マグノリアの婚約
「あ……はい。アンジェラ、という名の子爵令嬢ですわよね。マグノリア様の従姉妹と伺っております」
頷くと、リアン殿下が少し驚いたようにまつ毛をはね上げた。
それから、納得したようにその名を繰り返す。
「アンジェラ……。そういえば、そんな名前でした」
「……忘れていらしたのですか?」
「特段、彼女に興味はありませんでしたから」
無感情に答える彼の様子に偽りは無さそうだ。
(つまり……ンンンン?)
あら??
確か、マグノリアは──
『それも知らないの?……まあ、リアン殿下にとっては、あれは忘れたい過去だものね。名前すら知らなかったところを見るに、その名を口にするのも嫌……というところなのかしら』
……って、言ってなかった!?
目を見張る私に、リアン殿下は嫌なことを思い出したと言わんばかりにまつ毛を伏せた。
「魔法研究・開発を主とする魔法省の統括を拝命している私が、魔法関連で後手に回ったことなどとんでもない屈辱です。未だに解呪の方法すら分かりませんしね。この呪いに思うところがあるのは事実ですよ」
彼は、皮肉げに笑った。
それから足を組み、ゆっくりと話し出す。
自身の感情を整理するように。
「ですが、彼女……アンジェラ、と言ったっけ。彼女には感謝しているんだ。彼女のおかげで、僕は新たな謎に出会えたのだから。有無を言わさず魔法をかけられたことに腹は立つけれど、彼女自身には特に何も思わない。強いて言うなら、どのようにこの魔法を行使したのか、その魔力回路や魔法陣などは教えて欲しいものだけれど」
彼は淡々とそう言った。
感情を感じさせない声音から、それが彼の本心だと知る。
それに、私は絶句する。
(魅了の特異魔法をかけられたというのに──)
彼は、そのこと自体に怒りは感じていないようだった。
薄々感じていたけれど……
(リアン殿下ってとっても……ものすごく!とんでもなく!変わっているわ……!!)
いや、リアン殿下だけではないのかもしれない。
ルーモスの皇族みな、変わっているのだろう。
理解できない、というか、一言で言うなら……
(変人)
……いや、さすがに失礼すぎるわね!!
でも本当に変わっていると思うのよ……!!
あらゆる方向で失礼なことを考えていると、リアン殿下はため息を吐いた。
「エヴァレット家の令嬢は、単純に面倒なんですよ。僕は、他人に何かを押し付けられるのが嫌いだ。強制されることもね」
「……た、しかにマグノリア様は少し押しが強い方ですけれど」
「少し?そんなものじゃない」
彼は眉を寄せ、私を睨んだ。
それになんと答えればいいかわからず、曖昧に微笑んでおく。
しかし彼は、返答は求めていなかったのだろう。
リアン殿下はまつ毛を伏せ、言った。
「ですが、あなたの立場も理解出来ます。エヴァレット公爵家に睨まれたらあなたもやりにくいでしょう。しかしその懸念は不要です」
「不要、とは?」
「聞いていませんか?彼女、婚約することになったんですよ」
あっさり、リアン殿下はそう言った。
さらりと、彼の金糸のような髪が揺れる。
「えっ!!」
思わず口元に手を当てる。
それから、パッと目の前のひとを見つめた。
「リアン殿下と?」
「なわけないでしょう」
打てば響くような速さで彼は否定した。
それはそうだ。
さっきマグノリアのことを苦手としていると彼は言ったばかり。
(え、え……!?でも、それなら誰と)
リアン殿下は、すぐに答えをくれた。
「お相手は、あなたも知っている方ですよ。バルキュリー公爵家のザックスです。現在、あなたの護衛騎士を務めている、彼です」




