表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
呪い呪われ回る矢印  作者: 南雲 皋
第一章《花畑ゆりあ》
12/24

第八話

────

初めまして、御門大門と申します。

ご丁寧なメールをありがとうございました。

あなたの置かれている状況の断片は理解いたしました。

つきましては、お手隙の際に下記の番号へ電話をいただけますでしょうか。

具体的な日程等の調整をさせていただければと存じます。

(電話番号)

────


 私はすぐに先生に電話を掛けた。スピーカーのマークを押すと、部屋にコール音が鳴り響く。

 何回目かのコール音のあと、年配の男性の声が聞こえてきた。


『はい、御門でございます』

「あ、花畑です、メールをいただきました、花畑ゆりあと申します」

『ああ、花畑さまですね。お待ちしておりました。電話越しでもよく分かりますよ。お辛いですね。なるべく早く対応したいとは思っているのですが、こちらもなかなか予定が立て込んでおりまして……ただ、三日後の月曜日、午後五時にこちらにいらしていただけるのであれば、お受けできるかと』

「お、お願いします……!」

『分かりました。お送りしたメールに住所も記載しておりますので、そちらにいらしてください。あ、今どなたかと一緒におられますね? こちらへ来る時は、一人でお願いします。こちらの最寄り駅までは付き添いの方がいらしても問題ありませんが、そこからはおひとりで、できますか?』


