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呪い呪われ回る矢印  作者: 南雲 皋
第一章《花畑ゆりあ》
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第三話

 え?と思う間もなく、次の曲が再生される。

 街中やショッピングモールでよく聞くアップテンポの曲は、嫌な気持ちを中和してはくれなかった。


 ひとまず、音は無視することに決めた。

 バクバクとうるさい心臓の音も聞こえないフリをして、適当に置いたままだった教科書やノートを拾い上げていく。

 テーブルの上に広げたままの、ぬいについて書かれた同人誌も忘れずに持っていかないと。


 さっさと必要なものをリュックに放り込み、背負った後で首元が落ち着かないことに気付いた。

 普段首から下げていた水晶のお守りを、そういえば笑歌に貸してしまったのだっけ。何か代わりになりそうなもの……と押入れの中を漁り、前に買ったままだった水晶の数珠(じゅず)を手首に通した。

 気休めかもしれないが、少しは守られているような気がした。


 ふぅ、と一つ息をして、リビングから玄関へと続く扉を開けると薄暗い廊下が目に入る。

 帰宅した勢いで家中の電気を点ければよかった。そう後悔してももう遅い。


 フローリングの床を一歩ずつ進んでいくと、玄関の扉に立てかけるようになっていたトートバックが倒れ、中からぬいが顔を覗かせていた。


 目など埋もれてしまうくらいに文字を書いたはずなのに、どうしてか目が合っている感覚がある。

 ぬいを通して、あの女と(にら)()っているような……そうだ、負けないと決めたばかりではないか。

 私はぬいを睨み付け、早足で玄関に向かいトートバックにぎゅうぎゅうと押し込んだ。


 まだ授業までは時間がある。

 どこでぬいを確認しようか少し考え、コワーキングスペースを利用することにした。

 漫画喫茶という選択肢も浮かびはしたが、極力明るく、そして目に見える距離に他者がいる空間の方がありがたかった。


 あの女を怖がっているようで(しゃく)(さわ)るが、まだあの女の生霊(いきりょう)が原因と決まったわけではない。

 ぬいに絡んだ呪いが発動して、あの女とは別の何かが呼ばれてしまった可能性もあるのだから、用心するに越したことはないはずだ。


 大通りに面したビルの三階にあるコワーキングスペースは、開放感があり明るかった。

 オープンしてからさほど経っていないのか店内も綺麗だし、ドリンクが飲み放題、料金も周辺のコワーキングスペースと比べて少し安めの設定だったので、利用客が数名いる状況だった。


 事前に空きがあることを確認していた、仕切りのある固定席の受付を済ませる。

 二時間分の料金を支払い、席に向かった。

 途中、ドリンクエリアで紙コップにホットコーヒーを注ぎ、持っていく。

 五つある固定席は一番奥だけ利用中で、私は一番手前の席に腰を下ろした。


 隣の席との間に仕切りはあるものの、個室になっているわけではないから他の利用者の姿は見えるし、気配もする。

 クリーム色の壁と木のテーブル、至る所に置かれた植物が、私を安心させてくれるようだった。


 コーヒーを一口飲んでから、ぬいを取り出す。

 髪の毛、顔、身体、着せている服、全身に書かれている文字も、記憶のままだった。

 私が作ったぬいそのもので、笑歌の要素などどこにもない。


 布用のペンで書いた『呪』や『殺』といった不吉な文字たちは、多少擦れたり滲んだりしてはいるものの、未だにしっかりとその存在を主張していた。

 丈司さんのスマホから入手したあの女の写真を嫌というほど見て作った顔。

 ツリ目で、眉毛が濃くて、上向きの鼻と不機嫌そうに歪んだ口。


 その口が、ニヤリと笑ったような気がした。


「──ッ」


 思わずぬいを放り投げると、机の上を転がって壁に当たる。転がった衝撃で、ぬいの中から何かが零れた。

 キラッと光ったそれは、笑歌が好んでネイルに使うパーツだった。


 もしかして、盗聴器以外にも入れてある?


