第十六話
御門先生の家に行くと、あたしが来るタイミングが分かってたみたいにインターホンを押す直前に玄関から出てきて笑った。
つるつるの頭、柔和な顔。パッと見は優しそうなおじさん……おじいさん?
ギリギリおじさんでもいけるかなってくらいの感じ。
若い女の子を食いまくってるなんて思わないよね~。脱いだらすごいって思わせたいらしくて、わざとおじいちゃんっぽい服装をしてるんだって。ウケる。
まあ確かに、肌とか結構ハリがあるんだよね。骨と皮って感じじゃないし、カサカサもしてないし、目つぶって抱かれてたらおじさんかなって思うくらいの肌をしてる。
若い女の子から生気を吸い取ってるんじゃないかなって思った時あるけど、なんかあながち間違ってなさそうな気がした。
「いきなりどうしたの、ビックリしたよ。最近会ってくれなかったのに」
「んー、ちょっと聞きたいことがあって。あと、もしかしたらお願いしたいことも?」
「ふうん。とりあえず入って。冷たい麦茶と水どっちがいい?」
「むぎちゃー」
キッチンに向かう先生の後ろ姿を見送って、あたしはリビングのソファに勝手に座った。先生はあたしが自由気ままにすると悦ぶヘキがある。マジでドMでキモい。
レース生地でできた靴下を脱いで放り投げると、差し出された麦茶を一気に飲んだ。
キンキンに冷えた麦茶があたしの喉を通って胃袋に落ちていく。その間、先生は床に落ちた靴下を拾って、丁寧にしわを伸ばして重ね合わせ、畳んだ。
「これ、くれる?」
「いーよ」
マジで変態だな~と思いながら、あたしの隣に座ってポケットに大切そうに靴下をしまった先生に事情を説明する。
「ずっと好きな子がいるって話はしてたじゃん?」
「ゆーちゃん、だっけ」
「そうそう。んでね、もうひとりできたの、好きぴ」
目を丸くして、それから「もしかして……」とか言いながら自分を指さす先生に爆笑した。んなわけねーだろ。
「じっくんって言うんだけど、実は既婚者でさ。でも奥さんから、外に赤ちゃん作って来いって言われてんのね」
さすがの変態も、これには驚いていた。「羨ましい……」って呟いてて、マジでなんでもありなんだなって思う。寝取られ願望だけじゃないんだね。
奥さんの身体のことを話すと少しだけ悲しそうな色を浮かべたけど、それもすぐに消えていた。
「赤ちゃんの魂を、外で作った赤ちゃんに移すんだって。そんなことできんの?」
「まあ、条件がそろえばできると思うよ」
「条件?」
「話を聞くに、その奥さんには霊感がありそうだし、赤ちゃんの魂も見えているんじゃないかな。で、赤ちゃんの魂自身にも力がある。もともとの魂を追い出して居座るくらいの力が」
「ふ~ん……。それってさ、せんせーもできる? 例えばここに誰かの魂があるとして、それを赤ちゃんに入れるの」
「できるよ」
先生は、なんてことない風に頷いた。あたしは嬉しくなって、先生にもたれかかる。先生の鼻息が荒くなって、あたしがもたれてない方の腕をこっちに伸ばしてきた。
あたしは先生の手を取り、自分の胸に誘ってやる。
「あのね、あたし……」
言おうとした言葉が先生の唇で遮られる。遊んでるだけあって先生のキスは上手い。あたしは先生のことを動くオモチャだと思ってたんだけど、今日からそこに使える霊能者って肩書が増えた。
冷房で冷えた肌を、先生の熱い手がなぞって服を脱がしていく。荒い呼吸を聞きながら、それを縫ってあたしのお願いを口にした。
「…………った赤ちゃんが産みたいの」
「あぁ~……ほかの男との間にできた赤ちゃん……いい。いいよぉ、えみかちゃん、なんでもやるよぉ。その代わり、妊娠中も遊んでくれるよね」
「マジできもいね。でも、成功したら……一回だけ、遊んであげる」
「任せて」
全然決まってないドヤ顔をして、すぐあたしの身体に舌を這わす御門先生。
本当にすごい霊能者なのかな?
あたしの前ではただのエロおやじすぎて未だに疑問なんだけど、でもたくさんの女の子が助けてもらったって言ってたし、あれはきっと嘘なんかじゃなかった。
ほかに繋がりがある霊能者なんていないし、御門先生を信用するしかないんだけど。ほんと、頑張ってよね。
全部が上手くいったら、御門先生とはバイバイしよう。
もう別に大学に行く理由もないし、あたしのことを誰も知らないところに行って、愛する赤ちゃんと一緒に暮らそう。
そうして計画を練っていたところで、また予定外のことが起きた。
奥さんが、あたしを呪ってきたのだった。
じっくんとのデートから帰ってきたあたしが見たのは、玄関に貼られたキモい貼り紙。そして、ゆーちゃんが作ったに違いない呪いのぬいだった。
「えぇ~、やめてよ~。え、なに? なんであたし? どゆこと?」
奥さんがゆーちゃんの作ったぬいを見つけたっぽい声は聞こえたけど、その後ぬいに関しての会話は聞き取れてなかった。だから何を思ってあたしを呪ったのかは分からないんだけど、このままじゃあたしの計画が台無しだ。
考えろ、考えろ、考えろ。
あたしの脳みそはこれ以上ないってくらいに回転して、そして答えを叩き出した。
ゆーちゃんに助けを求めるという答えを。
「ねぇ、あたし呪われてんだけど〜!」
また何も知らないフリをして、ゆーちゃんに電話を掛ける。優しいゆーちゃんはあたしを心配してくれるよね。明日の授業は午後からしかないって知ってるよ。ゆーちゃんから言ってくれなかったらあたしが誘おう。
怖いから一緒に来てって。
ゆーちゃん自身にあのぬいを確認してもらいたいって思ってしたヘルプ電話だったけど、ラッキーなことにゆーちゃんからオカルト趣味のカミングアウトまでいただけた。
ついに!
