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呪い呪われ回る矢印  作者: 南雲 皋
第二章《原沼茉莉奈》

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第十二話

『私そっくりで驚いたよ!これ手作りでしょ?すごすぎ。時間かかったんじゃない?本当にありがとう。あの子も絶対喜んでる』


 写真付きで送られてきたお礼のメッセージ。それが表示された画面のまま、私はスマホをベッドに叩き付けた。

 自分自身も、朝起きた時の状態のままぐちゃぐちゃなベッドに倒れ込む。


 うるさい。うるさい。

 私がそれにどれほど針を刺したか知らないくせに。

 私がそれにどれほど恨み辛みを込めたか知らないくせに。

 お前の子どもを道具のように使っているなんて思いもしないくせに。

 笑うなよ。笑ってんなよ。

 悲しみから立ち上がるなよ。

 そのままずっと、光の届かない場所に沈んでいけ。


 ああ、私の光。

 この子だけだ。私の光。

 早く、早く抱きしめてあげたい。

 丈司さんの血を分けた肉体をあげたい。

 早く。早く。


「ねぇ、最近どうなの? ちゃんとやってるの?」


 帰宅して夕食を食べ終えた丈司さんをソファに座らせ、定めたパターンで肩や腕に触れていく。

 丈司さんの瞳が一点を見つめたまま動かなくなって、「ちゃんとやってるよ、大丈夫」と返事が聞こえた。


「丈司さん、まだこの子が見えないの?」

「見えない」

「愛が足りないのよ。悲しんでるわ、この子。あなたの周りをくるくる回ってる」

「ごめん」


 目の前を何度も行き来するこの子が、丈司さんの瞳に映ることはなかった。この子が見えたなら、丈司さんだってもっとやる気になってくれるに違いないのに。


「ねぇ、丈司さんも若くないのだし、もう一人くらい母胎候補を見付けてもいいのよ? 笑歌よりいい子なんてたくさんいるでしょう?」

「い、ない。見付からない」

「……そんなだからこの子が見えないのよ。どうして諦めるの? もっと真剣になって。この子だっていつまでここにいられるか分からないんだから!」


 思わず声を荒らげてしまい、慌てて丈司さんを目覚めさせる。寝室へ送り出したあと、私は溜息を飲み込んで残っている家事をこなした。


 肩が重い。身体がダルい。


 溜まった洗い物を片付けながら、姉のぬい作りに熱中するあまり、近頃は丈司さんの身の回りを整えることすらできていなかったと反省する。

 丈司さんにやれと言う前に、私がきちんとやらなくては。

 クローゼットにかかったスーツやシャツのしわを確認し、ヨレたものは捨てて新しいものを買う。丸まったハンカチやガムなんかがごちゃついたカバンの中身を整理している最中、私の手に柔らかなものが当たった。


「…………!」


 それは、ぬいだった。

 私を模したぬい。河合笑歌に送り返したはずのぬいだった。


 いつから入っていたのだろう。

 このところ感じていた身体の不調は呪いのせいだったのだろうか。


 前にぬいがカバンに入ってきた時にはこの子たちが激しく反応したのに、どうして今回は何も教えてくれなかったのだろう。

 私の調子が悪いからか、それとも姉の子がいないからか、相手が呪いをうまく隠す術を見つけたとか、色々考えられはするものの、どれが真実かは分からなかった。


「誰ッ?!」


 開けっぱなしにしてあった寝室の扉の前を、誰かが横切ったような気がした。

 慌てて廊下に出るが、誰もいない。そもそも、私と丈司さん以外に人はいないのだ。この子はそばにいるし、なら、姉の子?


 そうだ。このぬいが戻ってきたということは、そこに入れていた姉の子だって一緒に戻ってきたのでは?

 もしかして何かしくじって、そのせいで私から隠れているのではないか。そう思い、ぬいを手に持ってリビングへ向かった。


「帰ってきたの? 何かあったの? 怒らないから出てきてちょうだい」


 薄暗いリビングの隅に、人影があった。

 思わず一歩後ずさるが、姉の子が私の姿を真似ているに違いない。


「ねぇ、驚かせないで。何してるの?」


 動かない影に、ゆっくり近付く。

 ダイニングテーブルに隠れて見えなかった下半身が見えた時、私は違和感に立ち止まった。


 ()()()()()()()


 姉の子じゃ、ない?

