姉妹格差
「帝都は【花の都】とも呼ばれているんです」
翌日、私はリアン殿下と共に馬車に乗っていた。
以前のように闇魔法を行使したものではなく、何の変哲もない、ただの馬車である。
リアン殿下は窓の外に視線を向けると、にこりとこちらに微笑んでみせた。
「皇族の所有する別邸の近くに、大きな湖があります。その周囲は四季折々の草木や花々が常に咲き誇っており……宮廷画家がこぞって描きたがるほど、美しい。恐らく、フェリシアも気に入るかと思います」
「ありがとうございます。多大なるお気遣いをいただきまして……」
「いいえ。私としても、あなたの力が必要ですから」
リアン殿下の言葉に、私は浮かべた笑みを強ばらせた。
(で、ですよね〜〜!!)
あれから何度となく魔力の練習に励んでいるものの──
やはり、梨の礫。
糠に釘。
暖簾に腕押し。
つまり、全く効果ナシ。
リアン殿下に、気分転換にどうかと誘われたものの、これでだめだったらどうしようかしら……。
(マグノリアは、意識しない方がいいって言っていたけど……)
どうしたって意識してしまう。
意識しないで魔力を発現するってどうすればいいの。
そんなの、レシピを見ずに、初めて作る料理に挑むくらいには、難しいものだ。
(このままだと……)
ふと、私は以前言っていたリアン殿下の言葉を思い出した。
『我が帝国には、空中浮遊という遊びがあります。空中落下というのもそれの一種で、風魔法を使用し、高所から落ちる遊びです。それでしたら、安全に危機的状況を迎えられるのでは?』
( 空中落下することになる……!!)
しかも!!紐無し!!
魔法がかかっているとはいえ、紐無しバンジーをしなければならくなる可能性があるのだ!!
その上、それをやったところで魔力を発現できるかも怪しい。
確定では無い以上、無駄骨に終わる可能性もぜろではない。
(もし……もしもよ?バンジーをしてだめだったのなら、より、過激な遊戯になるのでは……?)
安全に危機的状況を迎えられる、と彼は言ったけれど。
(そもそも【危機的状況】ってどこまでを指すのかしら……!?!?)
そんなことを考えていると、リアン殿下が私を呼んだ。
「フェリシア」
「は、はい。魔力はまだ発現できておりませんわ」
考えていたことがするりと口から零れた。
まるで出来の悪い生徒のようである。
私の言葉に、リアン殿下は僅かに目を瞬かせ──それから、ふっと笑った。
「知ってる」
「……ですわよね。失礼しました」
「構わない。焦れば焦るほど、正答は遠ざかるものだと僕は思っているから。それより。僕が聞きたいのは、あなたの姉君、アグネス・フレンツェルについてだ」
「……お姉様について、ですか?」
顔を上げると、リアン殿下はひとつ頷いた。
「今の人間はどうしたって、当時のツァオベラー王朝の人間を書物でしか知ることが出来ない。五百年が経過して、どこまでが本当かも怪しい、ともすれば脚色が多分に含まれた歴史書を読むことでしか、情報を入手できない」
「はい」
彼の言いたいことを理解し、私は静かに頷いた。
五百年後のこの世界でツァオベラー王朝を詳らかに知るのは、私だけだろう。
それは、私がツァオベラー王朝時代を生きる人間だから。
人間というのは、多面性がある生き物だ。
一口に【優しい人】と言っても、その人には優しく見えても、別の人間から見たら冷たく映る……なんてことは、ザラだ。
歴史書では、アグネス・フレンツェルはツァオベラー王朝最後の王太子、フェリックスを惑わせた稀代の悪女として知られている。
事実は事実として、その行間を知りたいと、彼は思ったのだろう。
事実の裏に、余人が知り得ない出来事があったのではないか、と。
私の目から映る、お姉様がどんな人間だったのかを。
「お姉様は……」
私から見た、お姉様。
彼女の姿を、思い出す。
いつも淡く微笑んでいた。
静かで、お淑やかなひとだった。
彼女は、桜のようなひとだ。
美しくて、桜吹雪に攫われそうで。
雪女のように儚くて、繊細で、雪のように溶けてしまいそうなほど、華奢なひと。
それでいて──
「お姉様は……弱い方、だったと思います」
淡々と、私は言葉を紡いだ。
過去、抱いた気持ちを、感じたこころを、そっとすくい上げるように。
「……身体が?」
「身体ももちろん、弱かったけれど……そうではなくて。こころが」
「……フェリックスとの関係性は?」
それだけで、リアン殿下は彼女がどういったひとかを理解したようだった。
お姉様は、弱いひとだ。
責められることに慣れていないし、叱られることにも慣れていない。
他人に拒まれ、否定された経験がないからだ。
公爵邸で大事に大事に守られていた、お姫様。
打たれ弱くて、自分に降りかかる理不尽を他人のせいにしなければ自己を保てないひと。
あの時になって私は初めて、それを知った。
『フェリシアはいいわよね……!好きな人と、結婚できるもの!好きな人の一番の妻になれるのだもの!あなたには、健康な体があって、お父様もお母様もいる……!!』
『ずるい。ずるいわ、フェリシア……!!』
お姉様はずっと、私を羨んでいたのだ。
今まで彼女は、私の話を微笑みながら聞いていたけれど、その実、私を妬んで、憎んで……そして、羨望の眼差しで見ていたのだ。
それにあの時初めて──気がついた。




