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呪い呪われ回る矢印  作者: 南雲 皋
第一章《花畑ゆりあ》
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第一話

『ねぇ、あたし呪われてんだけど〜!』


 そんな電話が掛かってきたのは、バイト終わりの帰り道だった。

 高校の同級生で、大学こそ違うもののキャンパスは駅二つほどしか離れておらず、未だに交友が続いている河合(かわい)笑歌(えみか)

 何回か着信履歴が残っていたので掛け直そうとした瞬間、タイミングよく掛かってきた電話の第一声がそれ。

 面食らった私は「えぇ?」なんて気の抜けた返事しか出来なくて、けれどそんなの全く気にせず、笑歌は話を続けた。


『今日さ、じっくんとのデートだったワケ』


 じっくんとは笑歌の彼氏のことである。半年前くらいから付き合い始め、結構な頻度で惚気話を聞かされていた。


『なーんかデート中から視線を感じたの。でも今日あたしバッチバチにキメてたからさ、まぁ派手なヤツいんなーみたいな視線かと思ったんよね』


 笑歌はギャルである。割ともう絶滅危惧種っぽいレベルのギャルである。

 会う度にカラーが変わっているように感じる明るい色の髪。ツケマ何枚付けてんの?みたいなゴリゴリの目はぶっといアイラインに囲まれていて、ノーズシャドウもバチバチだしラメも散らし放題だ。

 よくメイクできるねってくらいデコパーツが盛られた長い付け爪をものともせず、スマホのフリック入力はクソ早い。


『んでデート終わってちょっと前に帰ってきたんだけど、玄関にエグいの貼ってあんの。あと気持ち悪い人形みたいなのも転がってて、これ絶対呪われてんだってー! 怖いからゆーちゃんち泊めて?』