教えてくれたね!
嬉しーい!
「えー! ゆーちゃんに相談してよかった! 専門家みたいなもんじゃん! つよー!」
「いや、素人だから役に立てるかは分かんないよ。一応、調べてみるけど」
「あたしより断然プロ、最高。助かる」
嬉しすぎて抱きついちゃったけど、にやけた顔が隠れてちょうどよかった。
優しいゆーちゃんはあたしにお風呂を譲ってくれようとしたけど、ここぞとばかりに一緒に入ることを提案する。
ゆーちゃんの、ガリガリでもなくぽっちゃりでもない、平均的な身体も大好き。ゆーちゃんとじっくんの子どもも見たかったなあ。絶対可愛かったよ。
男の子でも女の子でも、あたしの子とめっちゃ仲良しになってほしかったのに。
まあ、しょーがない。
起こってしまったことは無かったことにはできないんだもん。
今は、新しく考えた作戦が上手くいくように頑張ろう。
あたしの期待通り、ゆーちゃんは家についてきてくれた。
あのぬいを見てどんな顔をするかもちょっと興味あった。ゆーちゃんの目が見開かれて、何でここにって感じの表情を浮かべて、すっごくすっごく可愛かった。
ああ、あたしの前では余裕ぶるゆーちゃんの表情が揺れるところってめちゃくちゃイイ……!
御門先生のこと変態って言うけど、あたしも大概だよね。知ってる。
でもそれがあたしだから。変わらないよ、ずっと。
ゆーちゃんと家に入ると、やけに涼しかった。
クーラー切り忘れたかな?って思ったけど、ついてない。
え、これってもしかして、あたしガチで呪われてる?
ゆーちゃんは気付いていないのか、換気するって言って窓を開けている。
とりあえず、いきなり殺されるみたいなことはなさそうだけど……。
こんなことなら先生にお守りでももらっておけばよかった。最悪、電話を掛けたらいいのかな。
そんなことを思いながら、ちょっと緊張して麦茶のパックと格闘していると、ゆーちゃんはなにやらぬいをごそごそしている。少しして、ゆーちゃんが流しにポイと投げたのは、あたしにとって馴染み深いものだった。
「それ、なーに?」
聞かなくても、知ってる。
「盗聴器」
ですよね~。
顔を顰めたあたしを、ゆーちゃんはどう思っただろう。奥さん、ぬいの中に盗聴器仕込んだんだ。でも、呪いのぬいなんて存在自体が不自然なものに盗聴器なんか仕込んでも意味ないのに。
別に盗聴したかったわけじゃないのかな?
まあいっか。そこはどうでも。
そんなことを考えていた私の耳元に、ふぅ……と息を吹きかけられた気がした。反射的に耳を手で押さえ、後ろを見るけれど何もない。
とっさにコバエがいるのかもって言ったけど、やっぱこれ、呪いのせいだよね。
マジかー、ガチかー。
ヤバいようだったら御門先生のところ行こうかな。
あたしにも霊感、あるんだなー。
ゆーちゃんは呪いのぬいを持って帰ってくれた。
呪いがあたしに向いたのは予想外だったけど、これで軌道修正はできただろうか。
呪いのぬい自体があたしの家からなくなっても、相変わらず涼しいままだった。
もう昼近くなり、外の気温もかなり上がっているだろうに、換気のために開けた窓から熱い風が吹き込むこともない。
「節電できるからいっか」
ごろんとベッドに転がって、スマホをぽちぽち弄っていると電話が掛かってきた。
画面にはサンバ@二木さんの文字。
「はいはーい、どうしたの?」
『ゆうゆうってアカウント、お友達なんだよね? メッセージ来たよ。呪いのぬいの解呪方法を教えてくれって』
「おー、なんてメッセ来た? 読んで〜〜」
どうやらゆーちゃんは、自分が作ったぬいだってことを言わずに相談メッセージを送ったっぽかった。なるほどね〜。
あたしはサンバさんにゆーちゃんへの返事の内容を指示する。
といっても別に普通のお返事だけどね。サンバさんが解呪方法を知らないってのは本当だし。あの本を書くために調べた情報源を教えてあげるだけ。
ゆーちゃんには、本物を作ってもらわなきゃいけないから。
謎に、今の呪いのぬいも本物っぽくなってるけど、本来あれはただの偽物なはずなんだから。
もしかしたら奥さん、プロなのかなあ。
赤ちゃんの魂を操ってるっぽかったもんね。マジかー。
ゆーちゃん頑張って。
あたしの計画が成功するためには、二人の呪いが必要なんだから。
二人のガチの呪いの矢印が、お互いに向き合っていてもらわないといけないんだから。




