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第12話:手違いの異世界召喚(5)

2025/05/25:一部名称に誤りがあったため修正。内容に変更はありません。

 翌朝、春原は目覚めると同時に昨夜の料理の味を思い出していた。半熟卵とパン、香草が織りなす独特の調和。それは単なる食事ではなく、半年間の孤独の中で初めて彼の心を動かした「何か」だった。

 彼はこれまで見たことのない決意を胸に秘め、新たな一日を迎える準備をしていた。半年間、淀んでいた時間の流れが、今日から変わる予感がしていた。


 春原は普段より早く起き上がり、朝の支度を整えた。朝食の配膳人が部屋を訪れると、春原は思い切って尋ねた。


「昨日の夜、僕に食事を届けてくれた給仕の名前を知らない?」


「申し訳ありません、交代制ですので……」

 配膳人は困惑した表情で答えた。


 ”副厨房の料理人が急遽作ったもの”という言葉を思い出し、春原はさらに尋ねた。


「じゃあ、昨日の副厨房で料理をしていた人は? 卵とパン、キノコを使った料理を」


「存じておりません……ですが副厨房の担当者なら、エドガー副厨房長にお尋ねになるのが良いかと」


 春原は朝食をそこそこに食べると、早々に部屋を出た。半年間の宮廷生活で、彼はようやく王宮の構造を把握していた。まずは書庫へ向かい、より詳しい情報を集めようと決めた。



◆◆◆◆◆◆



 王宮書庫は、いつもの静けさに包まれていた。高い天井、木の香りが漂う書架、微かに魔力を帯びた調査用魔導具が並ぶ大きなテーブル。そこには老司書のエドモンドが、いつものように分厚い眼鏡をかけて本を整理していた。


「おや、春原殿。今日はずいぶんお早いですね」

「エドモンドさん、おはようございます。今日は料理について調べたいんです。特に王国の料理文化と、宮廷における料理の位置づけについて」


 エドモンドは少し驚いた様子で眉を上げた。


「料理ですか? これまでとはまた違った書物をお探しの様で」

「ええ、昨夜とても印象的な料理に出会って……」


 老人は微笑み、一瞬考え込むような表情を見せた後、書架の奥へと歩いていった。しばらくして戻ってきた彼の手には、二冊の本があった。


「こちらは『オルステリア食文化史』、そしてこちらは『宮廷料理の作法と伝統』です。お役に立てば」


 春原は感謝の言葉を述べ、窓際の読書机に座った。朝の光が緑色の窓ガラスを通して柔らかく差し込み、開いた本のページを照らしている。


『オルステリア食文化史』の最初のページには、戦争前の五種族の伝統料理の図版が描かれていた。エルフの繊細な植物料理、ドワーフの濃厚な肉料理、獣人の野性的な調理法、ノームの地下産物を活かした発酵食品、そして人間の豊かな穀物料理。五つの文化が混ざり合い、豊かな食文化を築いていたことが伺えた。


 春原は本のページをめくりながら、戦時中の「軍糧」と呼ばれる緊急食から、戦後の復興期における「王都配給制度」、そして現代の「料理競技」までの発展を追った。特に「調理師資格制度」の項目に目が留まった。


ーーー

 オルステリア王国における調理師資格制度は、星暦512年に王立調理士協会の創設と同時に導入された。魔導具の誤操作による事故防止、食材汚染・中毒リスクの管理、種族別栄養設計への配慮を目的としている。

 調理師一級:厨房責任者資格。独立店舗・祭典出場可。王族・宮廷への献立提出権を持つ。

 調理師二級:指導のもと厨房勤務可能。屋台・食堂での実務が中心。

 特定食材調理許可証:毒性・魔素性のある食材の加工資格。定期更新制。


 この制度の導入により、調理は「誰でもできる労働」から「社会的に信用される技能」へと昇格し、調理師たちは市民から"職人"としての尊敬を受けるようになった。

ーーー


 次のページに春原の目を引いたのは、「宮廷調理の階層制度」だった。


ーーー

 オルステリア王宮には、厳格な調理体制が確立されている。


 主厨房:王族および高官の食事を担当。一級調理師の資格保持者のみが務めることができる。

 副厨房:宮廷内の従者や中級役人、客人等の食事を担当。通常は二級調理師が中心となる。

 外部厨房:宮廷外からの訪問者や特別行事の大量調理を担当。臨時契約の料理人を含む。

ーーー


「副厨房……」


 春原は呟いた。昨夜の料理は副厨房から届けられたものだった。

 つまり、彼の心を震わせた料理人は、王宮の下級調理人の一人ということになる。


 春原はもう一冊の『宮廷料理の作法と伝統』も読み進め、王宮料理の特徴について学んだ。宮廷料理は技術と見栄えを重視し、多くの場合、高級魔導調理具を用いて作られる。完璧な均一性と再現性を誇る一方で、個性的な「癖」は排除される傾向にあるとも書かれていた。


「だから昨夜の料理が特別に感じたのか……」


 春原は考え込んだ。昨夜の料理には、宮廷料理にない「温かさ」があった。それは単なる技術ではなく、料理に込められた「思い」だったのだろう。


「そうだ、調べるだけじゃなく、実際に見に行こう」


 春原は決心し、本を閉じた。エドモンドに礼を言い、厨房への道を急いだ。


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