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呪い呪われ回る矢印  作者: 南雲 皋
第一章《花畑ゆりあ》
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第六話

 予想外だったのは、GPSを仕込んだぬいがしばらくの間バレなかったことだった。

 位置情報は彼らの自宅に留まることなく、丈司さんのカバンに入ったまま数日間移動を続けた。


 お陰で丈司さんの職場も判明したのだけれど、それに関しては別に使うつもりもない。私が本当に丈司さんの不倫相手だったら、きっと活用していただろうけれど。


 そして、丈司さんが本当に笑歌と私以外の女と会っていないらしいということも分かった。彼が行く場所といえば自宅と、職場と、笑歌の家だけ。

 妻と、本命と、遊びがいれば満足なのだろうか。どうでもいいことだが。


 ならば、ぬいを仕込んだ時に手に入れた髪の毛はあの女のものとみていいだろう。

 自宅が分かってから一度様子を見にいった時に、家から出てきたあの女の髪型は持っている髪の毛と一致していた。

 神経質そうな顔で、家の周りを掃除していた女。

 丈司さんも、あの女も、まとめて不幸になればいい。


 私は小物入れ(あれ以来ここがこのぬいの定位置になっていた)からぬいを取り出し、布を破らない様に丁寧に押し広げて髪の毛を入れた。

 生年月日とフルネーム、あの女への想いをしたためた紙はすでに入れてある。

 解けていた部分を綺麗に縫い上げて、マチ針を手に取った。


 このぬいを呪いのぬいとして完成させると決めた日から、水で濡らして錆びさせた大量のマチ針。まずはどこに針を刺そうか。やはり、頭だろうか。


 ひどい頭痛に(さいな)まれますように。

 目が見えなくなりますように。

 耳が聞こえなくなりますように。

 鼻が潰れますように。

 口がきけなくなりますように。

 手が動かなくなりますように。

 足が動かなくなりますように。

 子どもができませんように。

 死にますように。


 心臓に最後のマチ針を刺して、そっと小物入れに戻す。

 私の呪いは、届いただろうか。

 少しは苦しんだだろうか。


 あの女に届けたぬいに、盗聴器も仕込めばよかったと少しだけ後悔した。


 その頃にはもうぬいもGPSの存在も気付かれていて、位置情報は分からなくなっていた。

 ただ、笑歌からは相変わらず視線を感じるという話を聞いていたし、じっくんとの惚気話も聞いていたから、きっと大したことは起こっていないのだろうなと思った。


 やはり、特に霊感があるわけでもない私みたいな人間が呪ったところで、意味なんてないのかもしれない。

 でも、前に見たYouTuberも別に一日でどうにかなったわけではなさそうだったし、まだ呪いを初めてから数日しか経っていない。

 毎日毎日念を込めて針を刺していれば、蓄積されていっていずれは表に出てくる可能性はまだ、ある。


 私はそれから、毎日ぬいを取り出してはマチ針を抜き、心を込めて丹念に刺し直した。

 ぬいに取り憑いていたかもしれない何かにも語りかけ、あの女を呪った。


 届け。届け。苦しめ。


 途中、私の具合が悪くなった時もあった。

 頭が痛くて、高熱でも出ているのかというくらいに全身が痛くて動けなかった。

 病院に行って検査をしても特に異常はなく、痛み止めをもらったが効かなかった。


 そんな状況の中でさえ、私は毎日あの女を呪い続けた。


 笑歌から電話が掛かってきたのは、そんな生活を続けるようになって二週間ほど経った日のことだった。


『ゆーちゃん! なんか変なの!』

「変? なにが?」

『なんかさ、視線感じるって言ってたじゃん? 今もまあ視線は感じるんだけど、なんか元気ないっつーか、ゆらゆらしてる? みたいな感じなんだよね』

『うん? ちょっとよく分かんないんだけど……今日そっち行ってもいい?』

『え! 来てくれんの?! もちオッケーだよ〜〜。8時以降ならいつでも』

『分かった、大体の到着時間が分かったら連絡いれるね』


 いつもは丑三つ時にマチ針を指していたのだが、そうもいかなくなった。

 もしかしたらまた泊まりになるかもしれないと思い、日没を待ってマチ針を刺す。

 無意味なことかもしれないけれど、やはり陽が出ている最中よりは夜に呪った方がいいような気がした。


 なんとなく、呪いで汚れた状態で笑歌の元に行くのがしのびなくてシャワーを浴びる。

 何の気なしに鏡に映る自分の姿を見て、浮き出たあばらにギョッとした。


 私、こんなに痩せていたっけ。


 家に体重計はなく、最近は新しい服を買う感じでもなかったから気にしていなかったけれど、前より確実に肉が落ちている。


 前よりって?

