そうです、失恋したんです
「──」
それは、思ってもみない質問だった。
思わず、息を呑む。
目を見開く私に、マグノリアがまた言った。
「嘘はつかないで。ただ、知りたいの。フェリシア、あなたは五百年前……ツァオベラー王朝時代に戻るのでしょう?そうよね?」
「私、は……」
少し、悩んで、そして私は答えを出した。
笑みを浮かべ、マグノリアに笑いかけた。
「……戻ります。私は、ツァオベラー王朝時代の人間ですから」
答えは、もう決まっていた。
分かっていたこと。
決められていることだ。
私は、私の元いた時間軸に帰らなければならない。
なぜなら、ルーモス帝国において、私は異分子以外の何物でもないからだ。
「戻って、どうするの?」
「それは帰ってから考えますわ」
お父様に渡せずじまいだったプレゼン資料もあるし。
そう思って答えると、マグノリアは眉を寄せた。
「……歴史書によると、あなたは部屋にこもってそこから五百年間出てこなかったそうよ。分かる?つまり、あなたはあの部屋から出ていないことになっているの」
マグノリアは、ふたたび口を開いた。
私に、その意味をより分かりやすく伝えようとするためだろう。
言葉を選びながら慎重に、マグノリアは言った。
「史実上、フェリシア・フレンツェルは聖歴368年4月17日以降──行方不明になっているのよ」
それは、私が部屋に籠った日の日付だった。
「それは……私が、ツァオベラー王朝にもう戻らないことを意味している、ということですか」
意図せず、硬い声が出た。
私の質問に、マグノリアは棘を飲んだように一瞬沈黙し、その後首を横に振った。
彼女が動く度に、その銀髪も揺れる。
「分からない。だけど、歴史上フェリシア・フレンツェルという人間は、それ以降登場しないの。それだけは、確かだわ」
「…………」
「私は、あなたの行く末に特段興味はないし、あなたという人間にも関心はない。ただ、言っておきたいの」
マグノリアははっきりとそう言った。
やはり、正直な少女だ。
彼女の言葉には、含みというものがない。
「私は、リアン殿下の婚約者になりたいの。ぽっと出の女に取られるなんて、たまったもんじゃないのよ」
「……私はツァオベラー王朝の人間ですもの。時間軸が違いますわ。この世界の方と、どうこうなるつもりはありません」
苦笑して、肩を竦めた。
私の動きと共に、両サイドに垂らした桃色の髪も揺れた。
そんな私を見て、彼女は鼻で笑う。
「ハッ。そんな言葉、私は信じてないのよ。ひとの気持ちなんて移ろうものだし、絶対、なんて言葉は有り得ない。……絶対なんてないのよ」
マグノリアは強く言った。
私は、じっと彼女の瞳を見る。
その紅の瞳を。
「……マグノリア様は、リアン殿下がお好きなのですね」
「そうよ。……この目を褒めてくれたのは、あの方だけだから」
「目?」
「私の、目。血のようで恐ろしいでしょう」
「そんなことは──」
木苺のようで可愛らしいと思ったし、怖いなんて思いもしなかった。
思いがけない言葉に否定しようとしたが、マグノリアは私の言葉を遮り言った。
「別にいいのよ、言われ慣れていることだし。でも、リアン殿下だけは違った。あの方は、褒めてくださったの。ルビーのようで綺麗だ、って。私……すごく、救われたのよ」
マグノリアはその時のことを思い出すようにゆっくりと言葉を紡いだ。
それから、まつ毛を伏せ、言った。
「だから、私はあの方が好きなの。初恋は実らないって言うけど……実らせるわ」
そこで、彼女は顔を上げた。
その瞳には強い意志が宿っている。
彼女は、宣戦布告するようにはっきりキッパリ、断言した。
「無理やりにでも、初恋の実とやらをもぎ取ってやるのよ」
「……マグノリア様は、私がフェリックス様を愛しているか、聞きましたね」
私は、白いテーブルの上に視線を落とした。
ちなみに、先程からウェルノーは気配を完全に殺しているのか、微動だにしない。
おそらくこの雰囲気にいたたまれなさを感じているのだろう。
彼の心情を察した私は、早くこの会話を切りあげるべきだと思ったが、それでも先程の質問の返事をしたかった。
「好き……だったと思います。ですが、それは憧れに近くて……しっかりと、恋、という形にはなりませんでした」
「憧れ?」
「彼と初めて会った時、その冷たい美しさに目を奪われました。共に人生を歩む仲間であり、私の唯一のひとだと思ったんです。憧憬の眼差しで、私は彼を見ていました。ですが──確かに、初恋は実らないものなのかもしれません」
私は、困ったように笑った。
「私では、彼の恋の相手にはなり得ませんでしたから」
「……失恋したの?」
「有り体に言えば、そうです」




