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母親にそっくりな、私たち

邸に戻るとすぐ、私はお父様のいる書斎を訪ねた。

お父様は私の話を聞くと、鷹揚に頷き、言った。


「では、婚約は解消を前提に話を進めておく。今後のことは、殿下の意向を伺い、アグネスと相談することにしよう。お前は、パトリシアにそう説明しなさい」


お父様の言葉は端的だった。

その言葉を聞いて、私は──。


(きっと、今までならお父様の言葉に少なからず傷ついていたわ)


だって、お父様が愛しているのはアグネスお姉様だけ。

パトリシア、とは私のお母様の名前。


私と、お姉様は異母姉妹だ。

お姉様のお母様は既に故人で、彼女は長い間、お父様の愛人という立場にあった。


彼女は、元は有名な歌姫だったそうだ。

【歌姫のジェニファー】と言えば、お父様の代では知らない人はいないほどの有名人であったそうな。


儚くも美しい容姿に、蠱惑的な声音。

月下の下、佇んでいるような繊細な美貌でありながら、その歌声は老若男女問わず、惑わす魅力があったそう。


彼女に魅せられた人々は、多く、彼女は国内外の多くの紳士に声をかけられたそうだ。

そして、その大勢の中から、彼女を口説き落としたのが、私のお父様。


私の父──当時はフレンツェル公爵子息だったお父様は、彼を知る人がみな驚くほどの熱量を以て、ジェニファーの元に通ったそうだ。


私のお母様は、他国の王族と縁戚関係にある伯爵令嬢で、当然ながらお父様とは政略結婚だった。

お父様とお母様の間に愛はない。

お母様は、お父様が長年愛人を囲っていたことを未だに許していないし、お父様はお父様で、そんなお母様を煙たがっている。

どこの家でもよく聞くような話だ。


(お母様は……不憫だわ)


そして、私も。


歌姫だったお姉様のお母様は、お姉様を出産してすぐ、亡くなられたと言う。

元々、華奢で儚げなひとだったそうだから、出産に耐えられなかったのだろう。


お姉様を見れば、彼女の母がどういった見目をしていたのかは、予想できた。


恐らくお姉様は、彼女の母ジェニファーによく似ている。


お父様が、事ある毎にそう言うのだから。


お父様が愛しているのは、歌姫のジェニファーと、彼女の忘れ形見であるお姉様だけ。


私のことはどうでもよくて、私のお母様のことは、煙たがっている。



私は俯きながら、ぽつりと言葉を零した。


「……私にどう説明しろと仰せなのですか」


「……何?」


まさか、肯定以外の言葉が返ってくるとは思わなかったのだろう。

お父様が、ぴくりと眉を寄せ、私を見た。


私が書斎に来て、王城であった出来事を説明して──ここに来てようやく、お父様は私の顔を見た。


どうでもいいのだろう。

だから、私の今後については後回しで、今のお父様の頭にあるのは、お姉様のことだけ。


どうでもいいことで煩わせるな、とでも言わんばかりにお父様が背もたれに背を預けた。


「お前は説明もできないのか。王太子殿下の婚約者であったくせに?」


既に、フェリックス様の婚約者であったことは過去の話にされてしまっているらしい。

私は、どんどんと、だんだんと、心が冷えていくのを感じた。


今まで、私はお父様が怖かった。


彼が私を愛してくれないから、ではない。


無関心だからだ。

お父様は、私に一切興味が無い。


期待されることもなければ、何かを望まれることもない。

ただ、問題事さえ起こさず、適当(・・)に生きていてくれれば、それでいいのだ。


そんなお父様が、私は怖かった。

何も期待されていないことは、幼少の時に既に分かっていた。

それでも、幼い頃の私はお父様に認めて欲しくて。認められたくて──。


やる気は空回りして、結果、お父様に氷のように冷たい目を向けられる。

それは失望、というよりも鬱陶しい、といった眼差しだった。


お父様のその目は、私の恐怖心を煽るのには十分だった。


(今になって、思うわ)


私は、お父様をじっと見つめた。


子は親を選べない……とは言うけれど。

どんな親でも、子供()は親を必要としてしまう。

認められたい、と、そう思ってしまう。


(……こんなひとに、認めてもらわなければならない人生って、何かしら)


このひとに、私の生き方を委ねるほどの価値があるのだろうか。


少なくとも、前世の記憶を思い出した今。

私は、親という理由だけで彼に縋る気も、依存する気も全くなかった。

前世の記憶を取り戻してから、私はふてぶてしさと図太さ、そして自分なりの価値観、というものを得たように思う。


私の瞳は、きっと口よりも雄弁に私の感情を伝えていたのだろう。

お父様がいきり立ち、椅子を蹴飛ばすようにしながら立ち上がった。


「何だ、その目は!!言いたいことがあるなら、言えばいいだろう!!お前は、本当に母親そっくりだな……!!」


そして、ますます失言を重ねるのだ。


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