第十九話
気付いた時には自分の身体が床に倒れていた。
血に塗れた自分の身体を見降ろして、私は宙に浮いていた。
死んだのか。私は。
呪詛返しは失敗したということのなのだろうか。
御門先生は。
自分の身体を自由に動かせることに気付いた私は、空を飛んで御門先生の家まで行った。
玄関の前に、あの子がいた。私より先に御門先生の家に辿り着いていたのだ。
あの子が玄関をすり抜けようとした瞬間、パン! と大きな破裂音がしてあの子が吹き飛んだ。
(いやああああああああああ!!!!!!)
私の叫びは、ほんの少しの音にさえならなかった。涙も流れない。
ああ、ああ、私の、私と丈司さんの子どもが。私の光が。
家に入ることは叶わず、この悲しみや怒りをどうすればいいのか分からなかった。
しばらく経ってようやく少し落ち着いた私は、ここにいても仕方がないと丈司さんを探すことにした。
けれど、思い当たる場所にはどこにもいなかった。
私はゆりあの住所を思い出し、次にそちらへと移動した。せめてあの女だけでも苦しめてやりたいと思った。
玄関をすり抜けて室内に入ると、私と同じように死んでいるゆりあの姿があった。
私のようになっていないかと思ったけれど、ゆりあの中は空っぽで、見える範囲には誰の気配も感じなかった。
行き場のない感情を持て余した私は、姉の家に飛んだ。
こうなったら、姉に憑りついてやる。
姉をこの手で殺してやる。
姉の家に入り込み、その姿を探す。
エプロンをして台所に立つ姉に憑りつこうとした瞬間、私は暗闇に包まれた。
何が起きたのか。
訳も分からず暴れてみるけれど、暗闇から抜け出すことはできなかった。
いつまでもいつまでも、できなかった。
§
ぼくには、おねえちゃんがいました。
うまれるまえにしんじゃったおねえちゃんです。
だから、おねえちゃんにはあったことがありません。
しゃしんのなかのおねえちゃんはすごくちいさくて、おさるさんみたいだけど、かわいかったです。
ぼくはまいにち、おねえちゃんにおせんこうをあげます。
おはよーっていって、いってきますっていって、ただいまっていって、おやすみっていいます。
これはひみつのはなしです。
じつはぼくにはおねえちゃんがみえます。
でも、しゃしんのなかのおねえちゃんとはちがいます。
おとなのおんなのひとです。
おかあさんにちょっとにてる、おんなのひとです。
さいしょにみたときに、おねえちゃんなの?ってきいたら、うなずきました。
おねえちゃんは、ぼくにしかみえません。
おねえちゃんは、ときどきくるしそうにします。
おなかをおさえて、くるしそうにします。
しんぱいしてちかづこうとすると、おねえちゃんはにげてしまいます。
くびをふって、こっちにこないでってします。
おねえちゃんはしゃべれないから、わからないことがいっぱいだけど、おなかのなかによくないものがいるんだとおもいます。
よくないものがあばれて、おねえちゃんをくるしめるんだとおもいます。
そういうとき、ぼくはおねえちゃんのしゃしんのまえにいちごのよーぐるとをおきます。
ぼくがいちばんだいすきなよーぐるとです。
おねえちゃんはそれをみて、うれしそうにわらいます。
ぼくは、おねえちゃんがだいすきです。
おねえちゃんはそれをきいて、うれしそうにわらいます。
おかあさんにも、おとうさんにも、みえたらいいのにな。
「はやとー、ご飯よー」
「はぁーい!」
閉じられた日記帳の中身は、誰にも、知られなかった。