 ゆーちゃんとは私、花畑(はなはた)ゆりあのことである。

 なんでこんなギャルとウマが合うんだかと思うくらい、平々凡々な女。

 髪を染めたことは一度もないし、メイクも高校卒業までしたことがなかった。爪はいつだって短く切りそろえてあるし、スマホの入力も人並みだ。

 唯一趣味と言えるものがあるにはあるが、それもギャルとは全くもって関係なく、それでも私の一番仲がいい友人といえば笑歌だった。


「まぁいいけどさ。私も今帰ってるところだから、笑歌の方が早かったら玄関前で待ってて」

『ありがとー! そしたら近くのコンビニにいる! お礼に何でも好きな物買っていいよ、奢るし』

「はーい、さんきゅ」


 通話を切って夜道を歩く。

 呪い。呪いねぇ。

 笑歌は何も考えずに私に電話をしてきたのだろうけれど、実はちょっとだけビックリしたのだ。


 私の唯一の趣味が、オカルト関連だから。

 もちろん呪いもその範疇(はんちゅう)にあって、古今東西様々な呪物だったり呪法だったりの資料が、さほど広くないワンルームの家を圧迫している。


 あんまり大きな声では言えない趣味なのは分かっているから、わざわざクローゼットの中に本棚を作って、そこに収納していた。

 だから笑歌は私がそういうものを好んでいるということは知らないはず。


 この機会に、私の趣味を打ち明けようかな。


 そんなことを考えながらコンビニに着くと、店の外からでも分かるくらいにキメキメの笑歌がいた。

 笑歌の方も私に気付いたらしく、手を振っている。


「お待たせ」

「んーん、そんな待ってないよ。さ、好きなの選んで! あたしダッツ買う。あ、メイク落としとかある? 借りていい?」

「いつも私が使ってるのはあるよ。笑歌が納得いくやつかは分かんないけど」

「だいじょぶだいじょぶ、シートで(こす)るよりは全然肌に優しいし」


 笑歌は持ってきたカゴに、ミニサイズのスキンケアセットとカップアイスを放り込んだ。炭酸水やお菓子も入れているから、私も習って炭酸水に菓子パンを選ぶ。


「あ、あたしも明日の朝ご飯買お」

「いつまでいるの?」

「んー? とりあえず明日、明るくなったら帰る。明るかったらあんま怖くなくない?」


 そうは言いつつも、笑歌の表情は優れない。いつもならもっとカラッとした笑顔を浮かべているのに、今はどこか困ったような笑顔だった。


「明日なら午後からしか授業ないから、私も行こうか」

「マジ?! ちょー助かるんだけど!」

「声でっか」


 店内には他のお客さんはいなかったけれど、慌てて笑歌の口を塞いだ。

 二人で目を合わせ、クスクスと笑う。

 一緒に家に帰って、お風呂を沸かした。


 お湯が溜まるのを待っている間、私はオカルト趣味を笑歌に打ち明けた。

 笑歌は目をまん丸にして口をパクパクさせた後、「神じゃん」と言って私に抱きついた。


「えー! ゆーちゃんに相談してよかった! 専門家みたいなもんじゃん! つよー!」

「いや、素人だから役に立てるかは分かんないよ。一応、調べてみるけど」

「あたしより断然プロ、最高。助かる」


 そうこうしているうちにお風呂が沸いた音がして、一番風呂を笑歌にあげ……ようとしたら拒否られた。


「メイク落とすのちょー長いから、一緒に入ろ」


 私が湯船でのんびり温まっている横で、笑歌の顔から飾りが取れていく。彼氏にもまだ見せたことがないというスッピンが、私にはとても輝いて見えた。


「そーいえば、ゆーちゃんはどうなの、最近」

「最近? んー、まぁ、ぼちぼち?」

「ぼちぼちかぁ、かれぴとは会ってんの?」

「週一くらいで会ってるよ」

「ひゅー!」


 私の交際歴は笑歌より少し短い。

 大学一年が終わろうという頃に付き合い始めて、そろそろ五ヶ月。


「会わしてくれる気にはなった?」

「まだ無理」

「ちぇー」


 ちょっとした事情があって、まだ彼と笑歌を会わせてはいない。

 笑歌だけでなく、誰にも、私の彼氏を紹介したことはなかった。


 久しぶりにゆっくり湯船に浸かったせいで、身体がだるい。

 冷えた炭酸水を喉に流し込み、人をダメにするタイプの大きなクッションに倒れ込んだ。

 丁寧にスキンケアをしている笑歌を横目に、伸びをする。


 適当に選んだバラエティ番組を流しながら少し休憩をして、クローゼットにしまってあった呪いについての本を何冊か取り出した。

 隣に並んで座り、パラパラとページをめくっていると、あるページで笑歌が声を上げた。


「これ! あたしが見たやつこれっぽい!」


 それは、同人誌に載っていた呪いの人形だった。


 即売会で、布も何も掛けていない素のままのテーブルに数冊積み上がっていた同人誌。

 他のサークルは少しの賑わいを見せている中、そこだけがぽつんと寂しくて、逆に興味を引いたのだった。


 書籍やネットから集めた呪いの人形についての情報を、作者さんが実際に作った人形の写真と共に掲載しているフルカラーの同人誌で、素人目に見ても出来が良かった。

 どうして売れていないのかと首を傾げながら一冊購入したのを覚えている。


 そこに載っていた、呪いの人形。

 近頃流行っているらしい”ぬい”を使ったものだった。

 呪いたい相手のぬいを作って、その全身に<呪>や<殺>、<死>などの文字を書き込むのである。

 市販品のぬいを使ってもいいらしいが、やはり呪いの効果が高いのは生地から作ったもののようだ。

 ひと針ひと針、怨みを込めて刺繍をし、身体を縫い上げていく。

 そりゃ、その方が強いに決まっている。


「あれ? でもあたしが見たやつ、あたしには似てなかったな」

「そうなの?」

「うん、まず黒髪だったし、肌の色も白めだった」


 確かに、毛先がピンクの金髪で、日サロに行って色黒の笑歌とは似ても似つかない。


「でも、この、ぬいってやつではあったよ。顔の形とか手足の感じとか。んで、細かい文字がみっしり書いてあったと思う。あんままじまじと見てなかったから自信ないけど」

「まぁ、明日実物見たら分かるでしょ」

「そだね」


 呪いの解き方について何か書いてあるかと本を読んだけれど、そこには人形のざっくりとした作り方と、呪う方法しか書かれていなかった。


 SNSにあるオカルト用アカウントで、この作者さんのことは既にフォローしていた。

 笑歌が見たのが本当にこのぬいで、本当に呪われていたとしたら、メッセージを送ってみるのも手かもしれない。


 それからは恋バナと、最近見たドラマの話で盛り上がり、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。

 電気がついたままの部屋に、朝日が差し込んでいた。


 時計を見ると朝の九時。

 笑歌を起こしてのんびり朝ご飯を食べ、ゆったり支度をした。

 鮮やかな手付きで昨日の半分くらい顔面を飾り立てた笑歌と、二人で家に向かう。空には雲ひとつなくて、これならどんな人形でも怖くはなさそうだった。


 笑歌の住むマンションはエントランスがあるタイプのところで、鍵でドアを開けるか、住人が中から操作しないと入れないはずなのだけれど、他の人がドアを開けた瞬間に一緒に紛れて入れはするし、不審者を完全にシャットアウトすることは出来ないのだろう。


 エレベーターで五階に上がり、廊下に出るとすぐ分かった。笑歌の部屋は一番奥、突き当たりに玄関があるので真っ先に目に入るのだ。

 ダークグレーの玄関扉に、白い張り紙。


【カワイエミカ に 呪いあれ】


 そう書かれた張り紙の下には、手のひらサイズのぬいが転がっていた。


「これ……」

「ね? 全然あーしに似てないっしょ?」


 笑歌がぬいを拾い上げ、私に見せてくる。

 それは、どこからどう見ても笑歌のぬいではなかった。


 それは。

 そのぬいは。


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ギャルとオカルトの親和性の高さたるや! ラストにびっくり。続き気になる
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