(元)婚約者をどう思っているか、なんて
三階のバルコニーを抜けた先のテラスに落ち着くと、マグノリアは開口一番に言った。
「あなた、私の友人にしてさしあげる」
「…………えっ」
正直、リアン殿下関係の話かと思っていたので、肩透かしを食らった。
困惑する私に、マグノリアがふん、と髪を揺らす。
今日も見事な縦ロールである。
「そうすれば、登城するのにいちいち理由作りをしなくて済むもの」
「はぁ」
正直に、マグノリアはそう言った。
恐らく彼女は何かと理由をつけて登城し、リアン殿下と接触しようと試みているのだろう。
現在城に滞在している私に会いに来るという名目があれば、確かに足を運びやすい。
しかし、私はあまりにも直球な発言に正直面食らった。
思わず曖昧な返事をするが、彼女は気にした様子もなく、フフンと得意げに髪を揺らした。
「では、早速親交を深めましょう!まず聞きたいことがあるのだけど、魔女様。あなたには一体、何ができるの?」
(…………直球!!)
彼女は、婉曲的に聞く、とか、含みのある話し方をする、といった貴族特有の言葉回しは好みではないのかしら?
とはいえ、言葉の裏を探ったり、視線、仕草からその心情を推測したり……という必要性がないのは私としても非常に助かる。
私自身、王侯貴族の言葉遊びは得意ではないからだ。
マグノリアは、真っ直ぐに私を見つめると、本題に入った。
「あなた、殿下の魔法は解くことができて?」
「それは」
出来る……かもしれない、とここで答えていいものか。
五百年前のツァオベラー国に戻り、アバークロンビー公爵邸に侵入することができれば、あるいは。
そう素直に口にしていいものか、迷う。
なぜなら、この件は私だけの問題ではないからだ。
返答に迷った私に、マグノリアは髪を揺らしながら眉を寄せた。
「出来ないの?」
私は、返答を濁すことにした。
「分かりません。リアン殿下がかけられた特異魔法は、私がいた時代では全く知られていませんでした。魅了の特異魔法に関する文献がない限りは、何とも」
「魔女様の不思議な力でどうにかできないの?あなた、魔女なんでしょう?」
その問いかけに私は苦笑してまつ毛を伏せた。
そして、顔を上げるとぎこちなく笑み、彼女を見た。
「なぜか今現在は魔女、と呼ばれていますが、私はツァオベラー王朝に生まれた、ただの貴族の娘です。特別な力は持っていません」
「まあ」
正直に答えると、マグノリアは目を見開いた。
それから、手を自身の口元に当て、言いにくそうな素振りを見せながら、はっきりと口にした。
「え?え!?それならあなた……ただ、時を超えて来ただけのひと!?」
「そうなりますね……。私もなぜ、五百年後のこの世界に来てしまったのか、分かりません」
しみじみ、私は頷いた。
「嘘でしょ!?」
マグノリアはガタンッと大きな音を出して、椅子をけとばす勢いで立ち上がった。
紅の瞳が、これ以上ないほどに見開かれる。
気持ちは分かる。
だけどそう言いたいのは私の方だ。
自分が特別な力──稀有な特異魔法を有してでもいれば、五百年後に来てしまったとしても『物語みたい!!』と多少、ほんのちょっぴり思ったことだろう。
もしかしたら、はしゃいだかもしれない。
前世の記憶もあることだし、物語の主人公になった気すらしただろう。
(だけど実際は、私が所有するのは気配を消す特異魔法だけ!!)
手をぎゅっと握り、強く思った。
もしかすると私には時を超える能力があるのかもしれない。
だけどそれは確かでは無いし、制御が効かないところを見るに、使い勝手の悪いものかもしれない。
総括して考えるに、今の私は──
(Lv.1状態で棒切れ片手に魔王城に突入してしまった村人みたいな感じ……!!)
うん、それが心情的にぴったりだ。
(せめて魔力というものが分かればいいのだけど)
リアン殿下に手渡された飴玉石を思い出していると、困ったようにこちらを見ながらマグノリアは言った。
「じゃああなた、魔女ではないのね」
事実なので頷いて答える。
未知の力を期待されても恐らくその期待には応えられそうにない……。
マグノリアはガッカリしたようにため息を吐いた。
「なんてこと……目論見が外れたわ」
マグノリアは、リアン殿下の特異魔法を私に解除させたかったのだろう。
しかしそれが叶わない(かもしれない)ことに、肩透かし感を覚えたようだ。
マグノリアはあからさまに興味を失ったように、テーブルをトン、と叩いて私に尋ねた。
「では、フェリシア?あなたはなぜ、どういう理由で城での滞在を許可されているの?過去の人間が珍しいから、研究対象として?だとしても、それならその手の大学や研究機関が引き取った方がいいのではなくて?いつまで城にいるの?」
(全て私に聞かれてもな〜〜という質問ばかりだわ……!!)
差配している陛下に聞いてくださいませ、と言いそうになって、それを押し止める。私は苦笑交じりに答えた。
「陛下の考えは分かりません。ですが、リアン殿下は私が過去に戻れるよう心を砕いてくださっています」
「ふぅん?殿下は魔法省の総括であらせられるものね。……フェリシア、私もね、あなたのこと調べたのよ。といっても、ツァオベラー王朝時代の文献はほとんど残っていないし、既に知っていること以上のことは調べられなかったけど」
マグノリアはそこで言葉を切り、私を真っ直ぐに見つめた。
じっと、何かを探るような、真剣な眼差しで。
「あなた、ツァオベラー王朝最後の王太子、フェリックスの婚約者だったのでしょう?あなたは、彼のことを好き?愛してる?」




