。蝉は最期の1週間を必死で駆け抜けるように鳴いている。民家の玄関に吊るされた風鈴が風に吹かれて、チリンチリンと音を風に運ばせている。夏は夏にだけ鳴る音が綺麗で、僕は夏のそんなところが好きだ。逆に嫌いなのは湿った真夏の夜の空気の匂い。土っぽい独特な匂いが鼻を嫌に刺激して、これだけは16年、あの田舎で生きてきても慣れることはなかった。
「つー、花火って何時から上がるんだっけ」
祭り会場の神社への道中、僕の数歩先をいく花が振り返る。スキップ混じりの浮かれた足は、艶やかな赤の着物を揺らしている。天真爛漫な少女が大人の女性のように着飾っていて、この日ばかりは同級生じゃなく上級生のように見えた。ポケットからスマホを取り出して時間を確認する。時刻は20:26。
「あと4分」
「そっかぁ。んー、家出るの遅くなっちゃったからなー。神社にはもう人いっぱいいるだろうし。絶景スポットは諦めるしかないかぁ」
「お前が着物の着付けし始めたのが遅かったからだろ。20時には出ようって言ったのに、20分も遅れて」
「ごめーん、思わず寝ちゃってたんだよー。今日が楽しみすぎて夜中寝れなかったのー」
そう言いながら花が僕に抱きついてくる。心臓が一回、高く跳ねるのを感じて僕は思わず彼女を引き剥がした。
「お前なあ……!何回も言うけど、その距離感ほんとやめろって!」
「?なんでさー。私とつーの仲でしょー?」
「嫁入り前のやつがすることじゃねえからに決まってるからだろ!」
「別に私は全然気にしないのにー。つーはそういうとこ厳しすぎるんだよー」
「むー」と花が膨れっ面になる。僕が気にすんだよ、と内心イラつく。無駄に顔が整っていているのが余計に腹立つ。なんでこいつは1ミリも気にしてないんだよ、僕だけ舞い上がって、こんなの僕が馬鹿みたいじゃないか。
「……ね、あと何分?」
「ん、もう30分だかr———うおっ!」
「きゃっ!」
言いきらないうちに、今まで見たことのない程の眩い閃光と爆裂音が炸裂した。一瞬で辺り一帯は煌びやかに、光り輝く火薬に照らされた。
「うわ!上がった!きれーい!」
「……うん」
夜空が燃える花畑になっている。この辺では夏、年に一度の日にしか見られない特別な花畑。
「……本当に綺麗だ」
打ち上げ花火なんて何年もまともに見ていなかった。別に嫌いじゃない。むしろ好きだ。けど、僕は手持ち花火の派手すぎず、なんとも言えない儚さの方が好きだ。僕にとっての毎年の夏の風物詩といえば、打ち上げ花火じゃなく、手持ち花火の方なのだ。今年の夏だけは、その限りではなかったけれど。
「綺麗だねぇ、次」
今まで見てきた中で一番眩しくて。大きな音が轟いて。だから、気を取られてしまった。だから、この時僕は気づかなかった。僕の手をそっと掴んできた花を、花が喋った言葉を。僕はなんと言ったか詳しく聞き取れないまま、曖昧に返事をしてしまった。
「だね。本当に」
数秒の寿命しかない夜空の花束を見ていると、不意に僕の脳裏に数日前に読んだ小説の一節がよぎった。
『宇宙は一つの大きな大爆発から出来上がったのは周知の事実だ。僕らは一つの爆発から始まったこの宇宙の中で生きている』
……もしも。もしもあの夜空で咲き誇る花の数だけの宇宙があるのだとしたら。その中身はどうなっているんだろうか。僕たちは、友達の関係のままなのだろうか。
『花火』 作:灰身 花好




