優柔不断な悪役令嬢ですが、ツンデレ王子に溺愛されてます 〜美しい恋にするから。約束するよ。最愛の人〜
私の名前はエルノア・フィネストラ。フィネストラ公爵家の一人娘で、"悪役令嬢"と噂される女です。
と言っても、実際の私は争いごとが苦手な、ただの優柔不断な令嬢に過ぎない。誰かに責められれば言い返せず、選択を迫られればオロオロと迷ってしまう。だからこそ、宮廷の中では“人の影で動く狡猾な女”なんて誤解されてしまっているのかもしれない。
そんな私が、隣国――アルベリオン王国の第一王子、レオニス・アルベリオン殿下と政略結婚することになったのは、ほんの半月前のこと。
「公爵令嬢エルノア、そなたに我が国との平和の象徴として、我が息子との婚姻を認める」
王の言葉に、私はただ頭を下げるしかなかった。
──そう、これはいわゆる"白い結婚"。互いに愛情もなく、感情も交えず、ただ政治的な結びつきで交わされる形式だけの婚約。
そのはずだった。
けれど。
「……誰だ、あれは」
王宮の舞踏会で、私に微笑みかけてきた若き侯爵家の三男に、レオニス殿下は小さく呟いた。
「え? あの……ラフィット侯爵家のミレイユ様ですけど……?」
「あの男、何の用でお前に近づいた。なぜ笑っていた」
「えっと……? あの、たぶん、私が踊りのお相手を断らずにいるからでは……?」
「断れ」
「でも……失礼になってしまいますし」
「俺の婚約者が他の男と馴れ馴れしくされて、平然としていられるほど寛容じゃない」
不機嫌そうに言い放った殿下の横顔は、どう見ても「ツン」の一言に尽きた。
それが初めて、レオニス殿下の嫉妬を目の当たりにした瞬間だった。
──◆──
レオニス殿下は、いつも完璧な立ち振る舞いを見せる方だった。整った顔立ち、鋭い金の瞳、冷静な言葉選び。まるで氷でできた王子様。
それゆえに、私たちの関係は始終「形式的」で、必要最低限の会話しかしない。それが“白い婚約”の正しい形なのだと、そう思っていた。
なのに――
「……ミレイユ侯爵家の令息、しつこくしてこないか?」
「え? あ、はい。でも、そんなに気にされなくても」
「気にするに決まっている。……お前は、あの男のことをどう思っている?」
「ど、どうって……えっと……優しい方、だと思います」
私の答えを聞いた瞬間、レオニス殿下の顔がほんの少しだけ歪んだ気がした。
「そうか。優しい、か」
冷たく呟いたその声には、妙な棘があった。
──その夜。
「なあ、エルノア。お前は、俺が誰かに奪われても構わないと思っているのか?」
と、突然そんなことを訊ねられた。
「え……!? い、いえっ、そんな、殿下が誰かに奪われるなんて……!」
「じゃあ、なぜ他の男に笑いかける? なぜ、俺の隣で笑わない?」
「そ、それは……だって、殿下はいつもお忙しそうで……話しかけても、冷たくて……」
「俺は……不器用なんだよ」
レオニス殿下は、ぽつりと呟いた。
「お前を遠ざけていたのは、好きになりたくなかったからだ。政略のために組まれた婚約で、お前に入れ込みすぎたら……弱くなると思っていた」
「……え?」
「でも、今はもう無理だ。誰かに渡したくない。あの侯爵の男に近づかれるたび、胸が焼ける。――俺は、お前を……お前だけを、愛している」
まさか、レオニス殿下から“愛”という言葉が出るなんて思っていなかった。
「でも……私、優柔不断で、悪役令嬢だって嫌われていて……」
「そんなことは関係ない。お前の心を、ちゃんと見てる。誰よりも誠実で、臆病で、でも他人を傷つけたくないと思う優しい人間だって……知っている」
私は、その場で言葉を失った。
優しい、と言われて、涙がこぼれた。
私はずっと、自分が何者なのか分からなかった。家の名を背負っていること、誰かの犠牲になるのが当然だと教えられてきたこと。自分の意思で何かを選んだことなど、一度もなかった。
それなのに。
「俺のそばにいてくれ。政略でも、形式でもない。――お前の意思で、俺の花嫁になってほしい」
そのとき、ようやく私は気づいた。
私の気持ちを、誰よりも最初に尊重してくれたのは、彼だったのだと。
──◆──
結婚式は、アルベリオン王国の大聖堂で盛大に執り行われた。
王宮の天井に届くほどの純白のバラが飾られ、民衆は「二国の平和」と「恋の勝利」を祝福した。
私は玉座の隣に立つレオニス殿下――いえ、今では“夫”となった彼に、手を取られて誓いの言葉を捧げた。
「貴女を、永遠に愛することを誓います」
ツンと澄ました顔でそう言ったのに、指輪をはめる手は少し震えていた。
それがまた、愛おしくて――私はやっと、心から微笑んだ。
「……はい。私も、貴方を永遠に愛します」
心からの意思で、選んだ道。
かつて“優柔不断”と言われた私は、今ここで、確かに自分の未来を掴んだ。
そしてそれを、隣にいるツンデレ王子が、深く、深く、愛してくれている。
これからも、ずっと――私だけを。