ep.1 波間の歌声
海中から見上げた水面は、揺らめきながら、きらきらと輝いている。
セレイアは眩しそうに目を細めてから、鱗に覆われた尾ひれで海水を蹴った。ほとんど海底近くから海上へ向けて、細い身体がぐんぐんと上昇する。水流を受けて紅珊瑚の髪飾りが揺れた。
ぱしゃん、と軽い水音を立てて少女の全身が海面から飛び出し、弧を描いて再び水中へと消える。数秒だけ空中を泳いだ姿は、人間の上体と魚の下半身を持ち合わせていた。
少し間を置いて、光を透く金の髪が水面を割る。鼻より上を水上へと突き出して、薄紫の瞳がきょろと周囲を見渡した。辺りに誰もいないことを確認してから、セレイアはお気に入りの岩の上へ腰かけると小さく咳払いをする。
「ふぅ……」
吐息を漏らし、軽く息を吸う音に続いて、透き通った声が響き渡った。言葉を持たないそれは独特な音階を含んでいる。まるで呼応するように、波が嬉しそうに飛沫を飛ばした。
泡のように透明な歌声は、晴天にふさわしく朗らかで、楽しげで、そしてどこか寂しげでもあった。
――リュアの民にとって、歌こそが力である。
魔力は声に宿り、感情によって増幅され、時に愛する仲間を救い、時に憎い敵を滅ぼす。
海上を走る潮風が長い金髪をたなびかせた。歌声を風に乗せながらセレイアが天を仰ぐ。
空は果てしなく広く、雲一つない紺碧に一羽の鳥の影が弧を描いた。
(遠い、けれど……聴こえているかしら……)
降り注ぐ光の眩しさに目を細め、セレイアは手のひらを空に翳してみる。細い指の間をまるで縫うように泳ぐ影に、くすりと思わず笑い声が漏れて、そこで歌は中断された。
セレイアは岩の上にうつ伏せに横たわった。濡れた脇腹に当たる海藻が少しくすぐったい。顔のそばにあった巻貝をつんと指で突くと、家主が少し迷惑そうに顔を覗かせた。
「ねえ、空って、泳げると思う?」
頓狂な質問に巻貝は答えず、岩の上から海中へと転がるように姿を消した。
不満げに口を尖らせるセレイアに、さざめく波の音だけが優しく返事をした。