 あの女を呪う前より、だ。


 呪いがうまくいくいかないは別として、やはり人を呪うという行為には代償がつきものなのだろうか。

 食欲が落ちているとかそういうことはないのだけれど。


 まあ、あまり深く考えてもよくないだろう。

 ただ、一度体調が悪くなった時はあったし、痩せすぎもよくない。もう少し意識してカロリーを摂取するようにしようかなと思いつつ、出掛ける支度をした。


 二十時半頃に到着予定だと連絡すれば、『うち今食べ物飲み物全然ないから必要なら買ってきてー』と返事が来た。

 途中コンビニに寄って適当に買い込み、家に着く。インターホンを押せば、待ってましたとばかりにすぐさま扉が開き、笑歌が顔を覗かせた。


 私を見た瞬間、驚いたように目を見開き、それから眉間に皺を寄せる。


「いらっしゃーい! ……なんか、しばらく会わないうちに痩せたね?」

「やっぱそう思う? 私もさっき鏡見てちょっと思った」

「夏バテ? 気をつけてね。健康的に痩せるのと、()けるのは別だから!」

「ありがと」


 笑歌の家は相変わらず涼しくて、少し緊張した。けれどエアコンが稼働しているのを見て、涼しいのは当然だと思い直す。


「呼んどいてあれなんだけどさ、呪われてんのってあたしじゃん? 視線の揺れ? とかゆーちゃんには分からんよね?」

「……実は、ぬいの中から盗聴器見付けた時になんか感じたんだよね。だから、もしかしたら私にも分かることあるかもなーって」

「マジか! なら良かった〜」


 テレビでバラエティを流しながら、買ってきた冷製パスタを食べる。チキンとアメリカンドックも取り出した私に、「うんうん、いっぱい食べな!」と笑歌は笑った。


 私がご飯を食べている間、笑歌はテレビも見ずに日曜日に行ったじっくんとのデートの惚気を楽しそうに話していた。

 話題の新作映画を観た後、人気のレストランでご飯を食べたらしい。


「ただ、デート中もやっぱ変な視線は感じたんだよね〜。そうそう聞いてよ! 最近ガチの視線と変な視線の見分けが付くようになってきたの! あ、今見てるやつは違うなとか分かんだよね! あたし実は霊感あったのかも?」


 ケラケラと笑う笑歌に、なんと言ったらいいのか悩んだ。霊感、あってもいいことはないと思うのだけれど。


「一人でいる時の視線の感じ方と、じっくんといる時の視線の感じ方も違ってさ。じっくんと居る時の方がなんか、キツいんだよね。でも、先週末のデートの時より、日曜日のデートの時の方が全然マシだったの! 謎だよね〜。ゆらゆらと関係あんのかな?」


 笑歌に憑いているのがあの女の生霊なら、丈司さんと一緒にいる時の方が憎しみが強まるのは理解できる。

 では、弱まったことと、揺れていることは?


 もしかしてと思い、そう感じるようになった時期をよく確認してみると、私が本物の呪いのぬいを作ってから、そうなったようだった。


「やっぱり……」

「え?」

「あ、いや、えーと……実はこの間から、笑歌の感じてるソレへの対策? っていうか、ちょっと試してることがあってさ。だから、それがうまくいってるのかもしれないなっていう……」

「そーなの?! なんだ〜〜、微妙に放置されてる感あったけど、ちゃんとあたしのこと考えててくれたんだ! しかも効果アリ? ヤバ! マジありがとね!」


 笑歌は私にぎゅうぎゅうと抱きついて、はしゃいだ。


 ソレはあなたの彼氏の奥さんなんだよ。私は彼女を呪い殺そうとしているんだよ。

 そんなことは、口が裂けても言えなかった。


 それからしばらく話していると、誰もいない方向から視線を感じた。

 反射的に笑歌の方を見ると、目が合って頷かれる。


 それは確かに、盗聴器を見つけた時よりも弱々しく感じた。

 あの時は睨まれているような、悪意さえ感じる視線だったし、なんなら声まで聞こえたくらいなのに、今は全然そんなことはない。


 視線を感じるという前情報があるから見られていると分かるが、何も知らない状態だったら気付かずに話を続けていたかもしれないくらいだった。


 ゆらゆらするという意味も分かった。

 視線が、強まったり弱まったりするのだ。


 あの女への呪いは、効いている。

 あの女自身が弱っているから、連動して生霊もその力を弱めているように感じられた。


 私は呪いのぬいに感謝した。

 明日からも、必ず毎日呪うと誓った。


 このまま、殺してやる。


「私も感じたよ、視線。確かに弱まってる感じする」

「でしょ?! やった〜! このまま消えてくれるかな!」

「どうかな、頑張るね」

「無理はしないでね、あたしは大丈夫だからさ」


 笑歌は安心したように笑って、私の食べ終わったご飯のゴミをまとめて捨ててくれた。そのまま廊下を指差し、言う。


「あたしお風呂入ってくんね、ゆーちゃんは平気だよね?」

「え、あ、うん、大丈夫」

「入ってきたんだろうなって、匂いで分かった〜〜。ゆーちゃんの髪の毛、めちゃいい匂い」

「うぇ、マジか。それちょっと恥ずいんだけど」


 笑歌を送り出し、ぼんやりとテレビを見た。

 もう、視線は感じなかった。


§


 朝、インターホンが鳴る音で目が覚める。

 先に起きたらしい笑歌が、「はーい!」と声を上げて玄関に走っていった。

 配達員と何か話す声が聞こえ、戻ってきた笑歌の手には小さな段ボール箱。


 笑歌は困惑した表情で、その段ボールを私に差し出してきた。


「これ、ゆーちゃん宛なの」

「え?」


 段ボールに貼られた伝票を見ると、住所は笑歌の家の物だが宛名が<花畑ゆりあ>となっている。

 依頼者の欄には笑歌の名前が書かれているが、どう考えても笑歌の文字ではない。


「……開けていい?」

「大丈夫? なんか、不審物みたいな感じでケーサツ持ってったりとかしなくていいの?」

「うん、いいよ」

「気を付けてね……?」


 ガムテープを剥がして段ボールを開けると、くしゃくしゃに丸めた紙が緩衝材として入れられている。

 紙を取り出すと、そこにはぬいがあった。


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