(仮)お友達
苦笑交じりに答えると、マグノリアは同情めいた視線を向けてきた。
素直な子なのだろう。
ただ少し……正直すぎるだけで。
高位貴族としては隙がありすぎる気もするが、恐らく彼女は家族に愛されて育ったのだと思う。
正直な意見は微笑ましい、あるいは可愛らしいと許され、思うままに行動するその振る舞いは彼女らしい、と個性として許容されてきたのだろう。
私と同じ公爵家の令嬢でありながら、育った環境は全く違うようだ。
それが少し、羨ましい。
私も、彼女のように真っ直ぐに、物怖じせずに、臆する事なく発言することが出来れば。
少し考えて、いや〜〜……無理かも?と私は答えを悟った。
なぜなら、
(お父様は私に厳しかったし。忖度せずに振る舞えば折檻を受けていたわね。きっとお母様には今以上に泣かれていたに違いないわ)
教育係も恐ろしく厳しい人が多かった。
失敗すればよく鞭が飛んできたものだ。
それを思い出し、私は密かにため息を吐いた。
(よくもまあ、我ながらあんな家庭環境にいながらひねくれなかったものだわ……)
もう一度幼少期に戻されたら、今度こそ発狂して出奔してしまうかもしれない。
そう思うのは、前世の記憶を取り戻した今だからこそなのだろう。
価値観が前世のものにアップデートされたので、体罰は虐待にしか思えない。理不尽な暴力にもう耐えられる自信はなかった。
そこまで辛抱強くも無いので。
「……あなたが帝国に残ることを望むなら」
ふと、マグノリアが言った。
顔を上げると、彼女はくちびるをへの字に曲げながらも、はっきりと言う。
「私が結婚相手を紹介してあげてもいいわ」
「それは……ありがとうございます?」
困惑しながら笑みを浮かべると、彼女はムスッとしながら、それでも自信を感じとれる声で言った。
「私の兄なんて、おすすめ物件よ」
「いや〜〜それは」
(どうして私の婚活相談会みたいになっているの……!?
というか、マグノリアの兄って公爵令息ってことじゃないですかやだーー!!)
私はこほん、とひとつ咳払いをした。
そして、軌道修正を図り、口を開く。
「……とにかく、私はツァオベラー王朝に帰りたいのです。そのために、魔力というものを感知できるようになりたいのですが」
何かヒントを得られないかと、マグノリアに尋ねる。
「魔力?あなた、魔力の感知もできないの?嘘でしょ?」
マグノリアは驚いたように目を見開いた。
事実なので頷いて答えると、彼女は【信じられない!】という顔をしながら、手をふい、と持ち上げた。
途端、その手のひらからは煌めきが放たれた。
(おお〜〜蝶の鱗粉のようだわ……)
「……これが、魔力よ。参考になった?」
私も、見よう見まねで宙に手のひらを踊らせる。
……私の手は空を切るばかりで、何も生み出さなかった。
ヒュッ、ヒュッ、と何度も風を切る。
「…………」
無意味に手を上下に振る私は、はたから見たら間違いなく変人だ。
無表情のままそれを何度か続けるが、だんだん目の前のマグノリアの表情が強ばってきた。
そして、彼女はぎこちなく──変人を見るような目で、言った。
「……諦めたら?あなた、才能ないのよ」
私はマグノリアの言葉に即答した。
「いえ!諦めたらそこで終わりですし、なんだかできる気がしてきましたわ!!」
無意味にそのままビュンビュン手を振り回していた私が、やがて腕が疲れてそっとテーブルの上に下ろした。
「…………」
「…………」
「…………」
三人分の沈黙が、テーブルに静かに漂う。
気まずい。
振り回したせいで手首も痛い。
なんだか無意味に疲労した気がするし、だんだん私は何をしていたのだろうという気にもなってきた。
(……難しい!!難しすぎるわ……!!)
魔力って、概念!!
虚しさに、私は自分の行く末にそっと思いを馳せた。
(過去に戻る戻らない以前に、本当に私、時超えの力を使えるようになるのかしら……)
☆
部屋に戻る途中、私はマグノリアの言葉を思い出していた。
あの後、彼女は魔力を込めるコツ……のようなものを教えてくれた。
とはいっても、魔力というのはやはり概念のようなもので、感覚的な話になる、と前置きをされたけれど。
『私はリアン殿下に恋をしたから彼の婚約者になりたいと思っているけど』
渡した飴玉石に触れながら、マグノリアは言葉を続けた。
『帝国問わず、属国の王侯貴族からも人気なのよ、リアン殿下は』
『……皇族ですものね』
『それもあるけど、リュミエール皇太子殿下がご結婚されてしまったのが、大きな理由かしら』
『けっ……!?!?』
リュミエール皇太子殿下……彼が!?結婚!?!?
ちょっと、想像していなかったもので素っ頓狂な声をこぼすと、マグノリアが半目になりながら私を見た。
そんなことも知らなかったの?という顔だ。
『それも知らないの?』
似たようなお言葉もいただいた。
マグノリアは飴玉石に手を翳すと、飴をいくつか出現させた。数は全部で四つ。
彼女はそれをテーブルの上に置きながら言葉を続けた。
『それまで二番目ということで全く見向きしていなかったくせに……都合がいいにも程があるわ。私はそんな貴族なんかに負けるつもりは無いけど……。いい?フェリシア。公爵令嬢のあなたならわかると思うけど……』
そこでマグノリアは言葉を切った。
じっと私を見つめて、彼女は言った。
『あなたを妬んで、権力をかざす奴は間違いなく現れるわ。だから』
マグノリアはなぜか、そこで僅かに顔を赤らめた。
それから、ツンと私から視線を逸らすと高飛車に言い放った。
『その時は、私の名前を使っても良くてよ。……一応、お友達になったのだから』




