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第120話:入れ替わった運命(2)

 リュカはガルヴァンに導かれて「各国大使会談」が行われる会議室へと向かう。その足取りは不安定だった。心臓は早鐘を打ち、フェイスベールの内側で、彼女の顔には緊張の色が広がっている。獣耳は警戒で後ろに倒れたまま、ほとんど動かなかった。


「リーナ様、どうか落ち着いてください」


 前を歩くガルヴァンが、振り返らずに静かに言った。


「私が全て対応しますので、ただ席に座っていてください。もし直接質問されても、体調不良を理由に私に答えを委ねれば大丈夫ですので」


 彼の言葉には、奇妙な保護の色が宿っていた。厳格な外見に反して、その声には優しさが混じっている。


「はい……ありがとうございます」


 リュカの声は小さく、震えていたが、ガルヴァンの言葉に少し安心した様子だった。

 やがて二人は巨大な扉の前に到着した。扉には金箔が施され、オルステリア王国の紋章が彫られている。その威厳ある姿に、リュカの足がすくんだ。


「さあ、参りましょう」


 ガルヴァンが扉を開くと、内側には既に数人の人物が待ち構えていた。テーブルを囲むように座る各国の大使たち──豪華な衣装に身を包み、威厳と自信に満ちた表情を浮かべている。

 部屋に足を踏み入れた瞬間、全員の視線がリュカに集まった。その重圧に、彼女の体が微かに震える。


「ハラナ・ファルの大使殿……そのベールは?」


 年配の大使が、眉をひそめて尋ねる。その声には疑念と好奇心が混じっていた。遠回しながらも、明らかな皮肉が込められていた。


 ガルヴァンが一歩前に出て、深々と頭を下げた。


「申し訳ございません。リーナ様は体調がすぐれず、本日はフェイスベールをお使いになることをお許しください」


 その言葉に場の空気が強張るのを感じたが、すぐにガルヴァンが話を続けた。


「しかし、今日の会談には必ずや参加したいとの強い意志で、ここに来られました」

「……またですか」


 別の大使が不機嫌そうに言った。


「ハラナ・ファルの大使はいつも何かと理由をつけて、直接の対話を避けるようですな。……まさか、大使殿は国の責任から逃れようとされているのかな?」


 その言葉には明らかな挑発が込められていた。

 テーブルの周りでは、いくつかの冷ややかな笑いが漏れる。


 リュカは身を硬くした。彼女は「大使」という立場の重さを、より一層実感していた。見えない圧力がこの部屋を満たしているのを感じる。


「我が国の姫は、体調不良にもかかわらず、誠意を持って出席しております」

 ガルヴァンは冷静に反論した。


「どうか、敬意を持って接していただければ幸いです」


 大使たちの表情には、軽蔑と優越感が混じっている。彼らにとって、ハラナ・ファルは「敗戦国」以上の存在ではないのだ。

 リュカは小さく頭を下げ、静かに席に着いた。テーブルには既に様々な書類が並べられ、飲み物が用意されていた。


「あ、は、はい……よろしくお願いします」


 リュカの声は小さく、しかし誠実さが滲み出ていた。

 彼女の純粋な人柄が、言葉の端々から伝わる。


 その時、部屋の奥から静かな足音が聞こえた。会議室のドアが開き、一人の美しい少女が入ってきた。彼女は驚くほどの美しさを持ち、腰まで伸びた金髪が陽光を受けて輝いている。青銀色の瞳は、まるで宝石のように澄んでいる。気品ある青いドレスを身にまとい、入室すると静かに後方の席に着いた。


 大使たちは一瞬その少女を見つめたが、すぐに会談が始まった。

 関税の問題、国境の警備体制、貿易協定の詳細──複雑な外交問題が次々と議論される。


「……ハラナ・ファルとしては、貿易協定の第三条に関して何かご意見はありますか?」


 そして、他の国の大使がリュカに向かって声を投げかけた。


「申し訳ございません」

 ガルヴァンが素早く応答した。


「姫様の体調を考慮し、今日の詳細な回答は私がお引き受けいたします」


 大使は表面上は理解を示したが、その目には「やはり若すぎる」という色が浮かんでいた。


「はぁ……またですか。毎回大使ご自身からお言葉を頂戴したいものですが、それともハラナ・ファルには国を代表できる者がいないのでしょうか」


 別の大使が静かに言った。その言葉には穏やかな表現の中に、ハラナ・ファルの立場への軽視が含まれている。


 リュカはフェイスベールの内側で顔を熱くする。彼女は自分がここに座ることの重みを、少しずつ理解し始めていた。単なる「大使」ではなく、「敗戦国の大使」として、常に他国からの微妙な圧力を受ける立場。


