嫌われ者?孤立した存在
(……とはいえ、いきなりそんなことを言われても……!って思ったけど!!)
私が鈍感すぎて、お姉様の悪意に気付けなかっただけ?
いや、そうだとしても思うことがあるならまず口にするべきだ。
いきなり突き落とすなんて、過激すぎる。
私はそんなことを考えながら、リアン殿下の質問──フェリックス様とお姉様の関係について答えた。
「お姉様とフェリックス様は、恋人同士でした。それが、彼の本来の気持ちによるものなのかは、分かりませんが」
以前、ザックスにも聞かれたことだ。
お姉様と、フェリックス様は恋仲だった。
少なくとも、彼はお姉様を第二妃にすると、そう言っていた。
あれが、彼の感情によるものなのか、それとも魅了の特異魔法によるものかまでは分からなかったけれど。
だけど、彼はなにかと【運命】【運命】言っていた。
で、あればあれは魅了の特異魔法によるもの……?
一体、いつから──。
私の疑問を察したように、リアン殿下が目を細め、言った。
「……アグネス・フレンツェルはいつ、彼に特異魔法をかけたのでしょう」
「私もずっと疑問に思っていました。お姉様は、公爵邸から出られない。そんな彼女が、アーノルドと接触するなんて……」
不可能だ。
アーノルドが公爵邸を訪れたことは無いし、お姉様が邸を出ることも滅多になかった。
滅多にないことだが、療養のため公爵領の別邸で休養していたことはあるが、それも随分昔の話。
考え込む私に、リアン殿下は「では」と言葉を続けた。
「彼女と、アーノルド・アバークロンビーを繋ぐ仲介者が存在しますね」
「それは」
思わず、息を呑む。
それはつまり、公爵邸に裏切り者──もとい、お姉様の協力者がいる、ということ。
目を見開く私に、リアン殿下が怪訝そうに首を傾げる。
さらりと、彼の金糸のような髪が揺れる。
「あなたの話では、フレンツェル公爵家の人間は、随分アグネス・フレンツェルに好意的だったようだ。であれば、彼らが彼女に協力した可能性もあるのでは?」
「それは……そう、ですが。でも、そんな大それたことを……!?フェリックス様は、王太子殿下であらせられます。王族に魔法をかけるなんて、ことが明らかになれば、死罪は免れません!!」
この時の私は、【あらせられる】──。
つまり、現在進行形の言い方で、口走っていた。
つまり、フェリックス様、そしてお姉様のことは、私にとっては過去の出来事ではなく、現在の出来事だと、そう思っているのだろう。
リアン殿下はまつ毛を伏せ、数秒、沈黙してからゆっくりと言った。
「……ひとは、存外脆弱な生き物です。自らの行いが他者から咎められて然るべきものだと分かっていても、自身の行動に正当性を感じてしまえば……その限りではない。つまり、フェリシア。彼らは、心酔する主、アグネス・フレンツェルのためであれば──と、そう思ってしまった。その可能性はありませんか」
「──私、を裏切っていたと?」
フェリックス様に、魅了の特異魔法をかける。
それは即ち、私を裏切る行為だ。
フェリックス様がお姉様と恋に落ち、お姉様の願いは叶うかもしれない。
……でも、私は?
私は、よほど呆然とした表情をしていたのだろう。
リアン殿下が、気遣うように言った。
「あくまで可能性の話です。仲介者を立てずに、何らかの方法でやり取りしていた可能性も、もちろんある。あくまで、可能性のひとつとして受け取って」
彼は明るくそう言うと、窓の外に視線を向けた。
「……それに、フェリシア。そろそろ湖に近づいて来ました。近くで、昼食を調達しましょう。あなたは、帝都の屋台が随分お気に召していたでしょう」
彼の心遣いを感じて、その優しさにまた救われた気持ちになると同時に──苦しく、なる。
ルーモス帝国は、ツァオベラー国とは、全く違うから。
少なくともあの時のように息を詰めて、肩肘張って、生きなくてもいい。
この国は……とても、息がしやすい。
私が帰るべき場所はツァオベラー国だと分かっているのに、それでも、思ってしまう。
この国で過ごせるなら、暮らせるなら、どんなに良いだろう、と。
だけど、どうしたって私はツァオベラー王朝に生まれ、五百年前に生きる人間だ。
(帝国で生きることを選んだとして、衣食住はどうするの?)
皇族に面倒を見てもらう?
そんな図々しいことはできない。
それに、私という存在はこの帝国で異質だ。
五百年前の人間がこの帝国に存在することで、予測できない事態が引き起こされる可能性だって、ぜろではない。
時間軸という、本来ひとが触れられない分野に、いたずらに手を出して何が起きるかなんて分からない。
私が帝国に移住したことで、歴史が変わったら?
全て、消失してもおかしくない力だ、この時超えの力は。
だからこそ、安易に『ここでの日々は居心地がいい』というだけの理由で五百年後の世界を選んではいけない……と、そう思う。
「…………」
膝の上に乗せた手を、ぎゅっと握る。
(……公爵家の使用人は私にとって、数少ない、素顔を晒せる相手だった)
社交界ではずっと【淑女らしく】、【公爵家の娘らしく】在らなければと気をつけていた。
自邸の使用人たちは、私にとってお姉様以外では唯一、気を抜いて話すことの出来る相手だった。
リザの顔を思い出す。
誰だろう。誰が、お姉様の協力者?
彼らの誰かが、あるいは彼ら全員がお姉様の協力者だった可能性だってある。
……もし、そうなら。
(私が……気を許せる人は、あの国にはいない……?)
十八年、あの国で生きてきた。
私なりに、自身の立場を自覚し、居場所を築いてきた……つもり、だった。
しかし、そう思っていたのは私だけで、あの国でフェリシアという人間はずっと孤立した存在だったのだろうか。
(お姉様の幸せを邪魔する、障害物として、見られていた、のかも……)
可能性のひとつだ。
そうと決まったわけではない。
だけど、私はその可能性に気がついた時、心底ゾッとした。
今まで、そうだと思っていたものが、根底から覆るような、感覚。
(どうしよう。私)
もし、私の考えるとおりなら。
あの国に帰りたくないと──そう、思っている。