 一瞬、一人で歩けるのかと不安に思った。けれど、笑歌のおかげで多少体力も回復しつつある。時間に余裕をもって家を出れば大丈夫だろうと頷いた。


「大丈夫です。分かりました」

「あの、何を持っていけばいいですか?」


 笑歌が、私の横から顔を伸ばしてスマホに向かって尋ねる。

 急に発言したにもかかわらず、先生は調子を変えずに返事をしてくれた。


『呪物だけで結構ですよ。依頼料等は後ほど請求させていただきますので、当日は特には』

「はい、分かりました! ありがとうございます!」

『ああそうだ、恐らく出歩くのもお辛いかと思いますので、家を出る前にお電話をください。少しお助けします。それでは、当日までどうぞ持ちこたえてください』


 電話が切れ、静寂が部屋を包む。

 笑歌は私のリュックから中身をすべて取り出すと、タオルに包んだぬいを入れた。


「これだけ持っていけば大丈夫、おけ!」

「ありがと、聞いてくれて。全然頭回らなくてごめん」

「何言ってんの! しょーがないって、あたしにまかせて! って言っても、最寄り駅までしかついていけないけど」

「ううん、心強いよ」


 約束の日まで、まだこの視線に耐えなくてはいけないのだ。

 日に日に存在感を増す視線は、笑歌にも完全に分かるほどになっていた。二人とも視線に気付けるからといって何ができる訳でもなく、ただひたすらに耐えるしかなかったが。

 しんどくなったら二人で手を繋ぎ、目を瞑って時が過ぎるのを待った。


 何かをしようとすると近付いたり離れたり、頭痛や胸の痛み、息苦しさなどはあるものの、直接殺しに来るわけではないのでギリギリ持ち堪えられたように思う。


 笑歌の存在と、そして私の中に燃えるあの女への恨みが私を生かしていた。


 先生のメールに書かれていた住所は、池袋の繁華街から少し外れたところにあった。


 当日、出発前に電話をすると、小声で何やら呪文を唱えられた。その瞬間、私を至近距離で見つめていたモノが弾けて消える。


「えっ」

『長くは持ちませんが、移動中くらいは守れると思います』


 久しぶりのくっきりとした視界に、歩く力も湧く気がした。池袋までは笑歌に付き添ってもらい、そこからはひとりになる。


「頑張ってきて……! あたし、一回じぶんちに帰るね。スマホは肌身離さず持っとくから、何かあったら連絡して!」

「うん、行ってくる」


 軽いリュックを背負い、改札を出た。

 人の流れに乗って東口へ、そこからはゆっくりと、転ばないように足を進めた。


 交番の前を通る時、なんとなく緊張して息が浅くなった。別にどうということもない。ただ歩いているだけだ。

 リュックの中に気味の悪い人形が入っていたとしても、何も問題はないのだし。


 どんどん人気がなくなっていって、静かな住宅街に入っていく。その中に佇む一軒家に、御門と書かれた表札が下がっていた。


 インターホンを押すと、少しして門の向こうの玄関が開く。つるりとした頭の優しそうなおじいさんが顔を覗かせ、微笑んで頭を下げた。


「いらっしゃい、お待ちしておりました。どうぞ」

「お、お邪魔します……」


 玄関でスリッパに履き替え、案内されるがまま客間の一人掛けソファに座る。

 出されたお茶を口にして、はぁぁと深く息を吐いた。


「本当にお疲れ様でした」

「いえ、あの、守ってくださってありがとうございました。おかげでここまで来られました」


 この人なら、きっとあの女にしっかりと呪詛を返してくれるに違いない。私は期待を胸に、呪いのぬいを取り出してテーブルに置いた。


「ああ、確かにこれは呪物そのものですね。これでしたら問題なく呪詛返しができると思いますよ。ご安心くださいね」

「は、はい……よろしくお願いします……」


 それから差し出された紙に自分の名前を書いた。先生が私の手を取り、断りを入れてから針を刺した。ぷつりと浮き出した血を一滴、名前の下に染み込ませる。


「ありがとうございます。では、ご自宅へお帰りください」

「え……?」


 一瞬、何を言われたのか分からなかった。聞き返すと、先生の口からはっきりと家に帰るように言われてしまう。


「えっと……どうして……」

「花畑さまは理解してくださると信じて端的に申しますとですね、私が力をお借りしている方が、その……とても嫉妬深くて」

「え?」


 想定外の返事に面食らい、思わず聞き返してしまった。

 この場において、嫉妬などという単語が出てくるとは思わなかった。


「同じ空間に他の人間がいると、出てきてくれないのです」

「はぁ……」

「本当に申し訳ありません。ご希望であれば通話状態で呪詛返しを行わせていただきますので」

「わ、かりました」


 高位の存在の価値観は様々だ。人間には理解できない(ことわり)の中にいるものもあるし、他者がいる前で力を使いたくないものもいるのだろう。


「あの、もし失敗したとして、私が遠くにいることってその、大丈夫なんでしょうか……」

「さきほどあなたの身代わりを作らせていただきました。この呪物であれば失敗することはないと思いますが、万が一の場合でもこの身代わりがあなたを守ってくれます。それに、通話状態でいていただければ、更に安心かと思います。こちらにいらっしゃる前にしたように、電話越しでもできることは多いので」

「あ、確かに……そうですね。では、えーと、家についたら電話をすればいいですか?」

「はい、そのように」

「分かりました」


 ぬいを預けて先生の家を後にする。

 帰り道のためにまた守りを付けてもらい、生きた人間の視線にも反射的に怯えながら電車に揺られた。

 普段は人のことなど見てもいないし、視線など感じたこともなかったのに、今では至る所から見られているような気がして気持ちが悪かった。


 笑歌には先生とのやりとりを掻い摘んで説明し、終わったらまた連絡するとメッセージを送った。すぐにオッケーと丸を作ったネコのスタンプが飛んでくる。


 あと少し、あと少しであの女を。


 家につき、電話をかける。先生はすぐに出てくれた。


「もしもし、家につきました」

『承知いたしました。それでは準備を整えますので少々お待ちくださいね』


 電話代を気にしてか、準備をすると言った先生が一度電話を切った。少しして電話がかかってきたので、スピーカーにしてテーブルに置く。


『これより呪詛返しを行わせていただきます』


 電話越しに、空気が変わるのが分かった。

 低く、身体に響くような声が聞こえてくる。


『南無久遠実成本師釈迦牟尼仏、南無霊山会上来集の分身諸仏、南無諸大菩薩、梵天帝釈日月四天等、五番善神、殊には鬼子母神、十羅利女等、惣じては仏眼所照の一切三宝、来臨影嚮、妙法経力、速得自在諸仏守護、増益寿命、諸余怨敵皆悉摧滅心中所顧決定成就…………』


 何か特別な神に祈るのかと思ったが、釈迦や菩薩など聞き馴染みのある単語が聞こえてきて少し不思議に思った。


 けれどそんな疑問も、全身を襲う激痛に霧散した。


「あああああああああああ!!!!!!!!」


 痛い。痛い。痛い。

 頭が、目が耳が鼻が口が手が足がお腹が心臓がぜんぶぜんぶ突き刺すような痛みに襲われて。

 助けを求めたいのに、口からは叫び声しか出てこない。


 痛い、痛い、痛いいいいいい!


 先生の声に混じって、女の叫び声が聞こえる気がする。あの女の声なのだろうか。あの女も苦しんでいるのだろうか。私の声ではない、他の誰かの声。微かに聞こえるそれは、誰の。


『…………無明一たび定まんぬれば、三千悉く常住なり。然るに業障の雲、起って、天真独朗の月を覆い、妄想偏執の風、揺かして差別の枝を鳴らす。爰を以て三毒呪咀の猛火・熾然として自ら焼き、又、将に他を焼かんとす。何ぞ夫愚なるや…………』


 ボタボタと、至る所から血が垂れてくる。

 目からも耳からも鼻からも口からも血が、血が、ズボンも濡れている、シャツも濡れている、真っ赤に染まって、視界も、もう何も見えなくて、聞こえなかった。


 床に倒れ、全身から力が抜けていく。

 死ぬ、死ぬのか、どうして、わたしが


 薄れゆく意識の中、笑歌が呼ぶ声が聞こえた気が、した。





花畑ゆりあ-END ……⇢ 原沼茉莉奈


(原沼茉莉奈編は5/26よりスタート予定です)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