 それならこれは。


 脚が震える。

 違う。大丈夫だ。こんなの。大したことじゃない。


 女の顔は、私にそっくりだった。

 女の胎は、私にそっくりだった。

 あの子を失った日の、私にそっくりだった。


「やめて」


 べちゃっ


 何かが女の股の間に落ちる。


 べちゃっ、べちゃっ


 目が、耳が、小さな手が、小さな足が、赤子を形作るパーツがバラバラになって肉片になって血と、臓物と、ぼとぼととこぼれ落ちる。


「やめてっ!」


 胎が萎んでいく。

 今の私のように。


 転がる肉片がぐにぐにと(うごめ)いて、必死に人の形に戻ろうとする。


「やめてぇぇ…っ」


 私は耐えきれず女に向かって飛びかかった。私の身体は女をすり抜け、壁にぶつかって腕が痛む。


 振り返ると、女の胎がゆっくり膨れていくところだった。股の間から産み出されたものが胎内に戻っていく。


 ずっと、繰り返すのか。


 私は絶望した。頭が痛い。ガンガンと痛む頭を抱えてソファに逃げるように腰掛ける。

 これも、呪いなのか。私にこんなものを見せて、こんなものが。


「ああああっ!」


 許せない。私だけじゃなくこの子まで侮辱して。絶対に許さない。


 ぬいから盗聴器を取り出そうとして、それが自分の仕込んだ機械ではないことに気付いた。

 調べてみるとGPSで、私は慌ててそれを破壊する。


 私に似たぬいを作れるくらいだから、多少なり情報は握られていると思っていたが、露骨にこういうものを仕込まれると嫌な気分になる。


 家の住所と……丈司さんの会社の住所を知られたのだろうか。

 現実に何かしてくるというならやればいい。丈司さんはともかく、私は完全な被害者の立ち位置でいられるのだから。


 とはいえ、この体調不良が長く続くと私が先に参ってしまう。

 呪いのぬいによって呪われた場合、何か対処法はあるのだろうか。

 少し調べてみたが、よく分からなかった。


 私はSNSを立ち上げ、ぬい作りの参考にさせてもらったアカウント宛にメッセージを送ってみることにした。


 この手のぬいに呪われた可能性が高いこと、どうすればいいのか知っているかという問いに、その日の夕方には返信があった。



────

メッセありがとうございます

でも私、何も知らないんです、ごめんなさい

でも、私にぬいのことを教えてくれた人なら何か分かるかもしれません

この人です

サンバ@自作呪物愛好家(アカウントID)

────



 教えてもらったアカウントを検索してみる。

フォローボタンを押すと、すぐにフォローバックされた。開放されたメッセージのページから、呪いのぬいを自分に対して使われた場合の対処法について何か知っていたら教えてほしい旨のメッセージを送る。


 少し前に作ったばかりで何も投稿していないアカウントだったため、いたずらだと思われるかもしれないと心配したが、翌日の夜に返事が来た。



────

HM様。

ご心痛お察しします。

私の知り合いの霊能者をご紹介いたしますね。

御門大門先生です。

(メールアドレス)

HM様のことは話しておきますので、私の紹介である旨をタイトルに入れて連絡してみてください。

忙しい方ではありますが、親身になってくれるかと思います。

────



 すぐにメールを送ったけれど、やはり多忙な先生なのか返事はなかった。

 とはいえ他に頼るところもない。

 ネットで、呪われてしまった場合の対処をしてくれる人について調べてみても、なんだか怪しい除霊師と口コミばかりが出てきてよく分からなかったし、とにかくこの人からの返事を待とうと決めた。


 それまでは何とか耐えなくては。


 相変わらず、視界の隅で妊娠と死産を繰り返す女の影から目を背ける。

 昼夜問わず私のいる部屋に現れる女に、私の精神はひどくすり減らされていた。


 そんな日々の中、ぬい以外に何か行動を起こしてくるかと覚悟していたところに、送り主不明の手紙が届いた。

 私宛ての封筒。笑歌が何かを送り付けてきたのかと封を切ると、写真と手紙、そして小さなビニールの保存袋に入った髪の毛が出てきた。


「なに、これ」


 写真には丈司さんと、私の知らない女が写っていた。


 同封されていた手紙には、丈司さんには河合笑歌の他に女がいること。写真の女、花畑ゆりあが私を呪っていることが書かれていた。

 ご丁寧にゆりあの住所付きで、保存袋に入った髪の毛は彼女のものだという。


 笑歌とゆりあが並んで歩いている写真もあった。

 そうか、こいつらはグルなんだ。二人で結託(けったく)して私を排除しようとしているのだ。


 そもそも、これを送りつけてきたのは誰なのか。

 どうしてこの間、丈司さんはこの女のことを口にしなかったのか。

 気になることはいくつもあったけれど、もうそんなことはどうでもよかった。


 私に、この子を失った日を何度も何度も何度も何度も見せてくる女はこいつか。

 こいつが、あれを。


 念の為、帰宅した丈司さんに何も言わずにゆりあと腕を組んでいる写真を見せた。


「あれ? ゆりあだ。どうして君がこんな写真を?」

「どうしてじゃないわ。あなた、笑歌の他に女はいないって言ったじゃない」

「そんなこと言ったかな。あれ? ゆりあ……ええと、俺は」

「もういいわ。あなたがこの女のことを知っているんだって分かったからもういい」


 私のやることは決まっていた。


 呪ってやる。この女を呪ってやる。

 姉のぬいを作るのに使った布と糸が、そのまま流用できそうな女だった。

 身長は丈司さんとの対比で類推する。顔がアップになっている写真も入っていたから、顔の刺繍についても問題なかった。


 完成したぬいは笑歌の家に送ってやろう。

 私が真実に気付いたのだと分からせてやろう。


 私を苦しめる呪いが解けたら、もう笑歌を自由にさせるのは終わりにすると決めた。


 空き部屋はある。閉じ込めて、管理をしてあげよう。

 そうだ。最初からそうすればよかったんだ。


 己の手を汚すことを躊躇(ためら)って、そのせいですべてが無駄になっては意味がないではないか。


 この子のために。やらなくては。


 完成したゆりあのぬいの全身に、マジックで呪いの文字を刻んだ。


呪呪死殺苦死死殺呪呪呪死殺苦死死殺呪呪呪死殺苦死死殺呪呪呪死殺苦死死殺呪苦殺殺死殺苦死死殺呪苦殺殺死殺苦死死殺呪苦殺殺死殺苦死死殺呪苦殺殺死呪死殺苦死死殺呪呪呪死殺苦死死殺呪呪殺苦死死殺呪苦殺苦死死殺呪苦殺苦死死殺呪苦…………

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