ラウンド・クラブ
使用テーマ『食欲』
俺は高級ワインを注がれたグラスを片手にメインディッシュとなる食材を見つめ、この後に味わうであろうスウィートな体験に思いを馳せる。
今夜は半年振りにラウンド・クラブ【腿肉の会】を訪れていた。
この場にいるのは俺こと錫木数と俺が推薦した新規クラブ会員の待森辰巳と
料理人とその弟子と給仕と
二人の医師と三人の看護師と
こちらに身体の左側を見せた姿勢で横たわるメインデッシュのミジシという名の女だ。
ん?もちろんミジシは人間だが?
「錫木様、待森様。今夜は左右の腿肉でございます。只今より調理いたします」
「ああ、期待しているよ」
「お、お願いします」
給仕の説明に俺達が答えると給仕が合図を出す。
看護師が特殊な寝台に固定されたミジシの左腿を消毒した。
そして料理人が腿に包丁の刃を立てて
スルリと肉に切り込んだ。
「ん゛ーっ!!ん゛っん゛ん゛ん゛ー!!」
口に猿ぐつわを噛まされたミジシが声にならない悲鳴を上げる。
料理人はゆっくりと、しかし滑らかな包丁捌きで腿から薄い肉を切り落とした。
とたんに弟子が血抜き作業に入り、医者がミジシの治療をはじめた。
辺りには濃い血臭と薄い消毒薬臭という実に食欲をそそる匂いが漂う。
と、寝台がギリギリと半回転し、今度はミジシの右側面がこちらに向けられる。
そして調理は繰り返される。
「ん゛ん゛ん゛っん゛ーーっ!!ん゛え゛……」
気絶したミジシと彼女に治療を施す医療班の姿をバックに、血抜きして皮を剥がした腿肉の調理は進んでいく。
やがて腿肉のステーキが俺と待森の前に差し出される。
「旨っ!旨い!ああ、これが、これが食べたかった……」
「ああ、甘美だ。実にスウィートだね」
食後、少し落ち着いたところで待森が俺に礼を述べる。
「ああっ、錫木さん!貴方がお誘いくださらなければ僕は一生この『もう一度人肉を食べたい』願いを抱えて生きていかなければならなかったでしょう!本当に感謝の言葉もございません!」
「はははっ、そうかしこまらなくていいさ。いわば俺達は同好の士じゃないか」
「ああ、ありがとうございます……あ、そういえばなんでここラウンド・クラブ【腿肉の会】なんですかね?いや僕は腿肉好きなんで良いんですけど。ハツとかレバーとか内臓はダメなんですか?」
まあ、初心者が抱きがちな疑問だ。
「ダメだね。そんなものを取り出す手術は今回のような爽やかな血臭では済まない。悪臭が漂って食欲を無くすだろう。衛生的にも我々が病気になってしまう可能性が高くなる」
「なるほど、確かに。あ、でもそこはこの場ではなく動画で見せれば?」
これも初心者が抱きがちな疑問だ。
「目の前に出された肉が動画で施術された人物のものである保証がどこにあるのかね?若い美女の肉を喰っているつもりでババアの死肉や只の動物肉を喰わされてる可能性を否定できないだろう?」
「い、言われてみれば……では指とか脛とかは?鶏肉のレッグみたいな」
「おいおい、考えてみたまえ。腿肉をこそぎとってその後完璧な治療を施せば表向きにはわからない。しかし指1本でも失えばそれは明確な証拠となる。日本の警察の優秀さを侮るんじゃない」
だから見た目で分かるような部位を失う施術は避けなければならない。
「確かに!仰るとおりです!」
「理解してもらえたようで何よりだ」
◇◆◇
待森が帰るのを見送ってクラブの施設と繋がっている病棟に見舞いにいく。
「来てくれたの!?」
「もちろんさ!ミジシ!」
ベッドで上体を起こそうとするミジシを押し止めて俺はミジシと抱き合った。
「どうだった?今夜の私は?」
「最高だね!君ほど食欲をそそり、旨い女はいなかったね!」
「あら?それって私以外の女の味も知ってるってこと?」
「昔の話さ。それとも童貞が好みかい?」
「ふふふっ、まさか」
俺はミジシを抱き締めて口づけを交わす。
ああ、最高に愛しているよ。
マイ・スウィート。