 解いた縫い目から中身を慎重に取り出すと、ワタに交じって派手な色の髪の毛が一本あった。根元が黒く、金髪になった後、緑色で終わっている。

 メッセージアプリを開いて笑歌に聞けば、今のピンクにする前が緑だったとの返事がすぐに来た。

 であれば、これは間違いなく笑歌の髪だろう。


 同人誌には、ぬいの中身はワタとしか書かれていなかったはずなのだけれど、ぬいの外側が笑歌に全く似ていないから、補強するために笑歌絡みのものを入れ込んだのだろうか。


 ドリンクエリアにあったペーパーナプキンにパーツと髪の毛を包み、ワタだけをぬいの中に戻した。


 確かに、丑の刻参りに使う藁人形には相手の髪の毛を使うし、呪いのヴードゥー人形にも顔写真や相手の一部を入れ込む。

 相手に見立てる呪いの人形としては、あの女がやった方法の方が正しいような気がした。


 なんだか少し、腹が立つ。

 相手の方が上手(うわて)だと言われているようで、イライラした。


 深く息を吐いて、コーヒーを飲む。

 冷静にならなくては。

 盗聴器を壊したことで、向こうには予定通り呪えていないとバレているかもしれないが、まさかぬいの作成者の元にこれがあるとは思っていないだろう。

 今のうちに少しでも優位に立たないと。


 そう思っていると、スマホが震えた。

 通知を見ればサンバさんから返信が来たらしい。

 急いでSNSを立ち上げ、メッセージを開いた。



────

はじめまして、メッセージをありがとうございます。

また、当方の同人誌をお買い上げくださり、ありがとうございます。


掲載した呪物に関してですが、私は呪物を作ることだけしか興味がなく、それを用いた呪い、またその呪いへの対処法につきましては全く詳しくありません。

お役に立てずに大変申し訳ありません。


ただ、私は同人誌に掲載する際、念のため呪いの効果(というものが本当にあるのかは分かりませんが)を薄めて載せるようにしています。

自己責任と大きく注意書きをしてはいるものの、万が一自分の本が原因で人が死んだ、などといったことが起こってほしくないための措置です。


巻末に、参考文献一覧を載せていたはずでして、そこに呪いのぬいに関する情報を集めたサイトなどもあるはずです。

私が本に載せなかった情報や、同人誌発行後に書かれた情報などもあるかと思いますので、もしかしたらそちらに、なにかゆうゆう様のお役に立てるようなものがあるかもしれません。


また、一応私の知り合いにお祓いなどのできる人間がおりまして、そちらのご紹介も可能かとは思います。

ただ、あまり人付き合いの好きな方ではありませんので、最後の手段としてお考えいただけますと幸いです。


ゆうゆう様のご友人が健やかに過ごせるよう、お祈りしております。


サンバ

────



 直接サンバさんから情報は得られずガッカリしたが、参考文献については失念していた。

 リュックから同人誌を取り出してページをめくると、巻末にたくさんの書籍やサイト、ブログなどの紹介が載っている。


 どの呪物にどれを使ったかが丁寧に書かれていたので、ぬいの項目を見ると4つほどあるようだ。

 スマホの写真アプリを立ち上げ、その4つを画角に収める。文字情報を抜き出してメモ帳にコピーし、一番上のリンクをタップした。


 そこは、手作りのぬいについて詳しく説明してくれるブログだった。

 みゅんちという女性が写真や動画を多用して分かりやすくぬいの作り方を教えてくれるブログで、アクセスカウンターやコメント欄を見るにかなり人気のブログらしかった。


 しかし現在は更新を停止しているようで、一番最新の投稿と、そのひとつ前の投稿には鍵がかかっている。

 同人誌に書いてある4桁の数字を入力してみると、合っていたようで二つとも投稿を見ることができた。

 そこには確かに、同人誌に書かれているよりも具体的なことが書いてあったし、それを書いたみゅんちさんもやりすぎはやめましょうといった様子だった。


 私はいくつかの画面でスクリーンショットを撮り、次のリンクへと移動した。


 チャンネル登録者数のさほど多くないYouTuberのページだった。呪いのぬいについて配信が二件、動画が一件あり、どうやらこの人自身が呪われたようだった。

 身の危険を感じているが、なんとか生き延びることができたらしい。

 この人も現在は引退しているようで、連絡は取れないかもしれない。

 動画を見るのは後にして、とりあえず他のリンク先も確認してしまおう。


 三つ目は推し活の様子を綴ったブログだった。

 2.5次元俳優を推していて、舞台にも何度も通っていた女の子。

 その俳優さん自身のぬいに、演じるキャラの服を着せて一緒に観劇している。

 しかし、俳優さんにスキャンダルが発覚し、今までの愛が裏返って恨みに変わったらしい。

 大切にしていたぬいを呪いのぬいに変え、事務所に送り付けていた。


 最後は呪いのぬいを有償で作成代行しますというページ。

 布の裁断や糸選びなどを全て行ってその人専用のキットを作るコースと、苦手な部位だけ縫うところまで手伝うコース、ぬい自体を完全に作り上げてくれるコースまで色々なオプションが選べるようになっていた。

 オリジナルのぬいを作る業務の傍ら、裏でこっそり承けているものらしい。


 大学で使っているルーズリーフの後ろの方に、重要そうな部分をメモしたり、スクショを撮ったりしているうちに、あっという間に二時間が経過してしまった。

 慌ててスペースを出て、大学に向かう。


 授業を真面目に受ける気分には、ちっともなれなかった。

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