五百年で価値観は変わるものです
「ザックス」
「はい。青髪に、眼鏡をかけている──」
「分かりますわ」
どうやら顔と名前が一致しないと思われたようで、リアン殿下が併せて説明してくれる。
頷くと、彼はホッとしたように微笑んだ。
「そうですか」
「その……マグノリア様は、ご納得されたのですか?」
この一週間、彼女が姿を見せなかったのはそれが理由だったらしい。
(おかしいと思ったのよね。リアン殿下に近づくという口実で私の友人になったのに、全く現れないなんて)
なるほど、婚約がまとまったためにそれどころではなかったのかもしれない。
(だけど……彼女、あんなにリアン殿下のことを好きだと言っていたのに)
その姿は、貴族令嬢というより、恋に一生懸命な少女というものだった。
彼女のその様子を知っているからこそ、私はリアン殿下とふたりきりで出かけることに頷けなかったのかもしれない。
好きな人が、自分以外の女性に心奪われる瞬間の驚きを、衝撃を、哀しさを、私は知っているから。
まつ毛を伏せ、過去に思いを馳せているとリアン殿下が言った。
「納得は、していないでしょうね」
「…………」
「ですが、エヴァレット公爵家とバルキュリー公爵家はご夫人同士の仲がいい。今から話が覆る、ということはないでしょう」
「そう……ですか」
どうしても、マグノリアの顔がチラついてしまう。
歯切れの悪い私に、リアン殿下がなんてことないように、言葉を続けた。
「それに僕自身、友人の恋路を邪魔する趣味は無い」
「え……」
「ザックスのことですよ。あなたも、気付いているのでしょう」
淡々と言われて、私は目を見開いた。
(やけにマグノリアを気にかけているな、とは思ったけど……!!)
やっぱり!!やっぱりなのね!!
瞠目する私に、リアン殿下が苦笑した。
「気付いてなかった?あれは、筋金入りだ。下手したら十年以上拗らせてる。僕は友人であり、信頼する部下の好きな女性を奪う気はないし、そう言ったゴタゴタに巻き込まれるのも勘弁願いたい」
「……それは、分かります」
ひとの恋路に巻き込まれるものほど面倒なものはない。
お姉様とフェリックス様の姿を思い出し、思わず同意してしまう。
それに、リアン殿下がくすりと笑った。
「彼女の好意は有難いとは思いますが……だからといって、私がそれを受け入れる義理はない。今の帝国で政略結婚自体、さほどありませんしね。兄も恋愛結婚です」
「エッ」
「意外ですか?」
「それは……すごく」
ものすごく、意外だ。
(あの方が……恋愛結婚)
というか、既婚者であったことすらこの間知ったばかりだ。
私にとってリュミエール皇太子殿下は=底冷えする、恐ろしいひと、という印象が抜けないので、彼と色恋が上手く結びつかない。
思わず正直に答えてしまうと、リアン殿下は気の抜けた笑みを見せた。
よく笑うひとだ。
「ふふ。兄を見ていると、多少結婚に夢を見たくなりますが……しばらくは、そういった話は結構ですね。私にはやるべきことがあります。結婚してすぐ放置、というのも相手の女性に悪いでしょうから」
やるべきこと、というのは恐らく特異魔法の解明と、自身にかけられた魅了の特異魔法の解呪のことを指しているのだろう。
リアン殿下はにっこりと微笑むと、それから私に言った。
「それで、フェリシア」
「はい」
「先程の話です。……帝国の観光名所のひとつにあなたをお連れしようと思うのですが、どうしますか?」
そのお誘いに──私は、断る理由を持たなかった。
(だけど……マグノリアは大丈夫かしら)
相手がザックスだから、悪いようにはならないと思うのだけど……。
それでも、彼女の心情に思いを馳せてしまう。
リアン殿下と遠出するのは三日後。
私はその間、度々マグノリアを思い出すこととなった。




