沈むのは、どうかあなたおひとりで
(異世界で、魔法がある……。そして私は前世の記憶がある……となったら!!チート能力が使えるのかも、って思うじゃない!)
それなのに、私にできるのは気配を消すこと……だけ!!
暗殺稼業やってたり、隠密行動する忍びなら重宝したであろうこの能力!
生憎──(と言ってもいいものなのだろうか)今のツァオベラー国は平和そのもの。
つまり、私の気配遮断の出番はない。
今のツァオベラーで人気なのは、
【水を自在に操れる力】だったり(パレードや行事の際、重宝される)、
【花を咲かせる力】だったり(やはりこれも同様で、パレードの時などに役立つ)。
私のような隠密行動に特化した特異能力は昨今、まっ……たく人気がないのである……。
見た目同様、パッとしない特異魔法なのになぜ、私が王太子の婚約者に内定したのか──。
それには相応の事情がある。
そこまで考えた私は、思考を切りかえた。
そんなことより、まずは現状をどうにかしなければ。
アーノルドを撒い……もとい、彼から離れる必要がある。
私の気配遮断は、【第三者からの接触】をトリガーに解除されるもの。
つまり、私とアーノルドがふたりいる姿は、第三者に視認される可能性があるのだ。
先程言った通り、根も葉もない噂を流されてはたまらない。
例えば──。
『フレンツェル公爵家の長女、アグネス様は王太子殿下の【運命】だった。そして、フェリシア様の【運命】はアーノルド様だったのね!!』
と、美談にされるならまだいいほうだ。
最悪なのは、
『フェリシア様ったら、アグネスと王太子殿下の【運命】を受け入れられなかったのですって。自棄を起こして、アーノルド様の恋人のひとりになったらしいわよ』
……と、悪評を流されることだ。
そして、悲しいことにその可能性の方が高い。
見目もそれなり、ユニークスキルもパッとしないと来れば、私が王太子の婚約者であることに不満を覚える人も、まあそれは多い。
これを機に、あることないこと言いふらすに決まっている。
私はそっと周囲に視線を走らせる。
幸い、誰かが通りかかる様子はなさそうだった。
……ひとまず。
今後のことを考えなければならないし、記憶の整理も必要そうだ。
(今のところ記憶の混濁はなさそう……だけど)
やっぱり、気になるのは先程の男性。
抱いた疑問にふたたび向き合っていると、アーノルド様が私の名を呼んだ。
「フェリシア?」
「あっ……ああ。失礼しました。考えることが多いものですから……。では、私はこれで。ごきげんよう、アーノルド卿」
にこやかに笑みを浮かべて、淑女の礼を執る。
素っ気ない対応をされているにもかかわらず、アーノルド様は穏やかに私を見つめていた。
そして、彼は短く言った。
「私が、きみをもらってあげようか?」
「…………」
一瞬、彼が何を言っているのか分からなかった。
笑顔のまま固まる私に、アーノルド様が目を細めて微笑んだ。
数々の女性を惑わす、蠱惑的な流し目だ。
やはり、慣れているな、と場違いにも感じた。
「……はい?」
笑みを浮かべたまま、首を傾げる。
さらりと、私の桃色の髪が一緒に揺れた。
「このままいけば、きみはフェリックスに婚約を解消されるはずだ。なぜなら、彼は【運命】と出会ってしまったから」
「……そうですね」
警戒しながら、私は首肯する。
だからね、とアーノルドは話を続けた。
「私がきみをもらってあげる。たとえ、婚約者に【運命】が現れたのだとしても、きみが婚約解消される事実は変わらない。このままだと、きみは貴族令嬢としての名誉を貶められることになるね?」
「何が仰りたいのですか?」
「私がきみを妻にすれば、きみの矜恃が保たれる、という話だよ」
彼の声は、常に一定の速度を保っていて、穏やかで聞き取りやすい。
だからこそ、説得力がある──ように感じてしまう。聞こえてしまう。
(詐欺のセミナー講習とかやったら、ぼろ儲けしそうだわ……)
無表情のまま、とんでもなく失礼なことを考えながら、私は彼に問い返した。
「そして、あなたと共に悪評塗れになれ、と?」
彼は、気付いているのだろうか。
彼の提案は、救いの手ではない。
むしろ、泥舟に誘うようなものだ、と。