嵐の前の
以前帝都の屋台で食べたメレンゲ生地のサンドイッチはやはり美味しかった。
生地はほのかに甘いのに濃厚なソースがかかっているため、あまじょっぱさが口内に広がるのだ。
これぞ、屋台料理の真髄……!
サクサクとした食感も癖になる。
そしてそして。
帝都の屋台では見られなかった料理のひとつ、たい焼きのようなものをリアン殿下が買ってくださった。
受け取った時は、中に甘い餡子が入っているのかしら??
あるいはチョコレート??と思ったのだけど、一口かじって驚いた。
(これ揚げ物だわ……!!)
たい焼き──と思っていたものは、魚のパイ包みだった。
中にはたっぷりのクリームシチュー。
(カロリーの暴力〜〜〜!!美味ーー!!)
揚げ物と濃厚なクリームソースの絶妙なハーモニー。
油とクリームという絶対的食材の相乗効果によって、一瞬天国が見えた、気がする。
(口の中が幸せぇ……)
しかし、揚げ物+クリームという、体重に大打撃を与えそうな内容だが、仕方ない。
美味しいものは得てしてカロリーが高いのだ。
(……明日から節制しなければ)
メイドに協力を仰ごう。
そんなことを考えながらぺろりと完食すると、あまりに締りのない顔をして食べていたのだろう。
『そんなに美味そうに食べる子は初めて見たよ!!』と店主に一個オマケしてもらった。
か、カロリー!!と思いつつ、やはりペロリと完食。
仕方ない。美味しすぎるのが悪いのだわ。
これは魚のパイシチュー包みというらしい。
そして、デザートにはチョコキャンディというものをリアン殿下からいただいた。
こちらは、屋台メニューには珍しい、意匠の凝った宝石箱のような銀の缶の中に、個包装されたチョコレートが入っている。
その形状は、丸い飴のようだ。
「ルーモス帝国では定番のスイーツです。フェリシアも、気に入ると思いますよ」
……という言葉を受けて、ひとつ口に含む。
(外側の薄い層は……これ、キャラメル?チョコレート?それともコーヒー?かしら……?)
そんな感じのものでコーティングされているようだ。
そして、カリ、とそのコーティングされた層を齧ってみると。
「……!?…………!!」
中からとろり、と温かなチョコレートソースが流れ込んでくる。
そのチョコレートソースはオレンジの果汁を含んでいるのか、仄かに甘さを感じる。
(美食のハーモニーだわ〜〜!!)
温かいチョコレートソースは、つい先程温めたかのように熱を持っている。これは魔法を使っているのだろう。
思わず口を手で押さえながらチョコレートを堪能していると、リアン殿下が楽しげに笑った。
「フェリシア。今のあなたは初めてお菓子を食べた子供のようだね」
「…………」
彼にからかわれ、じわじわと頬が熱を持つ。
抗議したくても、口の中のホットチョコレートがなかなか溶けない。
口に食べ物を含んだまま喋ることはマナー違反だ。
チョコレートは、ほのかに酒精がした。
ボンボンの類なのだろう。
嚥下すると頃合を見計らっていたのだろう。リアン殿下が檸檬水を手渡してくる。
有難くそれを受け取って口をつけると、すっきりとしたハーブの香りと、檸檬の酸味を感じた。
「…………」
水を一口飲んで一息ついた私は、新たな事実に気がついた。
(ルーモス帝国での食事は何もかも美味しい……!)
一瞬、本気でルーモス帝国への移住を考えてしまったくらいには、この食事は魅力的だ。
ツァオベラー王朝時代の食事も美味しかったけど、ルーモス帝国のそれは比にならない。
(そうよね、五百年が経過してるんだから、料理だって発展するわよね……!)
魔法の発展と比例して、料理の質も上がっていったのだろう。冷静に考えれば当然のことである。
ルーモス帝国の食事には強く惹かれるものがあるが……いやでも、私はツァオベラーに帰らなければならないし、とウダウダ考えているうちに、馬車は再び出発した。
湖の先は皇族所有土地となり、一般人の立ち入りは禁じられているそうだ。
湖の入口から馬車を走らせること二時間。
ゴロゴロゴロ……と、不穏な音が聞こえ始め、窓の外を見る。
「あら……?」
「天気が崩れますね」
リアン殿下も同様に窓に視線を向けた。
先程まで鮮やかな青空が広がっていた空が、今は鈍色に曇っている。一言で言うなら、曇天。
「少し待てば天候も回復するでしょう」
そう言うと、彼は御者席に繋がる小窓をノックした。
小窓が開かれ、リアン殿下が御者を務めるマシューに尋ねた。
「近くに屋根のある場所は?」
「管理人が夜勤の際、使う小屋ならございます」
「なら、そこでいい。ひとまずそこで雨を凌ごう」
リアン殿下の言葉に御者が頷き、ゆっくり速度を落として馬車が動き始めた。
「山は天気が変わりやすい。落ち着くのを待ちましょう」
「はい」
頷いて答える。
そして、それから僅か数分もしないうちに土砂降りの雨が降ってきた。
馬車は近くの小屋に停め、私とリアン殿下、ウェルノーたち護衛騎士四人が小屋に入れば、室内はもうぎゅうぎゅうだ。
大雨は、次第に雷雨となった。
──ドッゴオオオオォォン!!
「ひぇっ……」
この世のものとは思えない落雷の音に、思わず小さな悲鳴が零れる。
情けない悲鳴は、しかし雷と雨の音で掻き消されたようだ。
リアン殿下たちは何事か話し合っているようだが、正直私にそんな余裕はない。
(だって、ここはただの小屋なのよ!?!?しかも山の近くの小屋!!)
落雷が小屋に直撃したら!!終わる……!!
戦々恐々としていると、遠くの方で
──メキメキメキ……ダァァァンッッ!!
という、破壊音が聞こえてきた。
(何?この世の終わり??)
呆然としていると、眉を寄せたウェルノーが小屋の外に視線を向けた。
それから、私に向き合って彼が言う。
「フェリシア様」
「はっ、はい……」
会話を交わしている間も、凄まじい雷雨。
風の強さも相当だ。
この小屋、吹き飛ばされないかしら……?
ウェルノーは、私を真っ直ぐ見つめると、言った。
「私どもはここから近くの配給倉庫──ここは、湖の管理人が当直する際に使う小屋なのですが、近くに補給倉庫があるのです。恐らく、この天候はすぐには変わりそうにない。念の為、食料や防寒具などを取って参ります」