マグノリア、再び
お姉様は公爵邸から出られなかった。
それなら、どうやって……。
そこまで考えた時、いつかのように蔵書室の扉が勢いよく開かれた。
「魔女様はどちら!?お話したいことがありますの!!」
……マグノリアである。
彼女はすぐ、ウェルノーたち近衛騎士に気付くとズンズンとこちらに大股で近寄ってくる。
以前のように、人前だからと取り繕う様子もない。
私は、以前のようにならないよう、先んじて声をかけた。
「ごきげんよう、マグノリア様」
席を立ちながら声をかけると、それでも相当驚いたのだろう。
ビョンッと飛び上がらんばかりに驚きを見せたマグノリアが、その場で胸を押えた。
「おっ……驚いたわ……!あなた、本当に影が薄いのね!!影が薄いどころの話じゃないわ。生きてるの?本当に??」
まさか、幽霊扱いされるとは誠に遺憾だ。
生きている、ということを示すために力強く頷くが、マグノリアは未だに心臓がバクバクと言っているらしい。
胸元を押え、ため息を吐いた。
「……まあ、いいわ。今日はあなたに話があってきたの。そこの三人衆は離れてちょうだい」
「無理に決まってるだろ。あなたの頭には花でも咲いてるのか?」
即突っ込みを入れたのは、やはりザックスだ。
それに、マグノリアがカァッと顔を赤く染めた。
「またあなたいるの!?鬱陶しいわね!!邪魔なんだけれど!?」
「声が大きい。あなたはいつもそうだ」
「声を荒らげさせる原因が自分にあるって少し考えたらわかるでしょう!?」
なぜふたりはこう、顔を合わせて数秒で口喧嘩が勃発するのだろう……。
思わずマーカスとウェルノーを見ると、マーカスはやれやれと言わんばかりに肩を竦め、ウェルノーは苦笑している。
そのまましばらく言い合いが続くかと思いきや、マグノリアはコホンッと咳払いをひとつして口論を収めた。
顔は、未だに赤いが。
「それなら、ウェルノーだけでいいわ!女子会をするの。あなたとあなたは、ついてこないで!!」
あなたとあなた……という言葉と共に指さされたのは、マーカスとザックス。
ふたりは顔を見合せた。
なぜウェルノーは許されるのか……?という様子でウェルノーを見る。
ウェルノーも困惑していた。
しかしマグノリアはそれに答えず、顔を上げた。
「三階の奥にテラスがあるわ。そこに行きましょう。……いい?そこの騎士たち。絶対についてこないでよね。約束を破るなんて騎士道に反するのでしょ?」
「いや、約束なんてしてな」
「わかりました。では、団長。お嬢様方をよろしくお願いします」
ザックスの言葉を遮る形で、マーカスが言った。
その後、ふたりはやんややんやと言い争っていたが、私はマグノリアに手を引かれ、螺旋階段に向かった。
私と彼女の後ろには、彼女の侍女とウェルノーのふたりだけ。
私は、ちら、とまだ言い争っている様子のふたりを後ろ目に、マグノリアに尋ねた。
「なぜ、ウェルノーさんは良いのですか?」
「彼、女装したことがあるのよ」
「えっ」
「ゲホッ」
私の驚きの声と、ウェルノーの噎せた声が同時に響いた。
思わず後ろを見る。
ウェルノーは、騎士らしくガッシリとした体躯だ。
女装……姿が上手く想像できない。
思わずぽかんと口を開けて瞬いていると、私の視線を浴びたウェルノーが未だゴホゴホと噎せながら、釈明するように言った。
「騎士団の飲み会で、ゲームに負けまして……その場の悪ふざけというものです。そして、折り悪くご令嬢がいらっしゃったのです」
「バルキュリー夫人にザックスの様子を見てきて、と言われて足を運んだの。そしたら驚きよ。あのお堅い団長様がドレスを着てお化粧をしていたんだもの」
「…………そうですか」
何と返答すればいいかわからず、曖昧に頷いた。
「私も、やりたくなかったんですよ。本当です」
心無しか、ウェルノーを見る侍女の視線が冷たい。
彼らの様子を見るに、恐らく現場は相当な光景だったのだろう……。
ゲームに負けて、と言っていたし恐らく罰ゲームの類だったのだと思う。
本人も不本意だったに違いない。
その場の光景を想像して、あまりに不憫だと思っていると、マグノリアが話を変えるように言った。
「まあいいわ。体良く、うるさいやつを追い払えたもの」
恐らく──うるさいやつ、というのは十中八九、ザックスのことを言っているのだろう。
ふたりは長い付き合いらしいが、犬猿の仲、というのだろうか。
マグノリアは、煙たがっているようだ。




