第十七話
結局のところ、あたしには誘導することしかできないわけで。
だからあたしの思った通りに人が動いてくれた瞬間はすっごく嬉しい。
ただ部屋の中が涼しくて、視線を感じたりたまにちょっかいをかけられるくらいのあたしと違って、ゆーちゃんは結構怖い思いをしてるっぽかった。
でも、あたしには助けられない。あたしは何も知らない子だから。
ゆーちゃんから何か言ってきてくれたらできることもあるかもしれないけど、基本的にあたしは黙って守られている側の人間でいなくちゃいけない。
頑張れって応援することしかできなくて、ゆーちゃんが気合い入った声でぬいにお前の主人は自分だって言い聞かせてるのを聞いた時は思わずガッツポーズした。
いいよ! それだよ!
ゆーちゃんがどれほどそういうことができる人なのかは分からないけど、呪いって結局は気合いっしょ?
あたしのために頑張ってほしいな、マジで。
ゆーちゃんは、奥さんのぬいをもう一つ作っているようだった。サンバさんからもらった資料で本物のぬいの作り方を知ったからかな?
どうせならきちんとしたやつを作ろうとかそういうこと?
どうも、ゆーちゃんは本物を自宅保管して、偽物を送り付ける作戦を取ったっぽかった。本物のぬいが奥さんの手元になかったら、呪詛返しも成功しないだろうってことみたい。頭よすぎ。
さすがゆーちゃんだなって惚れ惚れするけど、あたしの計画的にそれじゃ困るんだよね。
どうしよっかなあ。
どこかタイミングを見て、ゆーちゃんの持ってる本物の呪いのぬいを回収しなくっちゃ。
ゆーちゃんの方はいいとして、問題はじっくんの奥さんだった。どうも最近、別の方向を向いちゃってるっぽいんだよね。
あたしに呪いのぬい送ってきたときは何かと思ったけど、ゆーちゃんのことを奥さんにバラさないようにって気を使ったのはあたしだったのを思い出した。
おかげで、じっくんとラブラブで奥さんのことを邪魔に思う可能性が高いあたしが、呪いのぬいを送り付けたって思ったんだね。そりゃそうだ。
あたしにぬいを送り返した後、奥さんは自分のお姉ちゃんを呪い始めた。
あたしは一人っ子だから奥さんの気持ちはさっぱり分かんないんだけど、実の姉をめちゃくちゃに呪うことってあるんだなあ。
まあ、家族だと滅多なことじゃ離れられないのかな?
呪っちゃうくらいしかやれることってないのかも。
とはいえ、奥さんにはゆーちゃんを呪ってもらわないと困る。お姉ちゃんよりもゆーちゃんにヘイトを向けてほしい。
あたしはゆーちゃんの家でゲットしておいた髪の毛をビニールに入れ、奥さんに手紙を書いた。
これを読んでゆーちゃんのことが呪いたくなったらいいなあって思ってると、なんだか奥さんの様子がおかしい。
よく分かんないけど、苦しんでるっぽい?
これってもしかしてゆーちゃんの呪いが効いてるのかなあ。
そうだといいなあ。
とはいえ、呪いが効きすぎて先に奥さんが潰れちゃったら困るから、あたしは慌てて手紙を出した。
たぶん今なら、奥さんを苦しめてる呪いの原因はゆーちゃんなんだよって教えてあげるだけでイける気がした。
手紙を書いている最中、サンバさんから電話が掛かってきた。なにかと思ったら、また呪いのぬい絡みでメッセージが来たのだという。
なんてアカウントから来たのか確認すると、全然動いてない捨て垢かと思うくらいのアカウントだったんだけど、話を聞くにどうもじっくんの奥さんっぽい。
お姉さんの呪いのぬいを作ってるときに参考にしてたアカウントの子からの紹介で、ぬいの呪いについての問い合わせをしてきたらしかった。
奥さんじゃない可能性も考えつつ、とりあえず御門先生を紹介するようにお願いした。御門先生に依頼メールをするときには本名を名乗るだろうし、そこで別人だったら無視してもらおう。
その後で御門先生に確認したら、やっぱりじっくんの奥さんだった。ラッキー!
一番の難関だと思ってた御門先生への依頼が、こんなにも簡単に済むなんて。
やっぱり、あたしは運がいい。
星占い1位、信じてよかった~。
こういうのって、一個上手くいくとダダダッと勢いで全部上手くいく感じあるよね。追い風が吹いてるっていうんだっけ?
手紙を見た奥さんは、無事にゆーちゃんを呪う気になってくれた。
よかった。これで最低ラインはクリアできたかな。
あとは奥さんが呪いのぬいをゆーちゃんに送り付けてくれるかなんだけど、きっと大丈夫。
今のあたしは天に愛されている!
ゆーちゃんの呪いが効いたおかげなのか、あたしをずっと見ていた気配が揺らいでいた。ゆーちゃんとの情報共有もしておきたいし、せっかくだから呼び出すことにする。
視線がゆらゆらしてる、みたいなざっくりしたことしか言わなくても、ゆーちゃんはあたしのところに来てくれる。愛だね。
久しぶりに会ったゆーちゃんは、びっくりするほど痩せていた。
「しばらく会わないうちに痩せたね?」
奥さんの呪いのぬいはちょっと前に完成したばっかりだったと思ったけど、こんな即効性があるもんなの?
