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第22話:目覚めと邂逅(5)

 沈黙が二人の間に流れる。春原は再びスープに口をつける。このスープにも、昨夜の料理と同じ「何か」を感じる。言葉では表現できない温かさ、心に染み入る優しさ。これは単なる味覚ではなく、作り手の思いが伝わってくるような不思議な感覚だった。


「美味しい」

 春原は思わず呟いた。


 獣人の少女は少し意外そうな表情を見せた。彼女の獣耳が微かに震え、視線を逸らす。


「ところで」

 春原は少し気まずそうに言った。


「君の名前は?」

 獣人の少女は少し躊躇った後、


「すみません。自己紹介がまだでしたね。"リュカ"といいます」

 と答えた。


「リュカさん……。もしかして、王宮の副厨房で働いていた獣人の?」

 彼女の獣耳が驚きで立ち上がった。


「どうして……それを?」


 春原は改めてリュカの姿を見つめた。褐色の獣耳、肩下ほどの黄土色の髪、澄んだ翡翠色の瞳。そして何より、彼女の小柄な体つき──まだ十代の少女だということに気づいて、春原は目を見開いた。昨夜の料理をこんなにも若い獣人の少女が作ったのだと知り、彼は言葉を失った。


「こんなことって……」


 彼の声には驚きが混じっていた。春原の表情に突然の輝きが走り、彼は椅子から半ば身を乗り出した。彼の目は、まるで大切な宝物を見つけたかのように、リュカを真っ直ぐに見つめている。

 リュカは彼の急な反応に戸惑い、わずかに身を引いた。彼女の獣耳は警戒するように後ろに下り、視線は床に落ちる。


「あの……私が何か?」

 彼女は小さな声で尋ねた。春原の言葉の意味が理解できず、不安げに首を傾げる。


「昨日、王宮で……」

 春原は興奮を抑えきれない様子で言った。


「副厨房で、作られた料理……あれは君だったの?」


 リュカの翡翠色の瞳が驚きで見開かれた。彼女が昨日最後に作った料理のことを、この見知らぬ人間がなぜ知っているのか。彼女の獣耳が混乱で前後に揺れ動いた。


「どうして……それを?」

「僕が、僕が、あの料理を食べた人間なんだ」

 春原は声を震わせながら言った。


「宴会で僕の夕食が忘れられて、それから君が作った料理が僕の部屋に届いたんだ」


 リュカは彼の視線に気づき、少し身を縮め、耳を平らにした。こんなことが起こるなんて、彼女には想像もつかなかった。名前も知らない誰かのために作った料理が、こうして彼女の前に人を連れてくるなんて。


「確かに……。副厨房で、最後の日に一皿だけ作らせてもらいました」


 春原の胸に複雑な感情が広がった。昨夜、彼を感動させた料理の作り手がこんなにも幼い少女だったという事実。彼女の小さな手が、あれほどの深い味わいを作り出したのだと考えると、言いようのない感慨が湧いてきた。


 彼が思い描いていたのは、もっと年配の経験豊かな料理人だった。この少女の中に宿る技術と感性は、彼の想像を遥かに超えている。それは彼に、ある種の畏怖の念さえ抱かせた。


「あの料理がどうしても忘れられなかったから。だから、昨日一日中探してたんだ」


 リュカは少し首を傾げ、まるで彼の言葉を完全には理解できないという表情を見せた。彼女の獣耳が小さく揺れる。

 リュカの表情が微妙に曇った。


「それは……口に合いませんでしたか?」


 その言葉には、まるで自分の作った料理が人の心を動かすとは思えないような遠慮が滲んでいた。本当に、自分の料理は人の心に響くのだろうか、と問うような。


 違う──。と春原が言いかけようとしたその瞬間、店の入り口で小さな鈴の音が鳴った。


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