 以降の会談では、ガルヴァンが予告通り、ほとんどの発言を引き受ける。

 リュカはただ黙って座り、時折頷くだけだった。


 しかし、不思議なことに、彼女の純粋な存在感と誠実さが徐々に会議の雰囲気を変えていった。

 最初は冷ややかだった大使たちの表情が、徐々に和らいでいく。リュカには政治的な駆け引きはできなくても、彼女の中にある優しさと純粋さは、自然と周囲に伝わっていたのだ。


「これほど素直な対応は珍しい」

 隣の国の大使が、小声で隣の人物に話しかけるのがリュカの獣耳に聞こえた。


「建前ばかりの外交に慣れた身には、なんと新鮮な」


 その言葉を聞いて、リュカはフェイスベールの内側で小さく微笑んだ。彼女は何も知らず、何もできないままここに座っているだけなのに、それが逆に良い印象を与えているようだった。


 後方に座っていた金髪の少女も、リュカを興味深そうに見つめている。彼女の青銀色の瞳には、純粋な好奇心と温かさが宿っていた。


 その後も会談は続き、様々な議題が討論された。リュカはその間、緊張のあまり背筋を伸ばしたまま、ほとんど動かなかった。しかし、次第に彼女の心に奇妙な安心感が広がっていく。ガルヴァンの存在が、彼女にとって大きな支えになっていた。


 そして、会談もほぼ終わりに近づいた頃──


「本日の会談はこれで終了とさせていただきます」


 議長役の大使が閉会を宣言した。リュカはほっとしたため息を漏らした。



 人々が席を立ち始める中、金髪の少女が勢いよくリュカの方へと駆け寄ってきた。


「貴女がハラナ・ファルの大使のリーナね! はじめまして!」


 明るい声が響き、金髪碧眼の美少女がリュカの前に現れた。彼女の碧眼には、純粋な喜びの色が輝いていた。


「セシリア様!」


 控えていた侍従が慌てて声をかけたが、少女──セシリアは気にする様子もなく、リュカの席へと駆け寄ってきた。


「セシリア王女、突然の──」

 ガルヴァンが困惑した表情で間に入ろうとしたが、セシリアは彼の言葉を聞く様子もなかった。


「大丈夫よ、もう会議も終わったでしょう? ずっと貴女に会いたかったの!」


 セシリアの声は弾むように明るく、その瞳には純粋な好奇心が宿っていた。彼女はリュカの前で立ち止まり、フェイスベールの向こうを覗き込むように身を乗り出す。


「え、えっと……」


 リュカは言葉に詰まった。リュカは必死にフェイスベールの端目からガルヴァンへ必死に目を配る。その視線には「どう対応すればいいですか!?」という戸惑いに満ちていた。


「あなた、どうしてフェイスベールなんてしているの? 顔を見せてよ!」

 セシリアが無邪気に尋ねた。


「あの、体調がすぐれなくて……」

「え? 体調が悪いの? ごめんなさい、それは知らなかったわ」


 セシリアは一瞬驚いたが、すぐに明るい笑顔を取り戻した。


「でも、だからって会わないなんてつまらないわ! せっかくの来国ですもの! 私、セシリア・レオナード=オルステリア。第十四公子の王女よ!」


 セシリアの明るい笑顔と勢いに、リュカは圧倒されていた。人懐っこいその表情に、言葉を失う。


「貴女と友達になりたいの! 歳も近いそうだし、ダメかしら?」


 その無邪気な言葉に、リュカの心が奇妙な温かさで満たされた。「友達」──その言葉は彼女の心に静かに響いた。料理人としての仕事に打ち込む日々の中で、同年代の友人との交流は少なかった。


「王宮を案内させてくれないかしら! いいでしょ?」


 セシリアは明るく言い、リュカの手を取った。その手は柔らかく、温かかった。


「あの……」


 リュカは戸惑いながら、ガルヴァンに視線を向ける。

 ガルヴァンは一瞬躊躇い、困惑した表情を浮かべた。彼は「リーナではない」リュカを、王女と二人きりにするのを心配している。彼は、しばらく思案したのちに何かを決意した様に言葉を発した。


「申し訳ございません。セシリア王女、本日はリーナ様は体調が優れず──」


「大丈夫よ! ゆっくり案内するから! ねっ? リーナさん!」


 セシリアの勢いに押され、ガルヴァンは一歩後退した。彼はリュカに「大丈夫ですか?」と目で尋ねるように見つめた。



 ──リュカは必死に「いや! 無理です!」と目で訴えた。



「では、リーナ様をよろしくお願いします、セシリア王女様」


 リュカの無言の訴えは、悲しくもガルヴァンに全く伝わってなかった。


「セシリアで構わないわ! 私たち、友達になりましょう!」


 セシリアは嬉しそうに宣言し、リュカを引っ張る様にして会議室を後にした。ガルヴァンは不安げに二人を見送ったが、もはや止めることはできなかった。



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