ゆーちゃんが死んだら困るんだけど、どうしたらいいんだろう。
そんなことを考えながら、ゆーちゃんと会話をする。
あたしの近くにいるっぽい何かを、ゆーちゃんも感じ取ってるらしい。
ゆらゆらしてるっていうのも分かってくれた。これって何なんだろうなあ。
奥さんが苦しんでるのは知ってたから、それの影響を受けてる感じなのかな。
ぽろっとゆーちゃんがこぼした言葉を拾うと、あたしに呪いをかけてきた相手に対してやってることがあるって教えてくれた。詳しいことは掘り下げて聞かないけど、あたしは全力で応援してるよ!
ゆーちゃんはうちに来る前にシャワーを浴びてたから、今日は一緒に入るのを諦めた。たぶんガリガリになってるであろう服の下を、見たくなかったっていうのもあるかも。どんなゆーちゃんでも大好きなことに変わりはないんだけど、ゆーちゃんが苦しんでるのを目の当たりにするのがしんどかった。
ごめんねゆーちゃん。でも、きっともうすぐだからね。
頑張って、奥さんを呪ってね。
翌日、ゆーちゃんより少し早く起きて支度をしているとインターホンが鳴った。玄関から出ると、配達員さんから小ぶりの段ボールを渡される。
伝票に書かれた住所はここなのに、宛先がゆーちゃんになってた。
なにこれ? って首を傾げて、中身に思い至る。もしかして、あたしが待ってたものかも。
段ボールを受け取って、開けていいかあたしに尋ねるゆーちゃんに、思ってもないくせに「不審物みたいな感じでケーサツ持ってったりとかしなくていいの?」とか言ってみる。
ゆーちゃんは大丈夫だといって、箱を開けた。
そこにはあたしの予想通り、ゆーちゃんそっくりの呪いのぬいが入っていた。
待ってました!
「え……え、あ、……なんで……?」
ゆーちゃんの顔が困惑に歪む。そうだよね。なんで自分にそっくりのぬいが奥さんに作れるのか不思議だよね。
あたし、ゆーちゃんの写真ならいっぱい持ってるんだあ。
うちに遊びに来る度に、髪の毛も大切に集めてとってあるんだあ。
今までのゆーちゃんへの愛が実になっているように思えて嬉しかった。
「ゆーちゃん!」
過呼吸になりそうなゆーちゃんに声をかけて、優しく介抱した。ごめんね、ごめんね。驚かせて、怖がらせてごめん。でもあと少しだから、許してね。
正気に戻ったゆーちゃんが、ぬいを自分のリュックに突っ込む。届いた段ボールの中を確認していたけれど、ぬい以外にめぼしいものは入っていないようだった。
そもそも、なんであたしの家に送りつけてきたんだろう。ちゃんと住所も教えたのに。
まあ、進捗状況が聞かなくても分かって良かったけど。
「それ、持って帰るの……? 大丈夫……?」
大切な呪物だから、大事に持ち帰ってね。自分にそっくりのぬいに動揺していたゆーちゃんだったけど、すぐに対処しようと動くとことか大好きだよ。
計画のために残ってる条件は、ゆーちゃんと御門先生に繋がりを作って、呪詛返しを依頼してもらうこと。そして、ゆーちゃんが持っているに違いない本物の呪いのぬいをゲットすることだけだ。
大丈夫。絶対上手くいく。
だってここまでめちゃくちゃいい感じに来てるんだもん。あたしの想像以上に、上手くいってるんだもん。
待っててね、ゆーちゃん、じっくん。
いつでも動けるように支度していると、サンバさんから連絡が来た。
どうやらゆーちゃんはサンバさんにメッセージを送ってくれたらしい。自分が呪われたから、呪詛返しがしたいと。
さすがゆーちゃん。呪物が手に入ったからってすぐに思考が呪詛返しに向くところ、ホントたすかる。
サンバさんに御門先生の連絡先を送るようお願いして、あたしはスケジュールの確認をした。
きちんと毎日計測して記録している基礎体温。排卵日や生理予定日の確認のできるアプリを立ち上げて、直近の排卵日を確認する。
ここが一番重要なポイントだ。絶対に妊娠できる日にしないと。
あたしは関係者全員のスケジュールと睨めっこして、一番条件がいい日を選んだ。
エックスデーって言うんだっけ、こういうの。
ちょっとワクワクしてきたかも。
まだゆーちゃんの作った本物の呪いのぬいをゲットする目処が立ってないから確実なことは言えないけど……でも、長引くとそれはそれで面倒だなと思った。
あたしの次の排卵日まで二人が生きてるかも分からないし。
うーん、と唸っていると、ゆーちゃんからメールが来た。
『笑歌に話したいことがあるんだけど、今から来られる?』
あたしに言いたいことって何だろう。
分からないけど、ゆーちゃんの家に入れるのは好都合だ。
ゆーちゃんが呪いのぬいを箱に入れて保管しているのは知っている。家にさえ入れれば、それを手にいれるチャンスもいっぱいあるはず。
『すぐ行く!』
あたしは小さなカバンひとつ持って家を飛び出した。
厚底サンダルで地面を蹴って、暑さも気にせずダッシュでゆーちゃんの元へと向かうのだった。




